年間“35億羽”米国内で窓ガラスに衝突死…「バードストライク」対策、日本の現状は?

『ナショナルジオグラフィック』日本版サイトは、アメリカでは毎年約13億〜35億羽の鳥が窓ガラスに衝突して命を落としている可能性を指摘する論文の紹介記事を6月10日に公開し、話題を呼んだ。

一方で、ニューヨーク市などでは、鳥の衝突死を予防するため高層ビルに「鳥にやさしい窓」の採用を義務づける条例が存在する。

はたして、日本にも、野鳥の死を防ぐための法律や条例は存在するのだろうか。

ガラスに衝突した鳥の14~28%が死亡

該当の論文は、ペンシルベニア州の森のはずれに鳥の餌台とガラスをはめた窓枠を設置して、鳥たちの行動を観察した実験に基づく。観察は5年間にわたり、計1200時間以上に及んだ。

窓ガラスに衝突した鳥は骨折し、脳出血を起こす可能性もある。その場では即死しなかった場合にも、意識を失っている間に外敵に捕食されることや、時間が経過してから死ぬことがある。

研究では、観察中にガラスに衝突した1300羽以上のうち約14%が即死。さらに14%が、後に死亡した可能性もあるという。

実験の結果、少なくとも180羽以上の鳥が命を落とすことになった。しかし、市街地で鳥が直面するリスクを正確に測定し、衝突死を最小限に抑えるための製品を開発するためには、今回の実験は不可欠だったと研究者は主張する。

日本における「バードストライク」の現状

窓ガラスや建造物などに鳥が衝突する事故は「バードストライク」と呼ばれる。特に高層ビルが並び立つ都心部で、深刻な問題となっている。

国土交通省の統計によると、空港で離着陸中の航空機に鳥が衝突する事故は、2022年に日本国内で1421件発生した。また、環境省は、国内の風力発電施設で2003年から2021年までの間に、海ワシ類のバードストライクが73件発生したと公表している。

一方、街中で起きるバードストライクに関する、日本国内のデータはない。

ただし、2011年に日本野鳥の会大阪支部の広報誌「むくどり通信」に掲載された、鳥類学者の和田岳氏のコラムによると、街中に落ちてる鳥の死体を解剖するとほとんどが頭から出血しており、窓ガラス等に衝突して死んだ可能性も考えられるという。

北米の各都市ではバードストライクを予防する条例が制定

2019年、ニューヨーク市は高層ビルの新築や改装の際に野鳥の衝突を防ぐ加工を施した窓ガラスの採用を義務づける条例案を可決。同条例は2021年1月に発効された。

同様の条例は、2011年にサンフランシスコ市が制定したのを皮切りに、ロサンゼルス市やワシントンD.C.など、アメリカの各都市で導入されている。

カナダでも、高層ビルなどの建築・改装の際には「鳥にやさしい開発」のガイドラインに従うことが義務化されており、バンクーバーやオタワ市などにも同様のガイドラインが存在する。

北米では自然保護の伝統が根強い。「全米オーデュボン協会」をはじめとする野鳥保護団体や自然保護団体も数多く存在し、少なくない影響力を持つことも、野鳥を保護するための条例が制定される背景にある。

法律は人間の経済活動を優先

日本にも、北米で制定されているような、野鳥保護のための条例は存在するのだろうか。

飼い鳥の保護活動に取り組む「認定NPO法人TSUBASA」の監事なども務め、動物と法律の問題に詳しい青木敦子弁護士は「野鳥を保護すること自体を目的にして、バードストライクなどを防ぐための法律はありません」と話す。

前提として、法律では動物は「モノ」として扱われる。つまり、野鳥の命よりも、人間の経済活動が優先される。

トキを代表とする、希少な鳥類については「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(通称「種の保存法」)によって、保護区が指定されたり繁殖が行われたりしている。

しかし、その目的は個々の鳥たちの命を守るためではなく、あくまで「種」を保存するためだ。そして、「種」を守る理由は「国民の健康で文化的な生活の確保に寄与すること」だとされている。

トキやコウノトリなどを含む特別天然記念物は「文化財保護法」によっても保護されている。また、「生物多様性基本法」も、希少な動物の保全に関係する法律だ。しかしこれらの法律の条文でも、希少な動物を守るのはあくまで国や人類の利益のためとされている。

そして、希少な動植物を守るためには、希少でない動物を殺すことも推進される。例として、沖縄県の奄美島では、アマミノクロウサギを代表とする野生動物や野鳥を保護するため、ノラ猫の殺処分が行われている。


日本を象徴する鳥であるトキは、その希少さを理由に保護されている(feathercollector / PIXTA)

法律における鳥類保護の現状

「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」(通称「鳥獣保護管理法」)では無許可で鳥を捕獲・殺傷することは禁じられている。しかし、バードストライクは意図的に鳥を殺傷する行為ではなく、事故として起こる問題のため、鳥獣保護管理法の規制対象にはならない。

「生物多様性基本法」や「自然環境保護法」、「河川法」や「海岸法」などにも保全区域に関する規定はあるが、鳥類や動物を守るための具体的な方策や規制までは、条文には記載されていない。

また、バードストライクの被害に遭うのは渡り鳥が多い。しかし、日本は渡り鳥の保護に関する世界的な条約に加盟しておらず、保護には積極的でない。

一方で航空機へのバードストライクについては、事故を招き人間にも危害を及ぼす問題であるため、政府も防止に向けて積極的に取り組んでいる。

風力発電施設についても、絶滅危惧種であるオジロワシやオオワシを含む海ワシ類の衝突が問題視されているため、環境省が「防止策の検討・実施の手引き」を公開している。


ロシアから北海道に越冬しにきたオジロワシが、バードストライクに遭うことがある(MASATOSHI / PIXTA)

野鳥保護のための法律・条例が制定される見込みは?

絶滅危惧種でない野鳥もバードストライクから守るための法律や条例が、今後、日本でも制定される可能性はあるのだろうか。

青木弁護士は「このままだと、かなり低いと言わざるをえません」と語る。

「たとえば、茨城県のハス畑では食害防止のために2000年代から防鳥ネットが設置されていますが、ネットの管理が杜撰(ずさん)なこともあり、ネットが絡まり生きたまま死んでいく鳥が多くいます。この問題は『日本野鳥の会』の会員や一部動物保護団体の間では有名ですが、一般にはほとんど知られていません。

その原因のひとつとして、人間との関わりの中で生き物が苦しんで死んでいるという現実が、テレビなどのメディアでも十分に取り上げられていない点が関連していると考えられます。

『バードストライク』とは鳥が苦しんで死ぬ大変悲惨な問題であるという事実を具体的に伝えて、市民が『他人ごと』と思わずに鳥や動物の置かれた状況に関心を持つようになることが、必要だと考えます」(青木弁護士)

一方で、北米の各市で条例が制定されたように、市民が声を上げれば、経済活動を多少制限することになっても、野鳥を守るための法律や条例が制定される可能性はある。

個人が実践できる、バードストライク予防

そもそも、バードストライクは窓ガラスや建造物などを通じて人間が生み出した問題であるからこそ、工夫によって予防・対処することも可能だ。

たとえば、窓ガラスに明るい色のカーテンをかけるだけでも、景色の映り込みを抑えて、バードストライクを予防することができる。

また、タカやフクロウなどのシルエットを模した「バードセイバー」を窓に貼ることでも予防できる。バードセイバーは市販されてもいるが、自作することも可能だ。

「『仕方がないから受け入れるしかない』で済ませずに個人できることから始めて、他の国で実践されている取り組みから学んでいくことが大切だと思います」(青木弁護士)


手作りのバードセイバー(「きしわだ自然資料館」ホームページから)