現代の子育てを、大きくサポートするのがデジタル機器の存在。しかし、その一方で、「デジタル映像や音声を幼少期から与えるのは、子どもの発達によくないのでは」との不安を抱いてしまうもの。
これに対して、「時代の流れとして、ツールを子育てに使わない事態はもはや考えられない。その上で、デジタル映像や音楽が子どもの脳に悪影響を与える基準を知っておくべき」と指摘するのは、脳科学者の黒川伊保子氏。
そこで、黒川氏の著書『孫のトリセツ』から、子育てとデジタルツールの向き合い方について、解説する。
(以下、同書より一部編集のうえ抜粋)
◆子育てに迷ったとき。その答えは、子ども自身が知っている
私は、子育ての迷いの質問にはよく「答えは、彼(彼女)が知っている」と応える。
先日、保育園の保護者のための講演会で、質問を受けた。
「1歳の子どもがいて、ときどき夜寝ないことがあって、『眠りに誘う映像』(波の映像と穏やかな波の音、みたいな)を、壁に映写しています。これでよく眠るのですが、脳に何か問題はありますか?」
「我が家も、2歳の子が寝つきの悪い子で、スマホで『眠りに誘うサウンド』を流しっぱなしにすることが多いんです。デジタルな音源は脳に悪いと聞いたことがあるけど、大丈夫でしょうか」
のちにその根拠をお話しするが、結論から言えば、これくらいのデジタル情報が、子どもの脳を壊すとは思えない。子どもたちがよく眠って、翌日、いつもと変わらないのなら、気にしなくていい。
◆常に子供をよく観察することが大切
そもそも、いくらテレビやスマホを避けたとしても、今や家電も駅のアナウンスも合成音でしゃべり、街の様々な音がデジタル音で流れている。脳がいくばくかのデジタル情報に接することは、もう避けられない時代だしね。
「万が一の心配」を言い出したら、きりがない。赤ちゃんをよく観察すれば、脳にストレスのあることが定常的に続いているのなら、必ず何か兆候がある。答えは、赤ちゃん自身が知っている。
人類の環境は、変わり続ける。常に新しい何かが生活に加わり、親や祖父母を不安にさせる。今のように目まぐるしく時代が変遷しているときは、常に子どもをよく観察していることが一番大事で、親や祖父母の勘を大事にしてほしい。周りがなんと言ったって、「うちの子には合わない」と直感したら、やめること。
◆デジタル情報に慣れると、現実世界への勘が鈍くなる
さて、デジタル映像やデジタル音源が、脳に悪いかどうか、のお話。今や子育てアイテムも増えているので、親の悩みも増えているのだ。
デジタル映像やデジタル音源は、そればっかりで育てるのには確かに問題がある。なぜなら、脳のレンジ(認知するのに得意な範囲)がデジタル情報のそれに絞られてしまうので、現実世界に対する勘が鈍くなるからだ。
◆育った環境によって視覚や聴覚の指向性が決まる
聴覚は、育つにつれて、その指向性(聞こえやすい音の特性)が決まってくる。
日ごろ耳にして、内容を識別する必要のある周波数帯に鋭敏に、そうでない周波数帯のそれに鈍くなっていくのである。母語によって使う周波数帯が違うので、母語が違えば耳が拾う音も違ってくるし、育った場所の自然音にも影響を受ける。
視覚もそう。砂漠の民は、テラコッタ(赤茶色系)の色味を100色以上も見分けるという。私の友人が、サハラ砂漠で、現地の人に道案内してもらったとき、大阪育ちの彼には見えない砂漠の「模様」があるのを知ったという。
日本人には、ただ一面の赤茶色の大地に見えるだけなのに、砂漠の民は、車が走れる道を見分け、待ち合わせ場所を特定できるのだそうだ。代わりに、私たち日本人は、緑色の識別に長けていると言われている。
◆デジタル映像やデジタル音源は、脳に悪い?
こんなふうに脳は、日ごろ識別している情報に鋭敏になるとともに、そうでない情報に鈍感になっていく。
全方位に鋭敏だと、とっさに処理する情報量が多すぎて判断が鈍くなるので、生きる環境に合わせて、その指向性を絞っていくわけ。その絞り込みを、主に幼児期に行っていく。
電子機器を通して聞こえてくるデジタル音は、処理された信号音である。
21世紀の音響技術はとても高度で、本物の音と区別がつかないように思えるけれど、それでも、自然音(アナログ音)の持っている複雑で不規則な音声波形を、一定程度はしょっているのである。脳は、脳の持ち主が自覚しているよりずっと鋭敏なので、それがわかる。
もしも、赤ちゃんの聴覚をデジタル音にフォーカスしてしまったら、自然音の識別に鈍感になる可能性は十分にある。けれどそれは、成長期の耳にノイズキャンセル付きの耳栓を突っ込んで、自然音から遮断するような事態でしか起こらない。
◆判断すべきポイントは、自然音や生活音を遮断していないかどうか
だから心配なのは、もう少し大きくなってからの、イヤホン突っ込んで長時間ゲームをするとか、ロックなどの激しい音楽をイヤホンで聞き続けること。
音量が大きく、音質の急激な変化などがある刺激的なデジタル音を聞き慣れてしまうと、聴覚が刺激をフィルタリングしてしまうので、当然、日常生活での聴覚は鈍くなる。これが、最近、問題になっているのである。
こういう「デジタル音源の問題」は、赤ちゃんの入眠を助けるために、「生活音を遮断しない状態で、いくばくかの時間、優しい音楽を流す」のとは、まったく別の話。基本的には、自然音や生活音より、著しく刺激が大きいかどうか、自然音や生活音を遮断していないかどうかで判断すればいいと思う。
文/黒川伊保子 構成/週刊SPA!編集部
【黒川伊保子】
(株)感性リサーチ代表取締役社長。1959年生まれ、奈良女子大学理学部物理学科卒業。コンピューターメーカーでAI(人工知能)開発に従事、2003年現職。『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』がベストセラーに。近著に『息子のトリセツ』『母のトリセツ』