“SNS不適切投稿”の岡口裁判官を罷免した弾劾裁判「手続の違法」とは? 国会議員が“ガチ裁判”を行うリスク

4月に「SNSでの不適切な投稿」を理由に弾劾裁判で裁判官を罷免された岡口基一元判事の講演会が、7月31日に都内で開催された(ベンナビ主催)。

岡口氏に対する罷免判決には、弁護士会や学界、一般市民からも批判の声が上がっている。今回の講演会では、岡口氏自身が、罷免判決に至る一連の経緯について、裁判官の視点からも語った。浮き彫りにされたのは、現行の弾劾裁判の制度が抱える手続き面および内容面の問題である。

今回は、主に手続き面の問題に着目し、岡口氏の指摘を踏まえつつ検証する(前編/全2回)。

「岡口弾劾裁判」の特殊性とは?

弾劾裁判は、国会議員20名により組織される「訴追委員会」が裁判官を訴追することによってスタートする。そして、訴追委員会に対し訴追請求をする権限をもつのは「最高裁判所」と「国民」である。

つまり、最高裁は、弾劾事由があると判断した裁判官について訴追請求を行うことが義務づけられている。このほか、「何人も」訴追請求を行うことができると規定されている(裁判官弾劾法15条参照)。

ただし、憲法によって弾劾裁判の制度が導入されたごく初期の頃を除くと、これまでは、「国民」による訴追請求はすべて却下し、最高裁自身が訴追請求した場合に限って訴追を行うという運用が行われてきた(【図表1】参照)。また、訴追された事由も、犯罪行為やそれに類する場合に限られてきた(【図表2】参照)。

【図表1】訴追請求人数と受理件数、訴追件数(出典:弾劾裁判所HP)

【図表2】岡口氏以前の弾劾裁判訴追事例(出典:弾劾裁判所HP)

この運用は、以下の2点において、司法権の独立と裁判官の独立を脅かすリスクを避けなければならないという考慮に基づくものと考えられる。

①一般人の訴追請求の多くが裁判の結果等に不満をもつ訴訟当事者や弁護士によるもの
②国会の多数派が「国民の訴追請求」に基づいて気に入らない裁判官の追い落としを図る口実になりうる

このうち、②については説明を要する。

弾劾裁判所と裁判官訴追委員会はいずれも衆参両院の国会議員によって構成され、そのメンバーは議席数に応じて割り振られる。その結果、弾劾裁判所、裁判官訴追委員会のいずれも党派性を帯びることは避けられない。

その状況の下では、「国民から訴追請求がされているから」ということを口実として、弾劾裁判が裁判官の追い落としに利用されるおそれがあるということである。

そうなれば、三権分立の原理が決定的に侵害されてしまうことにもなる。

ところが、本件弾劾裁判は、従来の運用とは異なり、裁判官訴追委員会が一般国民による訴追請求に応じて、しかも、犯罪行為およびそれに類するケースでないにもかかわらず、訴追を行った初めてのケースとなった。

国会議員が初めて“本格的な裁判”に取り組んだ…岡口氏「これは社会実験だ」

岡口氏は、上記のような特殊性をもつ今回の裁判の意義について、以下のように分析を加えた。

岡口氏:「弾劾裁判所では従来、最高裁が求めた場合、かつ、犯罪行為に類する場合に限って、形式的な処理を行うという運用が行われてきた。

ところが、本件では本格的な審理手続きが行われ、多数の事実認定が必要とされた。また、『表現の自由』の問題などを含む難しい法的な判断も求められた。

訴訟手続きや法律や事実認定の素人である裁判官が、どこまでそれらを遂行できるのか、という問題があった。

また、国会議員である弾劾裁判所の裁判員が職務に対する責任感はどの程度なのか、同じく国会議員によって組織される裁判官訴追委員会からの中立性、公正性、といった点も問題となった。

そのような意味で、私に対する弾劾裁判は、一種の社会実験だったと考えている」

では、本件において、訴訟手続きはどのように進められたのか。以下、問題点ごとに検証する。

弾劾裁判所が入っている参議院第二別館(blackie0335/PIXTA)

「時効」の適用に関する問題

まず、時効に関する問題点。岡口氏は「刑事事件投稿」に関連するものと「犬事件投稿」に関連するものを含む13個の表現行為について訴追された(投稿の内容については後編にて詳述する)。

訴追が行われたのは2021年6月16日なので、その時点で2017年12月~2018年5月の4個の表現行為については時効期間の3年が経過していた(裁判官弾劾法12条)。にもかかわらず、訴追委員会は訴追を行い、弾劾裁判所もこれを認めた。

岡口氏:「訴追委員会は、13個の表現行為が一連のものとしてつながっているから、3年を経過したものも時効にかからないと主張した。

理由を聞いていると『過払いの一連性』の理論と同じだという。

しかし、これを表現行為にあてはめるのには無理がある。たとえば『刑事事件投稿』と『犬事件投稿』は内容からしてまったく別のものだ。13個の表現行為はそれぞれの表現方法もさまざまだし、表現媒体も異なる」

ちなみに、過払い請求における「一連性の理論」は、貸金業者に対して行う『過払い金請求』を、時効期間の10年より前の分まで認めるための理論である。

すなわち、借金が法外な利子で膨れ上がって返済できなくなり、同じ貸金業者から借り入れを繰り返さざるを得ないという特殊な実態に着目したもの。暴利に苦しむ人を救済するための、特殊かつ技巧的な論理構成と位置付けられている。その性質上、他のケースに転用することは難しい。

岡口氏:「私は、弾劾裁判所はこのような主張を直ちに排斥して、時効にかかったものは審理対象から排除して、それ以外のものだけを審理するという訴訟指揮が行われると思っていた。

しかし、弾劾裁判所は訴追委員会の主張を受け入れてしまった」

判決文を読むと、「刑事事件投稿」に関する9個の行為と「犬事件投稿」に関する3個の行為について、それぞれ「事実関係の一体性」を認め、結論としてすべての行為が時効の制限にかからないとしている。

しかし、前述の通り、このような論理構成は、これまで裁判所が行ってきた時効に関する判断との整合性に問題がある。

審判対象が“特定”されず「攻撃防御」が困難に

岡口氏は、審判対象の特定の点からも問題があったと指摘する。

裁判の原則として、審判対象の特定が要求される。もしも審判対象が特定されていないと、当事者は攻撃防御を行うことができないからである。

本件で問題となった弾劾事由は「職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったとき」(裁判官弾劾法2条2号)である。したがって、裁判官訴追委員会は、具体的に岡口氏のどの行為がこの条文に抵触するのかを特定しなければならないはずだった。ところが、審判対象の特定が不十分なまま審理が進められたという。

岡口氏は例として、まず、訴追状と冒頭陳述とで、審判対象が整合していなかった点を挙げた。

岡口氏:「訴追状で挙げられていた私の行為は13個だったのに、冒頭陳述では16個になっていた。しかも内容も違う。

たとえば、訴追状にいっさい記載されていない『裸の写真』まで入っていた。しかも、その投稿が一連の行為のなかで中核的な行為だと書かれていた。

これではどちらで防御すればいいのか分からない。私は、裁判長が手続違反を指摘して冒頭陳述を停止させると思っていたが、そのまま証拠調べに入ってしまった」

審判対象の特定という観点からは、訴追事由の内容が不明確なものや、一部のみを切り取ったものもあったという。

岡口氏:「訴追委員会による13個の訴追事由のなかには『被訴追人は表現行為をしたものである』というのがあった。

訴追委員会に対し、表現行為が何をさすのか釈明を求めたが回答せず、最後までそのまま明らかにされなかった。

また、表現行為の一部のみを切り取った訴追事由もあった。表現行為は切り取ってしまうと意味がまったく変わるため、絶対にやってはいけないことだ。

これも、指摘してもなんらの手当てもされないまま最後まで進んでしまった」

国会議員の職務遂行の問題…「裏金問題」の影響も

裁判員を担当する国会議員の職務遂行についても、岡口氏は手続保障の観点からの指摘を行った。

裁判の原則として、裁判の公正を確保するために、当事者には十分な手続保障が与えられなければならない(憲法31条参照)。その一環として、裁判所の面前で本人が十分に攻撃防御を尽くす機会が与えられなければならない。

また、裁判所が判決を下す前提として、合議体において十分な協議が行われなければならない。

とりわけ、弾劾裁判による罷免は、その裁判官の身分のみならず法曹資格を奪うという重大な不利益を与える。だからこそ、この手続保障と、裁判員同士の合議がきわめて重要なはずである。

岡口氏:「裁判員のなかには、目に余る人もいた。欠席するわ、遅刻するわ、審理途中で寝ているわ…。

裁判員の交代もしょっちゅうで、最初から最後まで裁判員を務めたのは3人しかいない。

今年4月の判決が近くなってから加わった人も何人かいた。これは自民党の『裏金問題』の影響が大きい。同党の役職者が辞めてしまい、その穴埋めで裁判員だった議員が駆り出され、交代してしまった。それらの人たちはほとんど審理に加わっていない」

訴追委員会と弾劾裁判所の「仲間意識」の問題

岡口氏は、訴追委員と弾劾裁判所の裁判員の「仲間意識」の問題についても指摘した。

前述のように、弾劾裁判所と裁判官訴追委員会はいずれもメンバーが国会議員であり、その議席数に応じて各党に割り振られている。その結果、本来「検察と裁判所」のような関係にあるべき両機関の間でメンバー同士の「仲間意識」がみられるという。

岡口氏:「たとえば、弾劾裁判所の裁判員には、訴追委員会の委員長と同じ党の同じ派閥に属する人がおり、その人は完全に訴追委員会寄りだった。

その裁判員は、弁護側証人の補充尋問で、訴追委員以上に証人をガンガンに攻めていた。

証拠として採用されていない本を持ち出して尋問することもあった。こちらが抗議したにもかかわらずその本を音読し、証人に『この本にこんなふうに書いてありますがどうですか』などとぶつけるという、違法な補充尋問が行われた」

この「仲間意識」の問題については、本件で弾劾裁判所の裁判長を務めた船田元衆議院議員(自民党)も指摘している。船田氏は判決後、共同通信のインタビューのなかで、「信頼性、公平性に矛盾を抱えている」と述べた。

弾劾裁判の罷免判決は、対象となった裁判官から法曹資格を剥奪するという重大な人権制約を与える。しかも、前述のように、運用によっては司法権の独立、裁判官の独立、三権分立を決定的に侵害してしまう危険もはらんでいる。だからこそ、裁判の手続きが慎重かつ厳密に行われることがとりわけ重要なはずである。

少なくとも、弾劾裁判所の裁判長が裁判手続きの問題点を指摘している事実は、見過ごしにしてはならないだろう。

後編では、弾劾裁判所による事実認定や判決の論理に関する問題点について検証する。