「殺すぞ」脅迫文、カミソリ刃がロッカーに…パワハラで適応障害発症訴えるも労災認定されず バス運転士が国を提訴

8月7日、バス会社でパワハラを受けて精神障害を発症したため労災を申請したところ不支給処分とされた男性が、労基署による処分の取り消しを求めて国を提訴した(東京地裁)。

ロッカーに脅迫文を二度入れられ、相談した顧問にも脅される

本件の原告は、国際興業株式会社(東京都)の西浦和営業所(埼玉県)でバス運転士として勤務していた槙野圭さん。

槙野さんは2015年5月に正社員として就職。2019年の11月頃から、上司・同僚による無視や暴行、休憩室で座っていた際に椅子の脚を蹴られるなどのいじめを受ける。

同月、ロッカーに「Aに手を貸すな 殺すぞ」と書かれた脅迫文を入れられる。「A」は会社によるパワハラを訴えていた、槙野さんとは別の社員。実際には、槙野さんはAの告発に協力していなかった。


一通目の脅迫文/原告提供

ロッカー室には会社の関係者しか入れない。社内の何者かが、槙野さんがパワハラ告発に協力していると勘違いして、脅迫文を入れたという可能性が高い。

2020年1月、槙野さんは会社の労務課課長補佐や顧問に相談し、「ロッカー室に監視カメラを設置してほしい」と要望。しかし、「被害届を出すなら会社にいられなくなるぞ」と、顧問に脅迫される。

同月、「Aさん、Bさんの裁判から手を引け」(Bもパワハラを告発していた社員)、「オマエを辞めさせるのは簡単なんだぞ」「運転出来なくしてやろうか」などと書かれた脅迫文を、再びロッカーに入れられる。

また、封筒にはカミソリの刃も入れられていた。


二通目の脅迫文とカミソリの刃/原告提供

顧問の「根回し」?労基署の職員から不適切発言を受ける

脅迫を受けた槙野さんは、不眠や意欲低下、疲労感などの症状を発現する。心療内科による、うつ病・うつ状態と適応障害を発病したとの診断を受けた。

2020年9月9日、槙野さんは休業補償給付の支給を申請。

しかし、同月11日、同年1月に槙野さんを脅迫した顧問から「槙野さんの事は心配無用です。過去の人脈で、労基さんへの根回しは済んでいますのでご安心下さい」と書かれたLINEが送られる。


顧問からのLINE/原告提供

LINEには本社の営業課の社員名が宛先として書かれており、顧問が間違えて槙野さんに送った可能性が高い。

同年11月18日、労基署の職員は槙野さんに対して「他の営業所に異動したほうがよい」という旨の発言や、槙野さんのパワハラ被害を軽んじる発言を行う。

労基署は、槙野さんがハラスメントで受けた心理的負荷の強度は「中」と判断。2021年7月、さいたま労基署長は、労働者災害補償保険法による休業補償給付を支給しない旨の処分を決定した。

ハラスメントの程度の評価が争点に

今回の訴訟は、労基署による処分の取り消しを求めるもの。

また、不適切発言を行った労基署職員はその後に槙野さんに謝罪したが、「誤解を招く言い方だった」という旨の、発言そのものの問題を認めない謝罪であったため、原告側は謝罪にあたって労基署が準備した書類の開示を請求した。

しかし、書類の内容が黒塗りであったため、今回の提訴ではこの書類に関する審査請求も併せて行う。

本訴訟の主な争点は、槙野さんが受けた心理的負荷の強度をどのように評価するかという点。

提訴後に会見を行った白神優理子弁護士は「本件で槙野さんが受けた心理的負荷は『強』と認定されるべきだ」と語った。

通常、ハラスメントの負荷を認定する際には、ハラスメントが執拗(しつよう)に行われたか否かが重視される。

労基署は、脅迫文を入れられたのは二回のみであること、槙野さんが相談した際に顧問から受けた脅迫などには証拠がないことを理由に、ハラスメントは執拗ではないと判断した。

一方、原告側は、脅迫文の内容の悪質さ、顧問に相談すると逆に脅迫されたという事実、また脅迫文の以前にも槙野さんが暴行やいじめを受けていたという事実など、厚労省の認定するハラスメントの基準に当てはまる事情が複数存在することから、「強」に引き上げるべきだと主張する。

元警察職員の顧問 2003年「武富士事件」にも関与か

会見にて、槙野さんは「子どものころから、バスの運転士に憧れていた」と語った。

「しかし、入社すると職場内でパワハラや脅迫を受けて、命の危険を感じた。なぜ脅されなければいけないのか」(槙野さん)

労基への「根回し」を行ったとのLINEを書いた顧問は、元警察職員。

2003年の週刊誌記事では、消費者金融「武富士」に警察職員が個人情報を提供し、見返りにビール券や時計などを受け取った情報漏洩・贈賄事件に関連して同氏が処分されたと報道されている。

問題のLINEを読んだ槙野さんは「まさか」と思いながら労基署に行ったが、そこで待っていたのは不適切発言と不支給処分だった。

「労基署に駆けこんでも助けてもらえないんだ、と絶望的な気持ちになった」(槙野さん)

白神弁護士はこれまでにもバス運転士の労働訴訟を複数担当してきた。今回の事件に限らず、多くの運転士がパワハラやカスハラ、長時間労働や低賃金に悩まされているという。

「バスは、地域住民にとって貴重な『足』。ところが、2000年の規制緩和を境に子会社化が進んだり参入が増えたりしたことで、労働環境が悪化した」(白神弁護士)

白神弁護士は「長時間労働は他者に対する攻撃的な態度をもたらす」とする医学的な論文を紹介しながら、バス業界でハラスメントや暴力が横行している背景には労働環境の問題がある、と語った。

「自分以外にも、退職に追い込まれた運転士がいる。バス業界の現実をマスコミの方に伝えていただきたい」(槙野さん)