日本IBMと労組が「賃金査定」における「AI」の利用について和解成立 評価項目の開示は“世界初”

8月1日、日本IBM(アイ・ビー・エム)株式会社は、給与調整(賃金査定)におけるAI(人工知能)の利用について労働組合と和解を成立させた。

「賃金査定に自社AIを導入」と発表したが…

2019年8月14日、日本IBMは全社員向けの文書により、同年9月1日付けで賃金減額を含む給与調整を実地することを通知。同文書には、以下の記載がなされていた。

「今年度より所属長のより良い給与調整の判断をサポートするツールとしてIBM Compensation Advisor with Watsonが導入されています」

Watson(ワトソン)とは、日本IBMが自社で開発するAIだ。

同月、日本金属製造情報通信労働組合(JMITU)と同組合の東京地方本部、日本IBM支部はAIに考慮させる項目やAIが上司(所属長)に対して提案した内容の開示などを求めて、団体交渉を要求。

日本IBMは開示を拒否したため、労組は同社の対応が労働組合法7条の禁じる不当労働行為(不誠実交渉、支配介入)に当たるとして、2020年4月、東京都労働委員会に救済を申し立てた。

評価項目を労働者に開示するルールは“世界初”

今回成立した和解には、以下の内容が含まれている。

(1)日本IBMは、労組に対し、賃金査定でAIに考慮させる項目全部の標題を開示する。

(2)日本IBMは、労組に対し、(1)の項目と賃金規程上の評価項目との関連性を説明する。

(3)日本IBMは、労組が組合員の賃金査定について疑義を指摘した場合、その疑義を解消するために必要な、AIの提案した内容を開示する。

(4)今後、AIによる賃金評価方法に関して疑義が生じた場合には、日本IBMは労組と協議する。

2日に行われた会見で、労組弁護団の水口洋介弁護士は、AIはアルゴリズムの詳細が分からない「ブラックボックス」になっていることが多く透明性が確保されていない点で、人事や給与の査定に利用するには課題が多いと、問題を指摘。

「今回の和解によって、組合には、査定におけるAIの評価項目がすべて開示されることになった。

労使で合意して、透明性を確保するための橋頭堡(きょうとうほ)を築けた。日本では初めてのことだ」(水口弁護士)

AIに対する法規制については、国際的にはEU(欧州連合)が進んでいる。しかし、そのEUでも、AIの評価項目や提案内容について開示するルールが労使間で合意された例はないという。

水口弁護士は「今回の例は、世界で初めての可能性もある」と語った。

「AIは決して公正でも透明でもない」

合意内容により、開示された評価項目を労組が第三者に公開することはできない。しかし、非組合員を含む社員への公開は認められた。会社の内部ネットワークで公開する予定という。

編集部の取材に対し、日本IBMは「和解が成立したことは事実です。今後も良好な労使関係の構築に努めてまいります」とコメント。

JMITU・IBM支部の大岡義久中央執行委員長は「AIは決して公正でも透明でもない。評価基準を明らかにして、査定の内容を検証することが不可欠だ」と語った。

新入社員などの採用の場面ではAIは広く使われるようになったが、人事・給与査定にはまだAIは浸透していない。また、査定にAIが利用されているかどうかということ自体が「ブラックボックス」になっている面もある。

したがって、法律も未整備の状況となっている。

穂積匡史弁護士は、AIが使い方によっては差別の再生産を引き起こす可能性などの問題を指摘しながら、今回の和解の意義を語った。

「法律が整備されるのをただ待つのではなく、労働組合が先頭に立って交渉したことで、AIの使われ方について労働者も決定に関与できるようになった」(穂積弁護士)