―[テーマパークのB面]―
全国に数多くあるテーマパーク。今もなお新しいテーマパークが生まれては人々を楽しませ続けている。しかし、そんなテーマパークには、あまり語られることのない側面が存在する。そんな、「テーマパークのB面」をここでは語っていこう。
さて、ディズニーリゾートに異変が起きていることをご存じだろうか。
ここ数年の「高級化」に歯止めがかからない。今年6月にオープンした新エリア「ファンタジースプリングス」に入ることのできる「ファンタジースプリングス・マジック」というチケットは大人で22,900円~25,900円。11歳までの小人でも19,700円~20,600円という料金。この高価格の料金が、波紋を呼んでいるのだ。
◆ディズニーは金持ちしか楽しめない?
通常のチケットも高くなっている。2023年にはチケットが1万円を突破する日も出てきたのだ。日によって若干の変動があるものの、例えば今年の8月のチケット代を公式ホームページで見てみれば、8月10日から17日までの1週間は、1デーパスポートで10,900円。しかも、これはあくまで入園料だけで、そこに食事代やお土産代などが加わる。
さらに、2022年からは「ディズニープレミアアクセス」という有料のチケットも登場。1回1,500円〜2,500円のチケットを買うことで、アトラクションやパレードを優先的に体験できる。かつて、アトラクションへの優先搭乗券は「ファストパス」という名前で、無料で取得できていた。ここにもお金が掛かるようになっている。
こうしたことから「ディズニーは金持ちしか楽しめない」といった意見がまことしやかに語られるようになったのだ。
◆クルージングは「1人30万円」になるかも?
その極致ともいえるニュースも入ってきている。2024年7月9日、オリエンタルランドは、パーク事業に続く新しい柱としてクルーズ事業に参入することを発表。2028年度の就航を目指して、投資総額は3,300億円を見込んでいるという。
日常世界から離れた「別世界」を楽しむテーマパークにおいて、「海の上」はもっともその世界観が作りやすい場所だ。実際、海外のディズニーではすでに盛んにクルージングが行われていて、人気のコンテンツでもある。その点、今回の参入発表は納得できるものだが、ここでも注目したいのが、値段の高さ。まだ検討段階だから確定ではないが、一般的な客室で1人あたり10万〜30万円になる予定らしい。この額を払ってでもディズニーの世界観を体験したい人を狙いにする予定だろう。
いずれにしても、こうした高級化のタイミングの次なる一手が「クルーズ」なのは、うなずけるところである。
◆“量”より“質”に舵を切ったオリエンタルランド
東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドも、こうした高級化路線を否定しない。コロナ禍での大幅な来場客の減少を経て、“量”を入れて収益を取る方向から、それぞれのゲストの体験の“質”を深める方向に転換することを公式に発表している。
コロナ前のパークでは、人気アトラクションともなれば何時間待ちにもなることは日常茶飯事。そんな状態からの脱却として、来場者を限定し、それぞれのゲストの体験の“質”を深める方向に舵を切ったのだ。裏返していえば、廉価で多くの客を入れる方向から、少数精鋭の客により多くの消費をしてもらおう、というわけだ。
こうした「客の選択」には、もう一つの目的もあったと思われる。
いわゆる「Dオタの排除」だ。“Dオタ”とは、ディズニーランドオタクの略称で、その名の通り、ディズニーリゾートを愛し、そこに深くコミットしている人々のことだ。
◆なぜ「Dオタの排除」が実行されたのか
本来なら、こうしたコア層は歓迎されるべき。ただ、以前のディズニーランドではDオタたちによる、過剰な「マナー違反の晒しあげ」などが問題になったり、あるいは一度買えば年中行き放題の「年パス」で繰り返しふらっとインパ(インパーク、ディズニーリゾートの中に入ること)する人々が多かった。こうした行動は、一般客を遠ざけ、また繰り返し入園することでパーク側の売り上げが落ちてしまう。
しかし、コロナ禍を期に年パスの制度は無くなり、それと相前後するように、ディズニーは入園客の量から質へと転換を図った。今では「運営はDオタの方を向いてくれない」といった言葉もまことしやかに語られている。とはいえ、パークとしても、運営上仕方のない政策だったのかもしれない。
恐らく、「ディズニー高級化」の背景には、客層の“選択”があったと見て良いのだ。
◆ディズニーリゾートは“ニセコ化”している
実は、こうした値段による客層の「選択」は、日本の他の観光地でも顕著になってきている。
その代表的な例が、ニセコだ。「Japow(ジャパウ)」とも称される雪質が売りのスキーリゾートで、近年では、多くのインバウンド観光客を集める観光地にもなっている。冬のシーズンになると、そこで売られる商品の高さが話題になることも多い。実際、エリアではカツカレーが数千円もする、といったエピソードは枚挙に暇がない。一方で日本におけるインバウンド観光客の増加に伴い、ニセコには毎年多くの観光客が詰めかけ、観光地としては成功していると言われている。
マリブリゾート代表取締役の高橋克英は『なぜニセコだけが世界リゾートになったのか』(講談社)の中で、ニセコが世界的リゾートになった要因として、外国人富裕層客を上手く“選択”する観光地作りができたからだという。ニセコの雪質は多くの外国人観光客、特に富裕層を魅了する。彼らを満足させるため、外資系ホテルや、サービス、あるいは街中の看などを徹底的にチューニングし、客層の選択を進めた。だからこそ、そこで売られるモノの価格も、「外国人富裕層向け値段」だというわけだ。
ある意味、ディズニーリゾートは“ニセコ化”しているといえるのかもしれない。
この流れは、現在の円高が続く状況や、コロナ禍明けでインバウンド需要が伸びているからこそ起きているのかもしれない。とはいえ、実際に、ディズニーリゾートではそのようなニセコ化への動きが強まっている。このままディズニーリゾートは、日本人からすれば「手が届かない」という場所になっていくのか。オリエンタルランドの選択に注目したい。
<TEXT/谷頭和希>
―[テーマパークのB面]―
【谷頭和希】
ライター・作家。チェーンストアやテーマパークをテーマにした原稿を数多く執筆。一見平板に見える現代の都市空間について、独自の切り口で語る。「東洋経済オンライン」などで執筆中、文芸誌などにも多く寄稿をおこなう。著書に『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』(集英社)『ブックオフから考える』(青弓社)