8月5日、広島県は、核軍縮のための政策提言「ひろしまウォッチ」を国際社会に向けて発表した。
各国の専門家が共同で提言を作成
「ひろしまウォッチ」は、藤原帰一東京大学名誉教授を議長とし、日本・米国・中国・韓国・豪州・ロシアなどにおける外務大臣経験者や核兵器の専門家などが参加する「ひろしまラウンドテーブル」(広島県)が作成した提言。
発表と同日に日本外国特派員協会(東京都)で行われた記者会見では、藤原教授が「核兵器のない世界の実現に向けた前進を見守り、そのために各国政府がとるべき政策を提言することを目的としている」と、提言の趣旨を説明した。
「ひろしまウォッチ」の名称は、旧ソ連圏の各国政府がヘルシンキ協約(1975年)を遵守しているか監視するために設立され、この地域における1980年代後半の民主化の実現に貢献した「ヘルシンキ・ウォッチ(現:ヒューマン・ライツ・ウォッチ)」にならったもの。
また、1945年8月6日午前8時15分に広島に原子爆弾が投下された時点で針の動きが止まった、広島平和記念資料館に所蔵されている懐中時計にも由来している。
(「懐中時計」寄贈:二川一夫氏、広島平和記念資料館公式サイトから)
核兵器の使用が各国の戦略に含まれている
今回発表された提言では、「核兵器のない世界」という目標にとって2023年は「危険な後退の年となった」として、特に3つの傾向が重大な懸念であると指摘している。
1つめの後退は「強まる核兵器への依存」。
核兵器を保有する5カ国(中国、フランス、ロシア、英国、米国)は2022年に「核戦争を防ぎ、軍拡競争を避けることについての共同声明」を発表したが、このうち複数の核保有国の戦略ドクトリンには、自国の主権が脅かされた場合や非核大量破壊兵器(生物兵器や化学兵器など)が使用された場合には核兵器を使用する計画が含まれている。
また、5カ国のうち核兵器の「先制攻撃への不使用」を宣言しているのは中国のみ。その中国も、核弾頭を発射装置と共に配備し始めた可能性がある。
さらに、ロシアも核ドクトリンを再検討していると発表した。
「ひろしまウォッチ」は、核兵器不拡散条約に非加盟でありながら核を保有する国(インドや北朝鮮など)を含むすべての核保有国は、「先制不使用」と「消極的安全保障」を約束しなければならないと提言している。
米国・ロシア・中国のリスクが深刻
2つめの後退は「核兵器の増加」。
米国とロシアは冷戦時代の核戦力をアップグレードし、他の運搬方法を開発している。
また、米国はNATOの非核保有国への非戦略核兵器の配備を継続し、英国には非戦略核兵器の再配備の可能性がある。ロシアも、今年、ベラルーシに戦術核兵器を配備した。
米国政府の高官は、ロシアに対抗するため、今後数年のうちに米国でも核の配備数を増加することを示唆したという。
「ひろしまウォッチ」は「新世代の核兵器の生産と配備は直ちに中止しなければならない」として、米国・ロシア間の軍備管理交渉を再開すること、また中国とも交渉を行うことを提言した。
3つめの後退は「核実験再開の可能性」。
ロシアの政府関係者は、核兵器の実験を再開する可能性を示唆したという。また、米国のドナルド・トランプ元大統領の補佐官は、中国とロシアの核保有量の合計に対して優位性を維持するために、核実験の再開と核分裂性物質の生産を推奨していた。
核保有国のいずれかが核実験を再開すれば他の国もそれに追随することになり、核軍拡競争が再燃する危険性がさらに高まることになる。
また、11月5日に実施予定の米国大統領選挙には、共和党の候補者としてトランプ元大統領が出馬している。将来、米国が核実験の再開を検討するおそれは高い。
「ひろしまウォッチ」は、核実験は何としても阻止しなければならないとして、「核実験モラトリアムと包括的核実験禁止条約を維持すること」を提言する。
一方で、世界の国々の大多数は依然として核兵器を保有しておらず、2021年には核兵器禁止条約が発行された。
「ひろしまウォッチ」は、核保有国とその同盟国による行動は核兵器禁止条約の実現にはほど遠いものになっていることを指摘しながら、「公約を守らない政府の責任を追及し、より安全な未来のための具体的な行動を促していく」と宣言した。
広島市の平和式典にイスラエルが招待されているが…
記者会見には、湯崎英彦・広島県知事と、オーストラリア国立大学のギャレス・エバンズ特別栄誉教授もリモートで参加。
7月31日、長崎市は、パレスチナ自治区ガザ地区への攻撃を続けているイスラエルを8月9日の「長崎原爆の日」に行われる平和式典に招待しないことを発表した。
一方、広島市は8月6日に行われる平和式典にイスラエルを招待している。この判断について質問を受けた湯崎知事は「平和式典は広島県ではなく広島市の管轄」と断りを入れながらも、市の判断に同意を示した。
また、藤原教授は、イスラエルが非公表であるが核兵器を保有している可能性が高いことに言及したうえで、「いちど核兵器が落とされたらどんな事態が起こるか、という事実を知らせるためにこそ、イスラエルの政府関係者を広島に呼ぶことには意義がある」と語った。