夏ドラマが中盤に入りつつある。現時点までで、どのドラマが面白いのか? テレビ界取材歴30年以上で、ドラマ賞の審査員や放送批評誌の編集委員を経験してきた放送コラムニストがベスト5を選び、解説を加えた。
◆⑤TBS『ブラックペアン シーズン2』
(日曜午後9時)
エンタテインメントに徹した医療ドラマ。観る側を飽きさせない。 まず、主人公の天才心臓外科医・天城雪彦(二宮和也)のキャラクターがいい。手術費として患者の全財産の半分を要求したり、自分とのギャンブルを求めたり。およそ医師らしくない。天城の言葉も常識外れ。自信家で「僕は悪魔だよ、神に愛されたね」と口にする。手術前には「さぁ、ショータイムだ」。ドラマの天才は変人のほうがいい。常識人の天才なんて面白みに欠ける。
天城が変人でリアリティに欠ける存在であっても物語が破綻していないのは周辺の人物設定がうまいから。竹内涼真(31)が演じる誠実な医師・世良雅志が中和剤の役割を果たしている。
東城大学医学部付属病院の病院長・佐伯清剛を演じている内野聖陽(55)、維新大学心臓外科教授・菅井達夫役の段田安則(67)の存在も大きい。内野は抜群にうまいから、登場するだけで物語の重厚感が高まる。また、日本医学会会長の座を狙う野心家の菅井を段田が演じることにより、医学界の闇の深さが表されている。
気になるのは手術室看護師・花房美和(葵わかな)の母親で弁護士の戸島和子(花總まり)の命。戸島は心臓病だが、第4回で天城を「詐欺師」と罵り、存在を否定したため、彼の手術を受けられず、死の淵に立たされている。天城は助けないのか。
戸島は天城を否定する理由として「正義に反するから」と言った。天城が多額の金を求めるからだ。しかし正義の定義は人によって異なる。天城は手術の成功こそ正義と考えているのだろう。
ストレートな形ではないが、このドラマは命の大切さを訴えている。天城にとって命と比べたら金は軽い存在なのだ。天城は偽善者ならぬ偽悪者ではないか。
◆④TBS「西園寺さんは家事をしない」
(火曜午後10時)
上質のハートウォーミングコメディ。松本若菜(40)が演じる主人公・西園寺 一妃さんのキャラクターが抜群にいい。
西園寺さんは38歳で独身。35年ローンで1戸建てを買ったばかり。家事に役立つアプリを開発するIT企業のエースだが、自分は家事を一切やらない。
「とことん家事が嫌いな西園寺さん」と胸を張るが、やりたくても出来ない。やったことがないからだ。食事は買ってくるか、宅配で済ませる。掃除はロボット掃除機任せ。部屋の隅などに溜まったホコリは取り切れないものの、気にしない。洗濯機が全自動で乾燥機付きなのは言うまでもない。
かといって面倒くさがり屋かというと、そうではない。愛犬「リキ」の犬種がボーダー・コリーであることが、それを証明している。
この犬は頭が良く、運動が大好きな牧羊犬なので、無精な人では飼うのが難しい。愛情を注ぐのを怠たると、たちまち問題行動を起こす。
リキが伏線に違いない。西園寺さんは横着だから家事をしないわけではない。何か理由がある。おそらく、自分が大学生のときに母親が家を出て、離ればなれになったことだろう。
西園寺さんとリキは快適に暮らしていたが、家の賃貸用の部屋に父娘が引っ越してくる。29歳の同僚・楠見俊直(松村北斗)と4歳のルカ(倉田瑛茉)である。
楠見は妻の瑠衣(松井愛莉)を1年前に病気で失ったシングルファザー。おまけに住まいが火事になったため、心配した西園寺さんが賃貸用の部屋に住むことを勧めた。西園寺さんは情に厚いのだ。
西園寺さんは楠見に自分の洗濯乾燥機も使うことも勧めた。ルカの保育園のお迎えも買って出る。困っている人を見過ごせないのである。
度重なる厚意に楠見が恐縮すると、それにも我慢できず、「じゃあ、家族になろうよ!」と提案する。家族なら気を使わないからだ。かくして偽家族が出来上がった。今後、どんな日々が待っているのか。
◆③TBS『笑うマトリョーシカ』
(金曜午後10時)
謎が謎を呼ぶ社会派サスペンス。原作が早見和真氏(47)による同名人気小説だけあって、ストーリーに力がある。先の展開が読めない。欧米のドラマに近い。
主人公の東都新聞記者・道上香苗(水川あさみ)が若き厚生労働相・清家一郞(櫻井翔)の高校時代について取材したところ、生徒会長だった清家には鈴木俊哉(玉山鉄二)というブレーン役の同級生がいたことを知る。現在、鈴木は清家の秘書になっていた。
道上は清家にインタビューする機会を得る。ところが、妙なことに清家には主体性が感じられない。すべて誰の指示に従っているようだ。アドルフ・ヒトラーに演説法などを指導したエリック・ヤン・ハヌッセンのような存在である。
道上は鈴木が清家を操っていると考えた。だが、鈴木は何者かに命を狙われ、車で跳ねられる。次に道上は清家の大学時代の恋人・三好美和子(田辺桃子)が黒幕と考えた。しかし、三好美和子は偽名である上、失踪していた。
怪しいのは鈴木がその存在を恐れ、美和子を嫌っていた清家の母親・浩子(高岡早紀)である。しかし、まだ真相は分からない。実は清家が周囲を操っている可能性もある。
カギを握るのは清家が社会的弱者の救済に異様なくらい熱心なこと。主体性のない男が、弱者救済について語るときだけ顔を上気させる。物語の謎を解くカギだろう。奥深い物語である。
◆②フジテレビ「新宿野戦病院」
(水曜午後10時)
脚本はクドカンこと宮藤官九郎氏(54)。クドカンが得意とする抱腹絶倒の社会派ドラマである。
全編から透けて見えるテーマは共生。そう考えると、東京・新宿歌舞伎町が舞台に選ばれた理由も分かる。さまざまな人が日本中から集まり、外国人も多く、それでいて誰も差別されない。この街のボロ病院を中心に物語は展開する。
主人公の1人は元軍医で米国籍のヨウコ・ニシ・フリーマン(小池栄子)。英語と岡山弁をちゃんぽんで使う。エネルギッシュな女性だ。ここで気付く。ヨウコは歌舞伎町の混沌と活気を象徴しているのである。
もう1人の主人公で美容皮膚科医の高峰享(仲野大賀)は、金にならない患者には見向きもしなかった。しかし、ヨウコが不法滞在の外国人も老ヤクザも分け隔てなく治療するのを見て、変わり始めている。
患者は世間から冷ややかな目で見られている人ばかりだが、ヨウコに偏見はない。それは私生活でも同じ。世間が冷ややかな眼差しを向けるトー横キッズの少女たちと歌舞伎町の「ラーメン二郎」に行き、「うんめぇ!」と声を上げる。
クドカンらしいヒューマニズムが散りばめられている。
◆①NHK「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」
(火曜午後10時)
主演は河合優実(23)。3月に終了したTBS『不適切にもほどがある!』の小川純子役でブレイクしたが、このドラマのほうが先に撮影された。幸福と家族が切り離せない一家の物語である。
河合の役柄は兵庫県神戸市の高校3年生の岸本七実。父親・耕助(錦戸亮)は既に他界している。母親・ひとみ(坂井真紀)は朗らかな女性で、整体院で働き、七実とその弟・草太(吉田葵)との生活を支えていた。
七実は地頭がよく、ユーモアのセンスも抜群。中学2年生の草太も明るい性格だが、ダウン症であり、やっと1人でバスに乗れるようになったばかりだった。
周囲には「岸本家はかわいそう」とささやく人もいた。もっとも、当の岸本家にそんな意識はサラサラなく、仲良く幸せに暮らしていた。ひとみは子供たちが生きがい。七実も草太がかわいくてたまらない。草太もひとみと七実が大好きだった。
七実の彼氏・小平旭(島村龍乃介)が草太の存在を知ったことによって連絡して来なくなると、七実の側から絶縁する。
「ダウン症の子がいる家にはいろいろあるけど、ウチの家族にとって弟は面倒のかかる存在ちゃう! むしろ私が家族の中で面倒な存在で、弟に助けられている!」(七実)
誰だって自分の家族を敬遠されたら許せない。
その後、ひとみは大動脈解離で倒れ、車椅子での生活になる。すると、大学に興味がなかった七実が進学を決意する。ひとみの車椅子を押して街に出た際、入りたかったカフェには入口に段差があったために入れず、道行く人も冷淡だったからだ。
七実が進学先に選んだのは人間福祉学部だった。
「やさしい社会にして、あのカフェの入口の段差、ぶっ潰す!」(七実)
七実のギャグで笑える一方、幸不幸を決めるものは何かと考えさせる。
<文/高堀冬彦>
【高堀冬彦】
放送コラムニスト/ジャーナリスト 1964年生まれ。スポーツニッポン新聞の文化部専門委員(放送記者クラブ)、「サンデー毎日」編集次長などを経て2019年に独立。放送批評誌「GALAC」前編集委員