新幹線事故で足止めされた利用客… JR東海が“損害賠償責任を負う場合”とは?【弁護士解説】

7月22日に愛知県内の東海道新幹線の線路内で起きた事故で、浜松—名古屋間が不通になり上下328本が運休、多くの人の移動に支障が生じた。このことにより約25万人が影響を受けたとされる。旅行の予定が狂った人や商談がキャンセルになった人など、損害を蒙った場合、JRに対しどのような法的責任を問うことができるのか。

JR東海は約款上「免責される」が…

本件事故はJR東海の保守用車同士の衝突事故であり、JR東海は記者会見で、何らかの理由でブレーキがきかなかったことを明らかにした。このことから、車両点検が不十分であった可能性が考えられる。その場合、JR東海には過失が認められることになる。

では、新幹線の運休により損害を被った人は、この過失を根拠として、JR東海に対し損害賠償責任を追及することができるか。荒川香遥弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所代表)に聞いた。

荒川香遥弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所提供)

荒川弁護士:「まず、前提として、旅客がJR東海の法的責任を問う根拠は、旅客運送契約上の『運送する義務』に違反したことによる損害賠償責任(商法589条、590条参照)だと考えられます。

ただし、法律上、運送人の損害賠償責任については、原則として『特約』により免除または軽減することができます(商法591条参照)。

そして、JR東海は『運送約款』を定めています。旅客がJR東海を利用する際は、この運送約款を承諾し、運送契約を結んでいることになります。これが『特約』にあたります。

運送約款の290条の3-1項は、列車遅延の場合、旅客は『その原因が当社(JR東海)の責に帰すべき事由によるものであるか否かにかかわらず』切符の払い戻し等に限って請求できると定めています。

つまり、列車遅延についてJR東海に故意・過失があったとしても、旅客は損害賠償請求できないことになります」

列車遅延の場合に、JR東海のいっさいの損害賠償責任が否定されている。ちなみにこれはJR東海の運送約款に特有のものではなく、他のJR各社、私鉄各社の運送約款もほぼ同様である。なぜ、このような約款が認められているのか。

荒川弁護士:「旅客は、鉄道という交通手段の利便性と引き換えに、鉄道の運行につきまとうリスクを負うということです。

鉄道は、安価な運賃で大量の旅客を輸送できる利便性の高いインフラです。旅客は、気軽に鉄道を利用して長い距離を速く移動できるというメリットを享受します。その代わりに、鉄道の運行で必然的に起きる遅延等のトラブルのリスクを受け入れるべきだという考え方です。

もし、遅延のたびに鉄道会社が損害賠償を払わなければならないとしたら、今の運賃の額ではとうていコストを賄うことができません。したがって、旅客は多少の不自由は我慢してください、ということなのです」

それでもJR東海が損害賠償責任を負う「可能性」は?

たしかに、列車遅延が起きた場合に、鉄道会社に過失があるからといってそのつど損害賠償責任を負わせていたら、鉄道会社の経営はもたないだろう。しかし、鉄道会社に故意があった場合や、故意と同視できるほどの重過失があった場合でも免責するというのは違和感がある。いくらなんでも不当ではないだろうか。

荒川弁護士:「実は、運送約款の条項が、故意・重過失の場合にまで免責を認めている点については、民法90条の公序良俗違反で無効ではないかという問題があります。

実際には、鉄道会社に故意・重過失があるケースは容易には想定できないきわめて例外的な場合だと考えられます。今回の事件でも、JR東海に重過失までは認められないでしょう。しかし、そのようなケースが絶対にあり得ないとは断言できません。

その場合には、運送約款の条項の有効性が争われることになるでしょう」

「免責条項」を無効とした最高裁判例

荒川弁護士によれば、過去にこうした「免責条項」が無効とされたケースがあるという。

荒川弁護士:「2002年に最高裁が下した『郵便法違憲判決』(2022年(平成14年)9月11日判決)です。

この事件は郵便局が民営化される前で、郵便局員が公務員だった時代のものです。

郵便法には、かつて、JR東海の運送約款と似たような条項がありました。この条項には2つの問題がありました。

第一に、損害賠償請求できるケースを限定していました。すなわち、書留郵便物や小包郵便物を『亡失、毀損(きそん)』した場合や、代金引換の郵便物で代金を取り立てなかった場合のみに限っていました。その他のケースには、故意・過失を問わずいっさい損害賠償請求を認めていませんでした。

しかも、損害賠償請求できるケースについても、賠償金の額はわずかな金額しか認めていませんでした。

第二に、損害賠償請求できる人を、郵便物の差出人またはその承諾を得た受取人のみに限っていました。

最高裁は、これらの条項のうち、故意または重過失によって損害が生じた場合に国の損害賠償責任を免除または制限した部分が、国民の国に対する損害賠償請求権を定めた憲法17条に違反していると判示しました」


郵便法の免責条項を「違憲」と判断した最高裁判所(Caito/PIXTA)

最高裁の「違憲」判断のポイントは?

郵便法違憲判決(最高裁平成14年(2002年)9月11日判決)を読むと、以下のように記載されている。

「郵便官署は、限られた人員と費用の制約の中で、日々大量に取り扱う郵便物を、送達距離の長短、交通手段の地域差にかかわらず、円滑迅速に、しかも、なるべく安い料金で、あまねく、公平に処理することが要請されているのである。仮に、その処理の過程で郵便物に生じ得る事故について、すべて民法や国家賠償法の定める原則に従って損害賠償をしなければならないとすれば、それによる金銭負担が多額となる可能性があるだけでなく、千差万別の事故態様、損害について、損害が生じたと主張する者らに個々に対応し、債務不履行又は不法行為に該当する事実や損害額を確定するために、多くの労力と費用を要することにもなるから、その結果、料金の値上げにつながり、上記目的の達成が害されるおそれがある」

荒川弁護士:「これは、前述した鉄道の特性、つまり、旅客が鉄道という交通手段の利便性と引き換えに、鉄道の運行につきまとうリスクを負うべきというロジックと共通するものです。

しかし、最高裁はそのうえで、郵便局員の故意または重大な過失があったような例外的な場合にまで、国の損害賠償責任を免除または制限する合理性は認められないとして、上述の郵便法の条項を違憲としたのです」

判決文には以下の通り記載されている。

「郵便業務従事者の故意又は重大な過失による不法行為に基づき損害が生ずるようなことは、通常の職務規範に従って業務執行がされている限り、ごく例外的な場合にとどまるはずであって、このような事態は、書留の制度に対する信頼を著しく損なうものといわなければならない。そうすると、このような例外的な場合にまで国の損害賠償責任を免除し、又は制限しなければ法1条に定める目的を達成することができないとは到底考えられず、郵便業務従事者の故意又は重大な過失による不法行為についてまで免責又は責任制限を認める規定に合理性があるとは認め難い」

荒川弁護士:「この理屈は鉄道についてもいえます。運送約款の免責条項は、鉄道会社側に故意や重過失があった場合を想定してはいないと考えられます。

もし、そのような容易に想定しがたい例外的なケースが発生し、それが裁判で争われた場合には、運送約款の免責条項が部分的に無効と判断される可能性が考えられます」

今回の事件において、現時点ではJR東海に故意または重過失があったとは確認されておらず、結論として損害賠償請求は認められないと考えられる。しかし、最高裁の判例のロジックに従えば、免責条項は絶対ではない。この件を通じ、世の中のルールは必ずしもすべてのケースをカバーしきれているとは限らないということを知っておく必要があるだろう。