7月3日に新紙幣の発行が開始し、間もなく1か月がたとうとしている。キャッシュレス化が進み現金を使用する機会は減っているものの、おつりやATMで「新紙幣が出てきた」という人も、そろそろ増えてきているかもしれない。
日本銀行の植田和男総裁は発行開始当日の朝、「本日、1兆6000億円の新しい日本銀行券を、世の中に送り出す予定です」とコメント。日本銀行は来年3月までに、3券種(1万円札、5000円札、1000円札)合わせて、現在発行されている紙幣の46%となる74億8000枚を印刷する予定だという。
新紙幣を手に入れるには?
発行初日には新紙幣への両替を求める人の行列が各地の銀行にできていたが、約1か月がたった今、“フィーバー”は落ち着きつつある。自然に手元へ回ってくるまで待とうという人も多いかもしれないが、もう少し早く手に入れたい場合、各銀行の対応はどうなっているのだろうか。三大メガバンクでの両替方法を確認した。
・みずほ銀行
有人店舗で両替可能。7月4日以降、新券への両替は新紙幣となっている。当日分の新紙幣がなくなり次第、当日の両替は停止。
・三菱UFJ銀行
窓口で両替可能。ただし新紙幣の在庫がなくなった場合、旧紙幣の新券への両替となるため、店舗へ在庫状況を確認してから来店を。両替機の場合、新旧紙幣の指定は不可。
・三井住友銀行
窓口・両替機で両替可能。7月4日以降は原則、新紙幣の新券に両替。
銀行での新券交換を希望する場合、両替枚数などによっては手数料がかかる場合もあるため、事前に店舗への問い合わせが賢明だろう。
新紙幣への刷新20年ぶり…「サイクル」は法律で決まっている?
日本銀行は紙幣刷新の背景について「(旧紙幣の)発行開始(2004年11月)から相応の期間が経過し、この間の印刷技術の進歩等を踏まえて、今後とも、日本銀行券の偽造抵抗力を確保していく必要がある」としている。
今回、新たに発行された紙幣も、3券種ともに「4つの分かる」(触って分かる、透かして分かる、傾けて分かる、道具で分かる)と題して、紙幣への導入は世界初となる「3Dホログラム」など8種類もの偽造防止技術が施されている。
新紙幣への刷新は20年ぶりとなるが、そのサイクルは法律で決められているのだろうか。ベリーベスト法律事務所 大宮オフィスの桐ヶ谷彩子弁護士は、以下のように説明する。
「法律でサイクルが定められているわけではありませんが、3券種が初めて同時改刷された1984年以降、2004年、2024年と、ちょうど20年おきに新紙幣への刷新が行われています。期間が長くあけばあくほど、それだけ『偽造技術』が『偽造防止技術』に追いつくリスクも高くなるため、必要に応じて新紙幣が発行されているのだと思います」
前述のように、新紙幣には8種類もの偽造防止技術が導入されているが、これらをかいくぐって偽造した場合は「通貨偽造罪」に問われることとなる。
「たとえ偽造した紙幣を使わなかったとしても、起訴されて有罪となれば無期または3年以上の懲役に処せられます。また、偽造した紙幣を使用してしまった場合は『偽造通貨行使罪』となり、同様の刑罰が科されます」(桐ヶ谷弁護士)
いずれの罪にも罰金刑の規定がなく、一発で実刑となる可能性もある(※)ことから、それだけ重い罪だと言えるだろう。たとえば、もし偽造された紙幣がおつりなどで意図せず財布の中に紛れ込み、知らずに使ってしまったらどうなるのか。
※ 執行猶予の要件は「3年以下の懲役もしくは禁錮、または、50万円以下の罰金」の判決が言い渡されたとき。
「故意がなければ、罪に問われることはありません。ですので、自身の身を守るためにも、手元にある紙幣に違和感を覚えた場合は、迷わず警察に届けるようにしてください」(同前)
お札の“顔”が「明治時代以降の人物」から選ばれるワケ
今回、新たに紙幣の“顔”となったのは、1万円札が渋沢栄一(実業家)、5000円札が津田梅子(女子教育家)、1000円札が北里柴三郎(細菌学者)。これらの選定は、国立印刷局によれば法令などの制約はないものの、おおよそ以下のような観点により、明治時代以降の人物から選ばれているという。
・偽造防止の観点から、なるべく精密な写真を入手できること
・肖像彫刻の観点からみて、品格のある紙幣にふさわしい肖像であること
・肖像の人物が国民各層に広く知られており、その業績が広く認められていること
(国立印刷局「お札に関するよくあるご質問」より)
なお、紙幣に肖像が描かれているのは、「人の顔や表情のわずかな違いにも気がつくという人間の目の特性を利用」するためだそうだ。
前述の偽造防止技術や肖像のほか、新紙幣では額面文字の大型化や、指で触って券種が識別できるマークなど、ユニバーサルデザインにも力が入れられている。
これら様式については、まず通貨行政を担当する財務省、発行元の日本銀行、製造元である国立印刷局の三者で協議される。その上で、最終的には日本銀行法により、財務大臣が決めているようだ。
物価上昇の中…国から事業者への補助金はなし
新紙幣発行の経済効果については、野村総合研究所の木内登英氏が「1兆6300億円程度」と試算している。無論、その背景には自販機や自動精算機などを導入している事業者の、新機種入れ替え対応などがあるだろう。
物価上昇や円安が続く中、経営が苦しい企業や店舗も少なくないはずだが、各事業者が新紙幣に対応するのは「義務」なのだろうか。桐ヶ谷弁護士は「法的な義務はないですが、対応しておかなければ事実上不便です」と話す。
「現在のところ、残念ながら国から事業者へ補助金を出すような制度はありません。ただし、自治体によっては補助金を支給しているところもあるようなので、使える制度はないか調べてみて、可能であれば早めに対策をしたほうがよいでしょう」
飲料自動販売機の新紙幣対応は「2~3割」とも(弁護士JP編集部)
「旧紙幣が使えなくなる」詐欺に注意、すでに被害も
当然ながら、新紙幣の発行で、従来の紙幣が使用できなくなることはない。国、警察、銀行をはじめとするさまざまな機関では、「従来の紙幣が使用できなくなる」などの虚偽情報を使った詐欺に注意するよう、新紙幣の発行前から注意喚起をしてきた。しかし、すでに被害は発生しており、たとえば東京都内では今年3月から6月までの間に、80代~90代の男女4人が合計約1500万円をだまし取られているという。
「日本銀行法46条2項には、『日本銀行が発行する銀行券(以下「日本銀行券」という。)は、法貨として無制限に通用する』と定められています。日本銀行のサイトには『現在発行されていないが有効な銀行券』として、古いものでは明治18(1885)年9月8日に発行開始された1円札が掲載されていますし、いくら新紙幣が普及したからといって、従来の紙幣が使えなくなるわけではありませんので、言葉巧みにだまされないよう注意してください」(桐ヶ谷弁護士)