厚生労働省によると、カスハラとは「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業関係が害されるもの」が定義となっている。
ちなみにクレームとは一部の例外(悪意ある客)を除いて、サービスの向上や品質の改善などを目的に、客が店の将来のことを考え、意見することであるので留意したい。今回は、昨今急増するカスハラ被害と店側の対策について解説したい。
◆カスハラ客の4分の3が男性
カスハラが社会問題化しているが、まず申し上げたいのは店のことがどうでもよければ、黙って次から来なければいいだけだ。しかし、あえて苦言を呈したり、意見を申し出たりするということは、ある意味では店のことを考えてくれている証明でもある。
店側が真摯に受け止めて改善し、より最適な店にしてほしいという客の願いである。確かに悪意を持つ客も存在するが、それらとは、同じ扱いにしないほうがいい。
そもそもカスハラを行う人の目的は、店への嫌がらせなどで、理不尽で悪質ないじめのことである。UAゼンセン(繊維や流通などの労働組合)のカスハラに関する2024年の調査結果によると「2年以内でカスハラの被害にあったことがあるか」を問うと、46.8%が「被害にあった」と回答。カスハラをした客の4分の3が男性で、9割が推定で40代以上だったとのこと。
客の推定年代別では、60代が29.4%ともっとも多く、50代が27.2%、70代以上が19.1%となっており、高齢客のカスハラが多いようだ。主なカスハラは多い順で、暴言、威嚇・脅迫、同じクレーム、長時間拘束、セクハラ行為などである。対策の法整備は徐々に進んではいるが、店などサービス提供側は戦々恐々で、心を壊す人も多い。
◆カスハラに対する意識が高まる
最近は社会全体に、カスハラに対する意識が高まってきているのに、いまだに金を払う自分たちが偉いと勘違いしている年配も存在する。
来店された顧客に料理とサービスを提供し、「ありがとう」とお礼を言われてやりがいを感じるのが従業員だ。それなのに、ホテルや旅館では、従業員に土下座を強要したり、過剰なサービスを繰り返し求めたりする悪客もいる。いくら仕事とはいえ、そういう惨めな姿を家族には見せたくないだろう。昨年12月に施行された改正旅館業法では迷惑客の宿泊を拒否できるようになったが、まだ客の意識は定着していないのが実情だ。
ファミレスチェーンでも、客のカスハラで傷ついた従業員を守るよりも、カスハラ客の側に立ったり、大きな騒動で本部への自分の評価が下がるのを嫌い、何もなかったように本部への報告をしない事なかれ主義の店長もいる。従業員を守るより自分を守るのを優先する店長は情けない。そういう店長が人の上に立ってはいけない。
◆とんかつの「脂を取り除いて」と無理難題
カスハラは、さまざまな業種業態で存在し、特に飲食店や小売店など接客業において問題となっている。以前、コンビニで客が一方的にクレームをつけ、店長と店員を土下座させている動画が拡散されたが、こういった類の動画はYouTubeで出回っており情けなく思う。
ある定食チェーン店に行ったら、「この店はやってくれんの? サービス悪いな。他の店ならやってくれるのに、頭固すぎるわ」と店員さんに文句を言う中年女性に遭遇した。聞くと、豚カツ定食で脂を取り除いて提供するように要求したようで呆れる。
店員さんが断ったため、よほど気に入らなかったのか、その後も他の客に聞こえる声で店に対する罵詈雑言を続けていた。少しのことなら店側も客の要望に応えるだろうが、ちょうど昼のピーク時であったこともあり、その無理難題に対応できなかったのだろう。
自分は常連だからと、わがままを言いたい放題の勘違い客もおり、自分の食卓と勘違いする人もいる。許容限度をわきまえた上で、店に迷惑をかけずに食事をしてもらいたいものだ。
◆真心あふれるおもてなしにも限度
日本のサービス業においては、真心あふれるおもてなしといったホスピタリティ精神は当たりまえ、些細なことや小さなミスもすぐに謝罪するのは当然といった「お客様は神様」的な風潮がある。こうした日本のサービス文化が「カスハラ」を生んだ背景もあるので、過剰な接客などの線引きは難しいとは思う。店によりサービスレベルが異なるので基準は様々だが、再考する余地はあると思う。
業歴の浅い飲食店では、売上を早く軌道に乗せ売上を安定させるためには、常連さんなど固定客の確保が重要になる。そのために客に低姿勢になり、客の方が優位になるケースは多い。2割の固定客が売上の8割を占めるという「パレードの法則」の意識を持つ店主が陥りやすい。
固定客の選定における鑑識眼が必要だ。店を中長期的に支えてくれる優良顧客を組織化して顧客基盤の盤石化に力を入れてほしいもの。そして、カスハラ客が入りにくい店の雰囲気を醸成できたら最適だ。
◆快適な場の提供という使命感
飲食店は基本的に、快適な食事の場を提供するといった使命感から、店内であまり揉め事を作りたくないものだ。そういう弱みに付け込んで攻撃をしてくる悪意あるクレーム客や態度が横柄なカスハラ客はいる。有名店であれば、それ相当の金銭が要求できると勘違いする客もいる。
だが、相手が大きいほどそういう要求には乗らず、クレーム対応はマニュアル化され、手慣れたもの。誠意をもって謝罪はしつつもできること、できないことを明確に伝えて、前例主義で対応するものだ。逆に、個人店は早期に解決したがるからお金をすぐ払ってしまう。個人店の皆さんは注意しないといけない。
◆他のお客まで不愉快にするカスハラ客
カスハラ客の存在は、楽しく食事をしたいという他のお客様まで不愉快にするものだ。従業員だけでなく、総ての人を不愉快にするカスハラ客は本当に見苦しい。今までのお客様迎合主義が、お客さんをよりわがままにさせたのである。
だから、無理難題を当然のように言うカスハラ客もおり、自分だけのオリジナル商品を店側に作らせる客も出てくる。連れてきた客に、店がなんでも自分のいうことを聞くところを見せて、自分の力を誇示して自慢する馬鹿らしい客も存在する。
できないことは、できないとはっきりと断る勇気が必要である。そうしないとわがままを言う客の要求はどんどんエスカレートして歯止めが効かなくなる。それを放置すると、オリジナルメニューを作ってあげる人が多くなり、店の作業負担が増えるだけで利益率も低下し、何のために商売しているのか分からなくなる。
こんなワガママ放題のカスハラ客がいるから、飲食店で働く人が少なくなるのだと思う。ただでさえ、人手不足の飲食店だけに、毅然とした対応策を講じねばならない。
◆飲食店の経営を難しくする場合も
何を勘違いしているのか、自分の使用人のように店員を使う客もたまにいる。筆者の経験上、わざと異物を混入させて、歯が欠けたからと因縁をつけ金銭を要求するクレーム客、グラスの口が欠けていて口を切ったと口から血を流し、救急車を呼べと騒ぐグループもいた。
飲食店というのは基本的に救急車や警察を呼ぶことはあまりしない。もちろん、呼ばざるを得ない時もあるが、極力避けるのだ。なぜならば、快適な雰囲気で楽しく食事をされる目的のお客様に対して、店内の騒動で迷惑をかけたくないからである。
クレーム客やカスハラ客はこういう快適な食事場所を乱す目的に来られる人だから、そういう人達に無理難題を要求されても、店として毅然とした態度で、対応しないといけない。客とは、基本的にわがままなもので、日本は特に「お客様は神様です」とお客さんを持ち上げ迎合してきたこともあり、お金を使ってやるんだという態度の大きいお客さんを作ってきたのである。
30年以上にも渡るデフレで、お店は安く提供して当たり前といったお客さんの意識が浸透する中で、少しでも他店より多くのお客さんを集客したかったから、何事においても低姿勢な店が増えてきたのである。カスハラ対策に力を入れる企業やそれを後押しする法整備を機会に店と顧客と双方が変わってほしいものだ。
◆不測に事態に備えた対策を!
好ましくない客の来店に備えて、事業保険に加入する店は多い。顧客からの暴力や悪質なクレームなどから店や従業員を守ってくれる保険に加入していれば安心だろう。
筆者も経営している時は店舗総合保険に入りリスク対策を講じていた。保険は内容にもよるが、今は特に、従業員が受けた暴力行為や悪質なクレーム、他人の行為による店舗や設備の損壊などについてのクレーム対応に要する諸費用を負担してくれる保険が最適で、飲食店に関しては大概が食中毒にも対応してくれるから万全だ。
いろいろなお客さんが来店する飲食店では、「備えあれば患いなし」の事前対策が必須で、安心して経営ができるようにしなければならない。
<TEXT/中村清志>
【中村清志】
飲食店支援専門の中小企業診断士・行政書士。自らも調理師免許を有し、過去には飲食店を経営。現在は中村コンサルタント事務所代表として後継者問題など、事業承継対策にも力を入れている。X(旧ツイッター):@kaisyasindan