パリオリンピックは開幕(26日)から日本勢のメダルラッシュで盛り上がっている。一方で、SNS上の誹謗(ひぼう)中傷も相次ぎ、選手からの悲痛な願いが発せられるなど、ネガティブな“声援”も目につく。
競歩代表の柳井綾音(立命大)は29日、自身のSNSで「たくさんの方からの厳しい言葉に傷ついた」と投稿。そのうえで、「試合前は余計神経質になり、繊細な心になる。批判は選手を傷つける。このようなことが少しでも減ってほしい」と続けた。
柳井選手は同日、「今回、男女混合リレーに専念させていただくことになりました。オリンピックで辞退するということはすごく贅沢だと思いますが、1本に集中してメダルを目指したいと思います。応援よろしくお願いします」と自身のSNSで表明していた。
日本陸連も経緯を説明し、理解を求めた(日本陸連Xより)
サポートする日本陸連も30日、「日本チームとして実力を発揮し、より高い順位を獲得するために、チーム、コーチ、選手と話し合い、慎重に検討した結果、本連盟として出場選手や発表のタイミングを判断いたしました」と、辞退について結果を重視した苦渋の決断だったことをSNS上で公表している。
五輪連覇を狙った柔道の阿部詩(パーク24)にも、批判的な声が集中した。金メダルが期待される中のまさかの2回戦敗退に、試合直後に号泣したことなどへSNSを中心に心ない言葉が浴びせられた。また同じ柔道では日本生まれながら、カナダ国籍を選択し、カナダ代表として金メダルを獲得した出口クリスタに国籍選択へのやゆや、人種差別的な誹謗中傷もみられた。
五輪の舞台で国を代表する選手だけに、応援する側の期待もそれだけ大きい裏返しともいえる。だが、揚げ足をとったり、臆測だけで批判したりすることは、全力で競技にかけてきた選手に対する”冒とく”でしかない。
「批判」と「誹謗中傷」の違い
もしも選手を激励するつもりの辛口のメッセージだとしても、「批判」と「誹謗中傷」には明確な線引きがあることを忘れてはならない。
批判は「発信者と受信者が対等な関係で、受信者側に反論の余地がある」、「発信者の意見に対し、受信者側に相手に改善の余地がある」の2つが特徴として挙げられる。
一方の誹謗中傷は、「いわれのない悪口」を意味して使用する場合が多い。主に「真実でない犯罪歴を吹聴する」、「容姿や性格を罵倒する」、「殺すぞ!などの脅し」、「プライバシー権を侵害」、「販売する商品を悪く言う」などが当てはまる。
慎重に検討した末、出場辞退したことに外野が”批判”できる余地はない。全力をかけた試合に負けて号泣したことへの”批判”は、十分に「いわれのない悪口」に相当するだろう。
誹謗中傷で問われる法的責任
誹謗中傷は人の心を傷つける重いもの。代償として、誹謗中傷を行った側は法的責任を問われる可能性がある。
誹謗中傷が「名誉棄損」(刑法230条)に当たる場合は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役もしくは禁固または50万円以下の罰金が科せられる。
「侮辱罪」にあたる場合は、刑罰として拘留または科料が科せられる。名誉毀損との違いは、「事実の適示」の有無だ。
その他、虚偽の風説を流布して、信用を毀損したり、人の業務を妨害したりすると「信用毀損(きそん)罪と業務妨害罪」、悪口のとどまらず「やってやるぞ」など相手の生命、身体等に害を加える旨を告知すると「脅迫罪」、誹謗中傷の内容によっては「強要罪」に問われる可能性もある。
上記は刑事責任だが、民事では、損害賠償、名誉回復措置などで責任を問われうる。
IOCもはじめて大会期間中の「心のケア」へ対応
4年に一度の大一番へ向け、代表選手たちは心身を極限状態まで追い込む。鋼のメンタルを持つ猛者もいるが、それでも肉体に比べれば心はもろいものだ。
今パリ大会では、国際オリンピック委員会(IOC)が選手村の一角に「マインドゾーン」と呼ばれるスペースが設けられた。照明を抑えるなどでリラックスできる空間に専門スタッフが常駐し、選手らの心に寄り添う。五輪の歴史で初めての対応だ。
日本オリンピック委員会(JOC)も選手村に「セーフガーディングオフィサー」を常駐させている。メンタルケアをするとともに、悪質な投稿等への削除対応や警察との連携も行うといい、選手の心のケアに体制を整えている。
誰もが思いを書き込めるSNSは、プラスに作用すれば選手へプラスアルファの力をもたらすが、ネガティブなコメントは選手の心を大きく傷つける。本当に応援する気持ちがあるなら、手軽なSNSといえど、そこが実質的に公の場であることをしっかり認識し、一文字一文字に思いを込めながらメッセージを送る。それが、日本サポーターとして最低限のマナーといえるだろう。