コロナ補助金不交付「恣意的な判断働いている」芸術団体が国を提訴 行政不服審査会が「違法」指摘も審査請求棄却

文化芸術団体「太陽肛門工房/レフトサイドレコード」(以下、太陽肛門工房)が、2022年に行ったイベント公演の一部が、文化庁の「コロナ禍からの文化芸術活動の再興支援事業」の補助金対象外とされた。これを不服として同団体が行った審査請求が棄却されたことを受け、裁決の取り消しを求める裁判が29日に提起。同日、原告の太陽肛門工房と原告代理人の高井健太郎弁護士が都内で記者会見を行った。

同団体は、2022年に合計5つのイベント公演活動を行い、同年11月に文化芸術振興費補助金「ARTS for the future!2 コロナ禍からの文化芸術活動の再興支援事業」(以下AFF2)の交付を申請。12月には交付が決定したものの、うち3つのイベントは交付対象外とされたことから、原告らは23年1月、行政不服審査法に基づき、文化庁長官に対し審査請求(不服申し立て)を実施した。

本件のように、処分庁(文化庁長官)がそのまま審査庁となっている場合には、審査の中立性・公正性に問題があるため、法律上、第三者的な立場にある「行政不服審査会」への諮問が義務付けられている。

本件において、文化庁からの諮問を受けた行政不服審査会は、一部のイベントを交付対象外とした処分について「処分庁(文化庁)の裁量権の範囲を逸脱し、またはこれを濫用したものとして違法というべきである」と判断をくだした(23年12月)。しかし、審査庁はこの判断を受け入れることなく、原告らの審査請求を改めて棄却(24年2月)。原告らはその取り消しを求め、訴訟に踏み切った。

曖昧な基準と「恣意(しい)的」な判断?

太陽肛門工房が補助金を申請した取り組み(イベント公演)は以下の5つ。

取り組み1:戦争反対!参戦でなく停戦を!秋葉原音楽と討議の夕べ
取り組み2:安倍「国葬」反対に対する歌舞音曲と討議の集い
取り組み3:楫野裕映像と太陽肛門スパパーンミュージカル魅惑の夕べ
取り組み4:「放送禁止歌」コンサート
取り組み5:表現の自由と忖度を考える出禁フェスティバル

このうち、AFF2の補助対象外とされたのは、取り組み2・3・5で、その根拠は、本件の募集要項に「政治的または宗教的な宣伝意図を有する活動」は補助対象外とする旨が記載されていることとされた。

しかし、交付要綱や補助要綱には「政治的または宗教的な宣伝意図を有する活動」が補助対象外となる記載がなかったほか、何が「政治的または宗教的な宣伝意図」とみなされるか不明瞭だとして原告らは審査請求を行った。

なお、行政不服審査会も答申書において「『政治的または宗教的な宣伝意図を有する活動』という表現は抽象的で曖昧であり、補助対象活動の選別の基準が不明確である」と指摘している。

補助金交付の対象となった取り組み1について、原告らは、「ウクライナ戦争に対して、日本政府が支援に前のめりなことに反対と停戦を訴える内容で、十分に政治的意図を持っている」とし、「特定の政治的内容だけを対象外とする恣意的な判断が働いているのではないか」と主張。

また、補助対象外とされた安倍晋三元首相の国葬に反対するイベント(取り組み2)については、タイトルが政治的な宣伝意図だと見なされたという。しかし、取り組み3については、タイトルに露骨な政治的批判の文言もなく、公演内容もセリフがないインスタレーション映像による表現であったにもかかわらず補助対象外とされた。

「表現の自由」への萎縮「すでに感じている」

原告代理人の高井健太郎弁護士は、一部のイベントを補助対象外とした文化庁の判断に関して、主に3つの問題があると指摘する。

①選別基準に「政治的または宗教的な宣伝意図を有する活動」を掲げることの適法性・合憲性
②「政治的または宗教的な宣伝意図を有する活動」の選別基準が不明瞭であること
③行政不服審査会の答申を退けた合理的理由の欠如

特に③について高井弁護士は「処分も審査も同じ文化庁が担当しているからこそ、第三者委員会である行政不服審査会の答申を最大限尊重すべきである」と説明する。

太陽肛門の代表・小川正治氏は、「そもそも純粋に政治的中立な表現はあり得ず、あらゆる芸術に政治的な要素がある」と話し、近年の芸術やエンタメから政治性を排そうとする風潮に、強い危機感を抱いているという。

今回の補助金不交付の決定は、そのような風潮の中での忖度(そんたく)が働いた結果ではないかと捉えているとした上で、小川氏は「このような不明瞭な根拠での決定がまかり通れば、表現への萎縮効果をもたらす。定義が不明確なままでは、政治的な意図が一部含まれるものでも不交付にできてしまう」と語る。

また、表現の自由に対する萎縮効果については現に感じているとして次のように述べた。

「補助金の申請時、知人にこのイベント名では補助金が下りないのではと指摘されて、自分もそうかもしれないと思った。しかし、そこで(イベント名を)変えてしまうこと自体が(表現の自由を脅かす)問題だと思ってそのまま申請した。まさか実際にこういう結果になるとは思わなかった」(小川氏)

請求棄却の“裁決取り消し”求める理由

高井弁護士は、本件の類似例として映画『宮本から君へ』の助成金取り消し訴訟の例に言及。

『宮本から君へ』裁判は、文化庁所管の独立行政法人「日本芸術文化振興会(芸文振)」が同作出演者のピエール瀧氏の逮捕を受けて、助成金の交付を決めていたにもかかわらず、逮捕後に交付を取りやめたことは違法であるとして提起されたものだ。最高裁まで争われ、助成金の取り消しは不当であるとして、原告側が勝訴したが、この時も補助金・助成金の交付をめぐる行政の「裁量権」が争点となった。

「今回のケースでも、何が『政治的または宗教的な宣伝意図』になるのか、曖昧なままに行政側が裁量権を行使していると言える。本訴訟が、審査庁の請求棄却裁決の取り消しを求めるものとしたのは、この不明瞭な決定プロセスを明確にしたいとの意図があるからだ」(高井弁護士)

なお、補助金不交付決定の取り消しを求める訴訟についても、後日併合提起予定とのこと。