「コーヒーの量が少ない」と毎日同じクレーム…50代男性迷惑客を黙らせた“まさかの援軍”

「お客様は神様」。これは、三波春夫の有名なフレーズだ。その分かりやすく耳心地のよい響きゆえ、サービス業をはじめとする多くの会社で合言葉のように浸透した。令和の今でさえ、多くの人たちがこの考えを持っているといってもよい。私たちが普段から素晴らしいサービスを受けられているのは、少なからずその精神によるものが大きいはずだ。

しかし、そのフレーズによって勘違いしたカスハラが生まれているのもまた事実だ。行き過ぎた暴言や威嚇によって追い込まれ、メンタルに支障をきたす人たちは今も後を絶たない。

都内の飲食店で働く後藤美緒さん(仮名・26歳)もカスハラによる被害者の一人だ。

◆「アイスコーヒーの氷抜き」を注文した50代男性客が…

後藤さんは大学を卒業後、大手チェーンの飲食店で働き始めた。将来の夢は自分のお店を持つこと。そのために接客や経営を学ぶという強い意志を持って入社した。1ヶ月の研修後、地方の店舗に配属される。そして、そこで生まれて初めてカスハラに遭遇することになる。

「配属されて一週間ほどでした。常連のお客様がいらっしゃったんです。週に3~4回ほど来店される、50代ぐらいの男性です。注文はいつも決まってアイスコーヒーの氷抜き。そのとき私はドリンクの担当だったので、急いで作りました。この『氷抜き』という注文は規定量が決まっていて、グラスの半分ほど入れるのが決まりになっているんです。そうしないとコーヒーの量が多くなってしまうので。なので、その通りに入れ、提供しました」

 提供されたグラスを見て、中年男性客は後藤さんに文句を言った。いつもより量が少ない、きちんとした量を入れろ、と。しかし、後藤さんはそれに応じず、その量が適正量であることを丁寧に説明した。

◆罵倒され「足がずっと震えていた」

 男性客は納得しなかった。今まではそうしてもらっていたと大声で怒鳴り、自分が常連客であることを強く主張。その場は店長が出てきて、それまで通りの量を提供することで丸く収まった。だが、店長が今後は規定量で提供することを伝えると、男性は再び怒りだした。30分以上もその場から離れず、執拗に後藤さんを責め、罵った。

「お前のせいでこうなった、と言われました。すごく怖かったです。人に怒りを向けられること自体あまり経験がなかったので、そのときは足がずっと震えていました。仕事中も、家に帰ってからもずっと、自分が間違っていたのかな? とか考えてしまって」

◆毎日のように文句を言われ続けた結果…

 悪夢はそれで終わらなかった。翌日から男性客は毎日のように訪れ、変わらず氷無しのアイスコーヒーを注文した。グラスの半分しか入っていないコーヒーを持ち、後藤さんに向けて文句を言い続けた。

 ネチネチした嫌味や中傷を無視できるほど後藤さんは強くなかった。日々精神をすり減らし、睡眠障害に陥り、職場に行くのが嫌になった。極めつけは、「お前が辞めるまで通うからな」と言われたことだ。

「それで限界が来て、店長に退職したい旨を伝えました。何も相談していなかったので店長も驚いていましたね。事情を話すと、退職ではなく休職という形にしようと。しばらく休んだら店舗を変えて働かないかと提案してもらいました」

◆職場復帰してみると、祖父が同僚になっていた

 その提案を受け入れ、後藤さんは実家に戻った。夢を叶えるために頑張っていた後藤さんが突如として戻って来たことに家族は驚いたが、中でも一番驚いていたのは彼女の祖父、俊正さん(仮名・62歳)だった。

「店を出したいという夢を一番応援してくれたのが祖父でした。私はおじいちゃんっ子だったので、すごく心配そうに私に聞くんですね、何かあったのか? って。私は号泣して、あったことをすべて話しました。人生で一番泣いたかもしれません。そしたら祖父はすごく冷静な声で私に聞くんですよ。働いていた店舗と、店長の名前を教えてくれって」

 それから2週間後、後藤さんは元いた職場に復帰した。以前と一つも変わらない職場だが、唯一違うのは職場に彼女の祖父がいることだった。鳶職人として定年を迎えた初老の男性は、孫娘のために飲食店という慣れない足場に立つことを選んだ。

「恥ずかしかったけど、すごく安心感があって。私が号泣した翌日、祖父が店に電話をしたんです。それで店長に自分を雇ってほしいと伝えて、働くことになりました。笑っちゃいますよね」

◆男性客が口を開こうとした瞬間、祖父が…

 彼女の夢を祖父は知っていた。孫娘が自分の店を持ち、そこでコーヒーを飲むことが彼の夢でもあったという。

 職場に復帰したその日、待っていたかのように例の男性客が現れた。後藤さんは男性を見ると心臓が締め付けられるような苦しさを覚えたが、隣に祖父がいることで勇気づけられた。男性客は氷無しのアイスコーヒーを頼み、後藤さんはマニュアル通りの規定量で提供する。

 提供されたコーヒーを見て、男性客が後藤さんに向かって何か言おうとする。しかし、名札に初心者マークを付けた彼女の祖父が遮り、こう言った。

「決まりなんですよ。ご理解いただけないならお帰りください。お客様」

 そのセリフはサービス業として相応しくないものだろう。大手の飲食店であれば尚更だ。しかし俊正さんにとっては孫と孫の夢を守ることの方が大切だった。男性客は名札に書いてる名前を見て、何かを悟ったのか、それ以上は何も言ってこなかったという。

「それがきっかけになったのかわかりませんが、その日から例のお客様からの圧はなくなりました。他のお客様からクレームやお叱りを受けることはありますが、メンタルをやられたりはないですね。いざとなったら祖父が助けてくれると思うと、不思議と辛くないんです。まあ、さすがに頼れませんが」

 その後、後藤さんは本社に転勤になりその店舗を離れたが、祖父俊正さんは今でもアルバイトを続けているようだ。

<TEXT/山田ぱんつ>

―[話の通じないおっさんの末路]―