意外と“狭き門”「教習所の教官」になる試験は誰が審査するのか?合格には「かなりの時間と労力が必要」

クルマの免許を取るために通うのが自動車教習所です。しかし、そこで働く教官は謎が多い職種のひとつ。特に多い質問が、「どうすれば教官になれるんですか?」というもの。結論から言えば、国家資格「指定自動車教習所指導員」を取得すれば教官になれます。

そこで今回は、教官として勤務した経験がある筆者が、指定自動車教習所指導員(以下、教官)について解説。試験にはどんな問題が出るのか、教官として勤務するまでにどんな流れなのかを紹介しましょう。

◆合格には10科目すべてで85点以上

教官になるための試験に合格するには、以下の10科目の審査(試験)を受けなければなりません。しかも、ほぼすべての科目で85点(一部は95点以上)以上でなければ不合格になってしまうという、なかなかの難易度なのです。具体的に見ていきましょう。

【筆記】

1.交通の教則(正誤式)

○または×で回答する正誤式の問題

2.安全運転の知識(論文)

クルマを運転する上で必要な、安全運転の基礎的な知識を問う科目

3.道路交通法(論文)

道路交通法と関係法令を正しく習得しているかを問う科目

4.教育知識(論文)

人を指導する上で必要な知識を問う科目。心理学的な内容が含まれる。

5.教習所に関する法令(論文)

道路交通法の中で「指定自動車教習所」に関する法令を問う科目

6.自動車の構造等

自動車の基本的な構造と仕組みなどを問う科目

【技能】

7.運転技能(所定コース内)

運転免許試験場内の教習コースを正しく走行または指導できるかを問う実技科目

8.運転技能(公道)

一般車両が行き交う公道で正しく走行または指導できるかを問う実技科目

【面接】

9.技能教習について

技能教習についてどう考えているかを問う

10.学科教習について

学科教習についてどう考えているかを問う

※数字は受験する順番ではありません。

◆「道路交通法」に加え、心理学も学ぶ

「交通の教則」は、免許を取ったことがある人なら、なじみのある問題だと思います。教習所を卒業したのち、運転免許試験場で○または×で回答する正誤式の問題を覚えていませんか。教官になるわけですから、満点が当たり前と思われがちですが、ひっかけ問題が頻発すると、思わず間違ってしまうことも。注意が必要な科目のひとつです。

「道路交通法」は10科目の中でもっともボリュームが多く、道路交通法の中身をしっかりと理解しつつ、内容を正しく説明できるかどうかを問われます。一度でも法律を勉強したことがあればコツをつかめるかもしれませんが、法律独特の条文などに慣れるまで時間がかかってしまうのも事実。第○条と言われればすぐに何が書いてあるか説明できるようにならなければなりません。

「教育知識」は、人を指導する上で必要な知識が問われます。教官は人と接する仕事であるということを強く認識させられる科目でもあります。自分の運転がうまいだけではダメ。そのため、狭い車内でうまくコミュニケーションをとるにはどうすればいいか、心理学なども学びます。

◆高い指導力とコミュニケーション力が求められる

技能試験においては、一般車両が走行していない運転免許試験場のコース内の試験と、一般車両が行き交う公道での試験の2科目に分けられます。当然、運転のプロであるため、高い運転技術を要しているのは当たり前です。

ただし、通常の免許を取るための試験とは異なり、助手席から適切な指導ができるかどうかを重点的に審査される試験であるということが特徴です。教官を目指す受験者は助手席に座り、教習生役の試験官が運転席に座ります。助手席から適切な指導ができているかを審査するもう一人の試験官が後席に座って、二人がかりで審査をします。教習生役の試験官はわざと道を間違えたり、ちょっとした細かいミスをしたりします。それをすぐに助手席に座っている受験生が指摘できるかを試されるのです。

こうした厳しい10科目にもおよぶ審査すべてで85点以上(交通の教則など一部の科目は95点以上)とれなければ、教官にはなれません。かなりの事前準備をしないと合格が難しい難関試験といえるでしょう。

◆誰が審査するの?

厳しい審査を受けなければ教官になれないのはわかっていただけたと思います。ここまで説明すると、「試験官は誰?」「誰が審査するの?」という質問を受けます。審査するのは現役の警察官です。東京都でいえば各運転免許試験場に配属されている警察官が、受験生を審査します。その警察官は普段、一般の免許関連業務に従事していて、運転免許試験場での再試験や免許発行業務などに従事しています。つまり運転免許のスペシャリストが、教習所の教官を目指す受験生たちを審査し、運転指導のプロに適切かどうか判断しているのです。

厳しい審査に合格すると、各都道府県の公安委員会から「教習指導員審査合格証明書」が発行され、「教習指導員資格者証」が交付されます。そこではれて教官になれるわけです。ただしこの資格者証は、指導できる車種ごとに種類が決められています。

例えば、普通自動車の教官であれば「普通」、大型バイクの教官であれば「大自二」と書かれた資格者証が交付されます。免許の車種に応じた資格を取得しなければならないのが大変なところです。免許は約10種類もあり、車種ごとに資格を取得しなければなりません。ただし、一度、筆記試験を受けて合格してしまえば、それ以降は技能試験のみ合格すれば資格は取得できます。とはいっても、かなりの時間と労力が必要なのは間違いないです。

◆教官になるために「本当に必要なこと」は?

教習所の教官になるためには、10科目の試験にすべて合格する必要があります。しかし、これまで述べたようにかなり厳しい難関試験です。まったく何の知識もない人がいきなり受けて合格するような試験ではないのです。そして何より、助手席から指導するという特殊な技能を身につけるためには、それなりの練習が必須です。教本を読み込んでどうにかなるものではありません。

教官になるためには、審査に合格するよりも前に、教習所に就職しておくことが何より重要となります。教官の見習い生として教習所で勤務していれば、業務時間外などに先輩教官などからいろいろと教われます。市販されていない教習所の教則本や教習車も揃っているわけですから、それらを活用して試験に備えることができます。

もちろん教習所で働いていなくても、教官になるための試験を受けることは可能です。筆者が教官の試験を受けたときも、某有名大学の学生が、国立国会図書館で教官に関する教則本を借りて勉強し、受験していました。知識は申し分なかったのでしょうが、技能試験では不合格となっていたようです。やはり教習所で練習できるのは強みです。

教習所の教官になるのは、狭き門であることは確か。ただ、教習所で働いていなくても資格の取得は可能です。安全運転のスキルは一生モノです。少しでも興味を持ったらぜひ挑戦してみてください。

<TEXT/室井大和>

【室井大和】

自動車ライター。出版社の記者・編集者を経て、指定自動車教習所の指導員として約10年間勤務。その後、自動車ライターとして独立し、コラムや試乗記、クルマメーカーのテキスト監修、SNS運用などを手がける。