世間では、「セカンドキャリア」という言葉もすっかり定着。定年後もしばらく働くことがデフォルトのようなムードがある。言うまでもないが、50代以降のセカンドキャリアは、バラ色とは限らない。むしろ「こんなはずじゃなかった……」と、困難に直面するほうが多いかもしれない。
今回は、民間企業や他の役所よりも定年が早い自衛官の「定年後」に注目。先般『定年自衛官再就職物語 – セカンドキャリアの生きがいと憂うつ -』(ワニブックスPLUS新書)を上梓された、防衛大学校出身の著述家の松田小牧さん(@matsukoma_yrk)にうかがった。
◆再就職を“援護”する機関がある
民間企業の場合、現時点において定年は60歳。高年齢者雇用安定法の法改正により、来年からは、65歳までの定年延長や継続雇用制度の導入などが求められている。対して、「精強さ」が求められる自衛官の場合、定年は早い。一番上のクラスの将官は60歳だが、その下の階級は55~58歳となっている。
楽隠居には早すぎるし、まだまだ稼いでいかねばならない大半の自衛官は、再就職を目指す。松田さんは、再就職を支援する機関の存在を挙げる。
「自衛隊には職業紹介の権限はありません。代わりに自衛隊援護協会という非営利型法人が、定年自衛官に向けた求人を扱っています。定年の1年ぐらい前に、自衛官から『こういう仕事をしたい』と希望を出してもらいます。援護の担当者は、関心を持った企業とマッチングをしたり、『あなたに合いそうな仕事と思いますが、これはどうですか』と提案します。
全員が援護協会を利用するわけではありません。3割程度は、自主開拓したり、家業を継いだりします。ちなみに、防衛産業大手の顧問やマスコミのコメンテーターとして迎えられるのは、一握りの将官クラスの人たちです」
◆再就職先として多い警備職
では、定年自衛官の再就職先は、主にどんなところなのだろうか。松田さんからは、意外な答えが返ってきた。
「就職先として多いのはサービス業で、全体の約半数を占めます。その中でも、警備員になる人が多いです。『俺は警備員になりたい!』というより、『先に退官を迎えた人もそうだったし、自分も警備員だろうな……』みたいな、消極的な動機でなる人が少なくありません。どうすれば利益が上がるか、コストをどう下げるかといった営業や計数管理の経験はないので、そういった求人は少ないですし、隊員自身にも苦手意識があります。
また、陸曹クラスで、職務ではパソコンに触ったことがないという人もいます。その点、警備員ですと、前職と同じく制服を着て、何か危険なことがあったら真っ先に力になるという共通点があり、心理的な抵抗も少ない面もあります。ほかには、物流や介護の世界に進む人も増えています。人手不足なので、企業側からのニーズが非常に高いです。北海道だと農業のニーズも高まっています」
◆損保業界では示談交渉役として重宝
松田さんの話を聞いて、さらに意外性があったのは、幹部では損害保険会社に行く人も少なくないという点であった。
「交通事故でけが人が出た場合、示談交渉の役回りで重宝されます。当事者はともすれば感情的になっているので、現役時代に培った忍耐力や合理的思考が活きてくるのですね。何が正しくて、何が正しくないのかを判断して、押し通す力量が元自衛官にはあると、損保業界では定評があるのです。
社内で先輩格にあたる元自衛官からの教育システムが確立されているのも、結構大きいポイントだと思います。それで安心して就職しやすいのです」
◆再就職では苦労する戦闘機パイロット
ひと口に自衛官と言っても、陸、海、空があり、さらに細かく職種が分かれている。出自によって、再就職先が広がることもあれば、限定されることもあり、明暗は分かれるようだ。
「空自では花形職種である戦闘機パイロットは、民間では活かしにくく苦労することがあるようです。自衛隊の輸送機を操縦したのであれば、民間の輸送機パイロット、ヘリコプターであれば、民間のヘリパイロットの道が開けています。でも戦闘機を操縦できるスキルは、つぶしがなかなかききません」
◆安い給料で退職する元自衛官は少なくない
人口減少が進む地方は、求人の絶対数がそもそも少ない。そのため、援護協会の力添えがあったとしても、待遇面で不本意な就職が起きやすいという。松田さんは、東北の地方銀行で、自衛官相手の営業職に就いた人の例を挙げる。
「その方は、50代半ばにして名刺の受け渡しの仕方から始めて、一人前になるべく頑張りました。でも、給料は手取りで15万円くらい。住宅ローンなど抱えている立場で、これは厳しすぎました。結局、彼は退職してしまいます。退職自衛官の平均月収は20万円台の前半です。30万円を超えるのは少数派で、20万円を切る人のほうが多いくらいです。
定年時に、通常の退職金に加えて若年定年退職給付金がもらえるので、一部の雇用する側が『給料は安くてもいいだろう』と、足元を見ている可能性も否めません」
◆ブラック企業で疲弊する元自衛官も
自衛官は定年後に再就職できても、10人に1人が半年以内で、4人のうち1人は4年以内に退職してしまうという。そうなってしまう理由は、上の例のような安い給料ばかりとは限らない。
「部署にもよりますが、平時の自衛隊の仕事は、慣れると割と楽で、人間関係も良好だったという人は多いです。それで、民間企業に移って、ギャップに耐えられなくなりやすいのです。ルーティンの業務をこなすだけで仲間もできなくて、やりがいを失って退職することは、よくあります。
ブラックな職場で、辛くて辞める人も少なくありません。例えば、会社役員に運転手として雇われたけれど、土日も家族の送迎とかプライベートなことまでやらされるとかですね。また、元自衛官は正義感が強い人が多いのですが、それが仇(あだ)になって、社内で正論を振りかざして、孤立して退職というのも聞きます」
松田さんのお話を聞いていて、たいがいの自衛隊出身者のセカンドキャリアは、順風満帆とは限らず、いばらの道を歩む人も多いという印象を受けた。それでも、不慣れな職場で奮闘し、働きがいを見いだす人もいるし、起業したりフリーランスとして活路をひらく人も最近は増えているという。
「人生100年」が現実味を帯び、定年は職業人生の終わりではなくなった。元公務員であるかどうかは関係なく、これからは誰もが、ある種の覚悟を持って定年にのぞむ必要があるのではないかと感じる。
<取材・文/鈴木拓也>
【松田小牧】
1987年大阪府生まれ。2007年に防衛大学校に入校。人間文化学科で心理学を専攻。陸上自衛隊幹部候補生学校を中途退校し、2012年、株式会社時事通信社に入社、社会部、神戸総局を経て政治部に配属。2018年、第一子出産を機に退職。その後はITベンチャーの人事部を経て、現在はフリーランスとして執筆活動などを行う。著書に『防大女子 究極の男性組織に飛び込んだ女性たち』『定年自衛官再就職物語 – セカンドキャリアの生きがいと憂うつ -』(いずれもワニブックスPLUS新書)がある。
X:@matsukoma_yrk
【鈴木拓也】
ライター、写真家、ボードゲームクリエイター。ちょっとユニークな職業人生を送る人々が目下の関心領域。そのほか、歴史、アート、健康、仕事術、トラベルなど興味の対象は幅広く、記事として書く分野は多岐にわたる。Instagram:@happysuzuki/