パリに移住したライターの鈴木桃子さんが、街中で見つけたすてきなパリジェンヌをスナップする連載の第7回。
華美ではないけれど、シンプルなスタイルの中にきらりと光るセンス――そんなすてきな人のエッセンスを探るべく、パリの街角で出会ったパリジェンヌたちにプチインタビューを敢行します!
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台湾で生まれ、イギリス、日本で暮らしたあと、フランス・パリに辿り着いたアミラスさん。
類い稀なるセンスの持ち主であり、彼女が発信するファッションやライフスタイルは多くのファンに支持されています。
2022年には、マレ地区にギャラリーショップ『Une Fille aux Cheveux Noirs』をオープン。彼女の審美眼を通して、世界中からセレクトした美しい手仕事のものが並んでいます。
ギャラリーショップの洗練された世界観の中で、ファッションやパリでの暮らしについて聞きました。
「普通の日でもかわいくいたい」自分らしく気分よくいられるファッションを
―今日のファッションのポイントは?
ブラウスとスカートはデンマークのブランド『Mark Kenly Domino Tan』のものです。ベルト代わりにウエストに巻いている付け襟も同じブランドです。
手に取りやすいレディースウェアのラインなど自分の店で取り扱うほど好きなのですが、ランウェイで披露した服をそのままアトリエコレクションも、素敵なんです。
市場に出る服ってショーのイメージと全然違うことが多くて、「ランウェイのショーピースが欲しい」「同じスタイリングで着たい」思うこともしばしば。
だからこのアトリエコレクションはうれしくて、いろいろオーダーしました。
―靴やアクセサリーについても教えてください。
靴は、『ANN THOMAS(アン トーマス)』です。
少し前までパリにもショップがあったのですが、トレンドに関係なく合わせやすく、履きやすいので最高ですね。
ピアスやリングは『Beatriz Palacios』というスペインのブランドのもの。
1番最初にセレクトしたヨーロッパのジュエリーデザイナーです。
鳥の羽でできているピアスは特注で作ってもらったんですが、よくあるジュエリーブランドとは違って、ひと癖ある遊び心がある美しいブランドです。
―カバンの中身について教えてください。
カバンの中はシンプルにまとめています。
必需品は『LEMAIRE(ルメール)』のキーケース。鍵をよく無くすので、エアータグも必須です。
『THE ROW(ザ ロウ)』のポーチの中には『Typology(ティポロジー)』のリップオイルや口紅などを入れています。
あとは、日本で随分前に購入したリコーのカメラGRや携帯電話の充電器、『Hermes(エルメス)』の財布。
『Isaac Reina & Kostas Murkudis』のカードホルダーには名刺を入れています。
―自分のファッションルールはありますか?
毎日、どんな風にこの服を着ようかなって考えるんです。普通の日でも、やっぱりかわいくしたいから。
毎日の楽しみって人によって違って、例えば食べ物が好きな人は料理したり、おいしいものを探して食べに行ったりすると思うんですけど、私にとってはそれが服なんです。
自分が着ていて良い気分でいられる、楽しいって思えることが大事なんですよね。
パリでは人目を気にせず自由でいられる
―パリはファッションを楽しめる街ですか?
パリでは、みんなが人目を気にしていないなと感じます。
だからこそ、本当の自分でいられる気がして、自由を感じられます。それがいいところですね。
いつも今日のような服を着ているんですが、私の生まれた台湾ではちょっと難しい服だと言われることもあるんです。
台湾は雨が降るし、暑いし、ファッションに力を入れている人が少ない国なので、こういう服を着ていると驚かれることも多いんですね。
ちょっと気合いを入れていると、結婚式に行くの?と言われてしまう(笑)。アジア圏では「モテる」という言葉もあるし、人の目を気にする文化が強いですよね。
―自分らしく服を着ることとはどういうことだと思いますか?
私は白い服が好きで、たくさん持っているんですが、「白い服って汚れるんじゃない?」ってよく聞かれます。
でも服が汚れることは仕方ないんですよ。汚れちゃっていいんです。
そう思って、気にすることなく白い服を着ています。もし白い服が汚れるのが嫌な人なら、どうやってきれいに保つか考えてがんばるよりも白い服を着ること自体やめたらいいと思う。
そこまで気をつかって着るのは大変だし、服を楽しむことが1番大事です。
―パリジェンヌのファッションについてどう思いますか?
パリジェンヌといえば、ジャンヌ・ダマスのようなデニムにTシャツをサクッと着ているイメージですよね。
私はどちらかというとアジア圏のスタイルで、パリジェンヌにはなかなかいないと思います。
フェミニンな服が好きなので、スカートの方が全然多いですし。逆に、デニムやスニーカーのようなカジュアルな服を持っていないんです。山に行く時もこんな感じ(笑)。アン トーマスの靴を履いて海まで行きます。
だから、壊れても仕方ないと思っているんですね。
―その考え方は、まさにジェーン・バーキン的なパリジェンヌだなと感じます。
モノに使われるんじゃなくて、モノを使うことって大事だと思います。
良いバッグを買って大切に見ているだけでもいいけれど、それは本来のあり方ではないと思うんですね。ちゃんと使ってあげないといけない。
モノなんだから壊れていくし、古くなっていきます。
長持ちさせたいという考え方より、今使って楽しむようにしています。
それに、10年後も使うかもしれないと思って買った物って、絶対使わないんですよ。今すぐに使うって思ったら、ずっと使い続けて、結局10年経っていたりします。
“一生モノ”という考え方は、私にはないですね。
おばあちゃんになったら気が変わる可能性が高いじゃないですか(笑)。今この瞬間に好きな物だって、来週になったら違うかもしれません。
フランスでは人生を楽しむことが最優先
―フランスに来た経緯は?
台湾に生まれて、高校からイギリスへ行きました。
イギリスの大学にも行ったんですが、コンピューターグラフィックがやりたかったのに、希望と違うコンピューターサイエンスの専攻に入っちゃって、これ卒業できそうにないなって(笑)。
それでコンピューターグラフィックが強い日本の学校に行こうかと考えたんです。
ちょうど外国人向けの早稲田大学の学部が新設された記事を見つけて、だったらもう大学に通おうと思って、それで日本に行きました。
大学では交換留学制度があったので、その時にフランスに1度留学し、2011年の震災後にフランスに移住しました。
―パリでどんな日々を過ごしていますか?
私にはルーティーンがないんです。ルーティーンが好きじゃないから、パリで暮らしているんじゃないかなって思うくらい。
台湾って朝が早いんですよ。幼稚園は8時登園なのに、私が到着するのは10時。それくらい昔から私は朝が弱いんです(笑)。
イギリスの高校は寄宿舎だったので、登校のギリギリまで寝ていられて。最初は1年間だけのつもりだったのですが、7時半登校の台湾にはもう戻れないと思って、卒業までイギリスで過ごしました。
―イギリスも日本も時間を守る文化ですが、どんな風に過ごしていたのですか?
そうなんですよ。イギリスでは、先生に、あなたは先週を生きていますよねって言われていました。
つまり、いつも人より1週間遅れていると(笑)。
日本では、初めてのアルバイトの初日に、先輩から「あなたは道楽者ね」と言われました。道楽者って難しい日本語だから、最初は意味がわからず、家に帰って辞書で調べてみると、生活を楽しんでいる人という意味があって、誉められたんだと思いました(笑)。
その後しばらくして皮肉だったことに気づきましたね。でもそれで考えれば、フランス人ってみんな道楽者なんですよね(笑)。
―フランス人はプライベートを大事にする人が多いですよね。
そうなんですよ。それこそ「あなたは仕事ができるよね」っていうより、「道楽者ですよね」の方がフランス人は喜ぶと思います。
「仕事をがんばっているね」って言われると、「それってプライベートを楽しんでないってこと?」と受け取るかもしれない。
それくらいフランス人にとってバカンスは大事だし、仕事ができることより人生を楽しむことを優先しているんですね。
そんなところも、フランスがいちばん自分に向いていると感じた理由です。そういう感性に惹かれて、いつの間にかパリに来て13年が経ちましたね。
「生きている体験」を実店舗で
―ギャラリーショップを始めたのはなぜですか?
はじめは私がセレクトしたものを、オンラインだけで販売していたんです。
1つの場所に絞ることなく、ルーティーンに縛られることなく仕事ができるのっていいなと思っていました。
でもコロナ禍のロックダウン中、半年以上ずっと家の中にいて、春ですごく天気がよかったのに、家の中から青い空を見上げて過ごしていて……。
その時期にみんなオンラインに力を入れ始めたけれど、私は逆に人と対面で会える場所を作りたいなと思いました。
パリコレもオーダーをZOOMでやったりしていたけど、やっぱり実際に物を触ったり、服を試したり、それが大事なんだと改めて感じました。
それで2022年にマレにギャラリーショップをオープンしました。
―実店舗を手掛ける時にこだわったのはどんなところですか?
台湾の文化とフランスの文化を掛け合わせた空間にしたかったんです。
以前フランスに住んでいて、今は台湾に住んでいるドイツ人の建築家に設計をお願いしました。
両方の文化をよく知っていると思ったんです。
日本式からインスピレーションを得た扉や手すりのない階段など、細部までこだわって半年かけて作りました。
地下スペースには、メキシコの紙にフランス人作家が刺繍をしたランプやアメリカ人アーティストが台南を旅した記憶をもとに描いたアート作品を飾っています。
服はヨーロッパのブランドを中心に、台東の原住民の技術をもとにしたバッグなどもセレクトしています。
―日常が戻ってきて、実店舗を持って良かったと思いますか?
やっぱり楽しいし、やって良かったと思います。
先日、ここで生花のイベントをやったんですが、撮影禁止にしたんです。
誰も携帯電話を見ることなく数時間過ごす、それが大事だと思って。
みんな携帯電話の中で生きているわけではないし、ゲームのキャラクターとして生きているわけじゃないですから。そういう生きている体験って、場所があるからこそできるんですよね。
―日々のどんな時にパリ暮らしの魅力を感じますか?
最近、店のお向かいの家が犬を飼い始めたんですが、いつも窓から鼻を出してこっちを見てくるんですね。
少し前までは、店の前にずっと車が停まっていて、車の中に住んでいる人がいたんです。
今日は猫が車の上でのんびりしていて。
そういう街ゆく人たちや生き物の日々の動きが見えると、なんだか生きているなという感じがしますよね。
パリって、そういう映画みたいな愛らしさが普通の日々に溢れているなと思います。
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透き通るような美しい佇まいながら、チャーミングでユニークな人柄も魅力のアミラスさん。
さまざまな場所で暮らしてきたからこそ見つけた、パリ暮らしの魅力を教えてくれました。
自分の好きなものを探求し、自分らしさを確立する逞しい姿は、まさにパリジェンヌそのもの。パリを訪れた際には、ギャラリーショップを訪れて彼女の世界観を堪能してみてください。
店舗情報
Une Fille aux Cheveux Noir
11 Rue du Perche 75003 Paris
https://www.instagram.com/a_unefille.paris