東京・目黒の碑文谷にある世界中のお茶を集めたティーアトリエ「MATRA」を主宰する、中村文聡さんがつづる、連載「お茶で世界を、覗こう」。第2回は、春摘みダージリンを探しにインドへ。
男性らしく女性らしく、子供らしく大人らしく。こうしたカテゴリー分けは時として人に安心感をもたらしますが、それを煩わしく感じる人もまた、たくさんいます。
そんなカテゴライズの枠におさまらないお茶。それが、インド『ダージリンティーの春摘み』です。
ダージリンといえば紅茶フリークでなくとも知らぬ者はいない、メジャー中のメジャーカテゴリー。ですがこの『春摘み』、流通名は「紅茶」でありながら、目の前に置かれて「ああ、紅茶だね」と思う人は稀(まれ)なのです。
グラスに茶葉を入れ、お湯を注ぐ。そっと持ち上げて光に透かしてみると、さまざまな茶葉がお湯の中でゆったりと開き、それにつれてカーキ、ダークグリーン、オレンジに黄緑と、アースカラー調にシルバーのハイライトが混じった様々な色合いがそれぞれに散り広がります。次第にその色合いは一体となってレモンイエローの水色(すいしょく)に溶けて、やがて明るいオレンジ色に全てが集約されていきます。
眺めているだけで、ユニーク。「いったいどんな味なのだろう」と想像してみても、口にするまでは見当もつかないお茶です。
広大な国土と人口を擁する世界第1位の紅茶大国、インド。その最北部、ヒマラヤ山脈の山中に分け入ったところにある、中国とネパールとブータンに挟まれた、もはや人々がイメージするインドの様相とはかけはなれた辺境に、世界の紅茶のトップに君臨する名産地、ダージリンはあります。
標高1,000mを超える高地に暮らす人々は、私たち日本人に近いアジア人の風貌の方々が多く、食事も「ザ・カレー!」…というよりはスパイスのきいた中華料理に近い感じ。
実はこの地域、他の紅茶産地とは大きく異なる特徴をもっています。
ロバート・フォーチュンというその筋では有名なイギリス人産業スパイが中国から盗んできた(!)お茶の苗を起源としていて、「中国」のお茶の木を使ってはじめは「イギリス」人が、後に「インド」人が紅茶を作る、というなんともミックス感の強い成り立ち。
しかも、春・夏・秋に訪れる3回の旬に合わせて作り方を大きく変えて季節感を表現してしまうという芸術性も兼ね備えています。
紅茶はインド以外にも、スリランカ、ケニア、ロシアやトルコ、アルゼンチンなど世界各地で作られるようになりましたが、ダージリンはいまだ他の追随を許さない最高級産地。フランスワインのシャトーのように、約90ある農園が100kgごとに生産ロットナンバーをつけて、それぞれ個性の異なるシングルロットとして出荷しています。
写真にご紹介するのはPhuguri(フグリ)農園の2024年産、EX3というロット。
この一杯が放つ香気は、大輪の百合の花のようにあでやかで、早春のこごみのような青々とした甘みとほろにがさをもっています。紅茶でも緑茶でもない、ダージリンというお茶をシングルオリジンで楽しんでみませんか。
◼️春摘みダージリン フグリ農園 EX3
産地:インド 西ベンガル州ダージリン
おすすめの飲み方:茶器は透明な耐熱グラス(145ml)を使用。指先でひとつまみほどの茶葉(1.5g)をいれて、約1分。軽くスプーンなどでかき混ぜてから飲み始めます。半分になったらお湯を注ぎ足し、変わりゆく風味を7回は楽しめます。
text: Fumitoshi Nakamura
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