相続トラブルというと、「遺産をめぐって揉める富裕層」「庶民には関係ない」といったイメージを抱いている人は少なくありません。しかし、相続トラブルのほとんどは「遺産総額5,000万円以下」の家庭で起きているのです。60代夫婦と2人の子どもの事例をもとに、相続における注意点をみていきましょう。牧野FP事務所の牧野寿和CFPが解説します。

一緒に住まないか?…60代夫婦が長男から受けた「提案」

Aさん(69歳)は、大学を卒業後、上場企業に入社しました。経理畑を歩んだAさんは、65歳で定年退職。その後は職に就かず、セカンドライフを満喫中です。現在は、自営業の妻Bさん(64歳)と、地方の戸建て住宅で生活しています。

夫婦には、2人の子どもがいますが、すでに独立しそれぞれ家庭を持っています。まず、現在40歳の長女は、東京の有名私立大学を卒業後、日系の大手企業に就職。その会社で出会った3歳年上の男性と結婚し、現在は都内の分譲マンションで、夫と2人の娘(14歳・10歳)と暮らしています。

長女は昔からなにかと「助けてくれない? ちょっとでいいからさ!」とA夫婦に金銭的な援助を求めていたといいます。結婚式の費用にマンション購入の頭金の一部、娘たちの習い事の月謝、それに自分用の洋服までもA夫婦にねだるそうです。「子どものころと変わらず、金のかかる娘だ」と、Aさんはぼやいています。

一方、35歳の長男は、地元の国立大学を卒業後、地方公務員に。結婚後は、実家近くの賃貸マンションに、同じ地方公務員の妻と2人の子ども(6歳・4歳)と暮らしています。学生時代も、学費の一部を家庭教師のバイトで賄うなど、長女とは反対に堅実で自立していました。

ある日、遊びに来た息子夫婦からA夫婦に提案がありました。「よかったら、ここを増築して一緒に住まないか?」

この喜ばしい提案を、A夫婦は快諾。長男夫婦とA夫婦は、来年春から同居することになりました。

また、同居後の生活について長男と話し合っているうち、「そろそろ、相続のことも考えなきゃいけないね」という話になりました。

そこで、A夫婦は息子とともに、今後のライフプランを作成。そして、まずは現役時代懇意にしていた顧問税理士のCさんに、相続や税制面のアドバイスをもらいに行ったそうです。

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増築費用1,800万円は長男が負担…税金は大丈夫?

A宅を増築する費用は約1,800万円で、すべて長男が負担します。このうちの頭金400万円は長男の貯蓄から賄い、残りの1,400万円は住宅ローンを組みます。月々の返済額は約6万7,000円で、20年間かけて返済する予定です。

「頭金くらいは援助しようと思い長男に相談したのですが、『世話になったんだからなにもいらないよ』と断られてしまったんです」とAさんはいいました。

C税理士は、現在A夫婦が住んでいる実家の時価が200万円、今回増築する部分が1,800万円のため、合わせて時価2,000万円として、不動産の課税関係は下記のようにまとめたそうです。

●増築部分は符合(民法第242号:不動産の符合)により、Aさん(父)の所有になる。

●Aさんは、長男から1,800万円の利益を得ることになり、贈与税が課税される。しかし増築後、9/10※の持ち分を長男に移転し、Aさんが1/10、長男が9/10の共有名義で登記をすれば、経済的利益は1,800万円と同額になり、贈与税は課税されない。
※ 長男の持分は1,800万円÷(200万円+1,800万円)=0.9=9/10。Aさんの持ち分は200万円÷(200万円+1,800万円)=0.1=1/10。

●Aさんから長男への建物の持ち分の移転は、親から子どもへの譲渡となり、譲渡利益が生じれば譲渡所得(所得税)の課税対象になる※。しかし、譲渡所得を計算すると、「収入金額2,000万円×9/10-取得費(200万円+1,800万円)×9/10=0円」。
※ 国税局タックスアンサー「No.4557 親名義の建物に子供が増築したとき」より抜粋。

つまりAさんは、1,800万円で取得して、1,800万円で譲渡したことになり、譲渡益はなく、課税はされない。

C税理士はここに付け加えて、「A親子の場合は不要なので問題ありませんが、共有とするための譲渡および親子間の譲渡のため、居住用財産を譲渡した場合の特例は適用されません。また、長男が返済する住宅ローンに住宅ローン控除も適用されません。

さらに、増築部分の土地も父の所有ですが、その上に使用貸借※で増築するので費用は必要ありません」と話しました。
※ 無償での賃貸借契約のこと。