「2日も未読スルー…」結婚式で出会った彼を食事に誘ったのに、返信がない意外な理由

カメラマン、クリエイター、カレーをスパイスから作る男──。

これらの男性は“付き合ってはいけない男・3C”であると、昨今ネット上でささやかれている。

なぜならば、Cのつく属性を持つ男性はいずれも「こだわりが強くて面倒くさい」「自意識が高い」などの傾向があるからだそう。

果たして本当に、C男とは付き合ってはならないのか…?

この物語は“Cの男”に翻弄される女性たちの、悲喜こもごもの記録である。

▶前回:誰もが憧れる慶応卒のイケメンキャスター。彼がひた隠しにする強いコンプレックスとは?

キャンパーの男/綾里(29歳)の場合【前編】



抜けるような青空と、輝く太陽がまぶしい8月。

「ザ・カハラ・ホテル&リゾート 横浜」のチャペルには、多くの列席者の笑顔が溢れていた。

その中で綾里(あやり)は必死に笑顔を作り、親友の門出を祝っている。

― まさか、こんなに早く吉乃が結婚しちゃうなんて…。

新婦の吉乃は、綾里の幼馴染だ。私立の一貫校だったため、小学校から大学までを共に過ごし、卒業してからもプライベートはいつも一緒にいるのが日常だった。

何年も恋人ができない綾里だったが、吉乃がいれば平気だった。

お互いの家を行き来し、毎日のようにLINEで他愛もない近況報告をする。そんな楽しい日々がいつまでも続くと思っていた。

なのに…。

吉乃のお相手は、3歳年上の心臓外科のドクター・大和さん。

両親からの紹介で半年前に知り合ったという。綾里も吉乃から「いい人だ」という話は聞いていたが、まさかわずか半年で結婚するとは想定外だった。

綾里が吉乃の結婚を手放しで喜ぶことができないのは、先を越された悔しさや焦りなどでは一切ない。

23年行動を共にしていた相方を、急に失ってしまう寂しさからだ。

しかも吉乃は挙式後すぐに、米国へ行ってしまう。最新医療を学ぶために留学する大和さんに同行するらしい。

「おめでとう!」

寂しさをぐっと堪えながら、バージンロードを歩く2人を笑顔で祝福する。

「ありがとう、綾里」

寂しさと喜びの狭間で揺れる心はまるで、寄せては返す波のようだ。

そんな複雑な心境を吉乃に悟られないよう、綾里は精いっぱい笑顔を取り繕い続けた。



― 思いだすなぁ。あの時のこと…。

披露宴が始まったグランドボールルーム。その賑やかさに置き去りにされながら、綾里はひとり静かに吉乃との思い出をかみしめた。

吉乃との出会いは、小学1年生の春。

小学校受験を経て名門のお嬢様学校へ入学した綾里だったが、楽しみにしていた小学校生活を送ることは許されなかった。入学早々、突然の腹痛で深夜に緊急搬送され、長期の入院生活を送ることになってしまったのだ。

内臓系の重篤な疾患と診断され、大学病院で過ごす終わりの見えない闘病生活…。当然、まだ幼い綾里はベッドの上で、不安に押しつぶされそうになっていた。

しかしそんなある日。吉乃とその母親がお見舞いにやってきてくれたのだった。

吉乃とはそれまで、ほとんど話したことはなかった。けれど彼女は、ずっと休んでいる隣の席の子が心配でなんとかして元気づけたいと思い、教師に入院先を教えてもらって訪ねてくれたのだという。

そんな吉乃の優しさに、綾里はすぐに心を開いた。

それ以降吉乃は、毎週のように病院に来て学校の様子を教えてくれた。綾里が半年にも及んだ入院生活を、孤独を感じずに乗り切ることができたのは、吉乃のおかげと言っていい。

― 寂しいだなんてワガママ言っちゃダメだよね。治療してくれた先生の次に、吉乃は命の恩人なんだもん。

「吉乃〜さみしいよ、今までのように会えなくなるなんて!」

先ほど心の中で自分を戒めたことなど、すっかり役に立たなかった。キャンドルサービスでテーブルを訪れた吉乃の顔を見るなり、綾里の感情は爆発してしまう。思わず涙目になりながら、ついつい正直な気持ちを吐露してしまうのだった。

けれど、想いは吉乃の方も同じだったのだろう。吉乃も瞳を潤ませながら綾里を見つめ…そしておもむろに、手に持っていたブーケを差し出した。

「綾里も早く素敵な人見つけて、私に紹介してね」

「ブーケトスをしようかとも考えたけど、やっぱり一番幸せになって欲しい人に、直接手渡したかったの」と、吉乃は微笑む。

その吉乃らしい真心が嬉しくて、綾里は素直にブーケを受け取った。

「ありがとう。がんばるね」

「何かあったら、相談に乗るから」

招待された他の新婦友人は、吉乃の仕事や趣味の友人が中心で、テーブルにも綾里が話せる人はいない。

吉乃が隣のテーブルを回るために足早に去っていってしまうと、綾里はまたひとりになった。パーティーの賑やかさが、綾里の孤独をより一層浮き彫りにする。

ふと手元のブーケから、ふんわりと甘い香りが漂ってきた。優しい花の匂い。まるで、綾里の心を慰めてくれているようだった。

― 私も、素敵な人と出会えますように…。

祈りを込めながら、綾里は咲き誇る真っ白なデンファレにキスをする。

「…ん?」

その時、どこからか視線を感じた。

― やだ、今の見られた?恥ずかしい!

はっと振り向くと視線の先には──ワイルドなあごひげが印象的な男性が、微笑みを浮かべながら綾里を見つめていたのだった。

「…綾里さん、ですよね」

顔を赤くして頭を下げた綾里に、彼は声をかけてきた。

「あ、はい」

「新婦の吉乃さんから、噂は聞いています。20年来の幼馴染だって。僕は、新郎の大和と医大時代のアウトドアサークルで一緒だった熊谷です」

熊谷一臣さん。32歳。小児科のお医者さんだという。その名字の印象もあってか、動物に例えるとクマのようだ。

「アウトドアサークル、ですか」

「ええ。今でもキャンプが好きで、大和とは休みを合わせてよく行っています。もちろん、吉乃さんともご一緒したことはありますよ。でもしばらくはソロキャンプになるのかな」

そう言ってふいに彼が見せた柔らかい笑顔に、綾里は不思議な懐かしさを感じた。

幼少期に命の危機を救ってくれた、主治医のような温かさがあったのだ。

小児科医だという熊谷も綾里の主治医のように、きっと患者の子どもに対してこんな笑顔を見せているのだろう。

「…どうしたんですか?」

うっとりしていた綾里の顔を、熊谷が覗きこむ。熱のある子どもを心配するような距離の近さに、綾里の胸は高鳴った。



吉乃の結婚式から2週間経った。

結局あの後も熊谷とは話が盛り上がり、別れ際に連絡先の交換は済ませている。

「じゃあまた。メシでもいきましょう」

披露宴の帰り際にそう言ってくれたこともあり、あれから何度かやりとりは交わしているものの…。

「うーん、連絡来ないなあ」

何も予定がなかった日曜の夜。ひとり暮らしの部屋の中で、綾里はLINE画面を眺め、ため息をつく。

熊谷へ連絡をしてから2日以上経っているのに、全く連絡がないのだ。

『こんばんは!素敵なお店を見つけました。もし時間があったらご一緒しませんか?』

綾里が送ったLINEを最後に、既読にもなっていないまま音信不通になっている。

メシでも、と言われたわりに一向に熊谷から食事に誘ってくれる気配がないため、何気なさを装って誘ってみただけなのに。

― お医者さまは多忙だとわかっているけど…。焦っているように見えたかな。

所詮、友人の結婚式で出会っただけの関係だ。このまま諦めるほうがいいのかもしれない。けれど綾里は、あの時感じた懐かしさと──運命の予感を、単なる勘違いで終わらせたくなかった。

不安のあまり綾里は、アメリカで新婚生活を始めたばかりの吉乃に、つい相談のLINEを送ってしまう。

『確かに、2日も返ってこないのはおかしいね。大和さんと付き合っている時、オペや診察で返事がないことはあっても手が空いたらすぐ連絡くれたもの』

すぐに、親友らしい率直な回答が来た。綾里はため息をつきながら返信をする。

『だよね…。もう脈はないのかな』

だが、その返事にも既読はいつまでたってもつかなかった。やはり引っ越し直後で忙しいのだろう。綾里は諦め、やさぐれつつベッドに入る。

― ん…、あれ?

気が付くと、LINEに別の相手からの新着メッセージが届いていた。

開いてみると、熊谷からの謝罪のスタンプだ。既読になったことをすぐに確認したのか、返事をする間もなく熊谷の方からすぐに電話がかかって来た。

「連絡できずすみません!!2日間、山にこもっていて、今帰ってきたところなんですよ」

「え!?山籠もり…ですか?」

「キャンプに行ってたんです。しかも、電波がなかなかつながらない場所で…本当に申し訳ない!」

電話口で言い訳する熊谷の焦った声に、嘘いつわりがあるようには感じられなかった。そういえば、熊谷の趣味はキャンプだということは、あらかじめ聞かされていたことに思い至る。

― よかった…!考えすぎちゃったみたい。

それから熊谷は、2日間のキャンプで起こった数々の出来事を電話口で面白おかしく語ってくれた。

森のリスになつかれたこと。星空が綺麗だったこと。縄で自作したハンモックが気持ちよかったこと…。

やっと連絡が取れたという安心感もあってか、どの話題にも綾里は心を躍らせた。

― キャンプ、楽しそう。

熊谷の気さくな語り口に、綾里は単純にもキャンプへの興味をそそられる。気がつけば綾里は、電話の終わり際、社交辞令ではなく本心で申し出ていた。

「キャンプって、すごく楽しそうですね。あの…熊谷さん。今度、私もキャンプに連れていってくれませんか?」

虫嫌いな綾里は、キャンプなどのアウトドアは今まで敬遠していた部分がある。でも、熊谷と一緒なら新しい世界を開けるような気がした。

「もちろんですよ」

熊谷の弾んだ声が耳に届く。

綾里の心は、初めてのキャンプと、熊谷との関係が進展するかもしれないことへの期待で満ち溢れた。



▶前回:誰もが憧れる慶応卒のイケメンキャスター。彼がひた隠しにする強いコンプレックスとは?

※公開4日後にプレミアム記事になります。

▶1話目はこちら:富山から上京して中目黒に住む女。年上のカメラマン彼氏に夢中になるが…

▶Next:8月13日 火曜更新予定

熊谷とキャンプデートを楽しむ綾里。だがそこで彼の裏の顔を見てしまい…。