ウクライナはロシア西部のクルスク州に越境攻撃を行い、ロシアの防衛体制に混乱をもたらした。ウクライナの軍事資源が限られているなかで行われたこの攻撃には、明確な目的があるとみられるものの、その詳細は判明していない。海外各紙がウクライナの狙いを紐解いている。

◆ウクライナ東部への攻撃軽減を狙ったか

 越境攻撃には、明確な目的があると専門家は見る。ウクライナ軍が兵士不足に悩まされるなか、ウクライナ東部地域へのロシア軍の侵攻ペースを緩和する目的がある、というのが一つの読みだ。

 ウクライナの軍事アナリストであるミハイロ・ジロホフ氏は、英BBC(8月8日)に対し、越境攻撃後にロシア軍が、ウクライナ東部の前線から一部の部隊を撤退・再配置せざるを得なくなったと指摘している。また、これにより実際にドネツク地域において、ロシアの航空機による爆撃が減少したという報告がある。

 このように、ウクライナの越境攻撃は単なる挑発行為ではなく、特定の戦略的目標を持つものであると考えられている。米CNN(8月8日)は越境攻撃が、ウクライナ軍の新しい指揮官であるオレクサンドル・シルスキー氏の指揮の下で行われたと指摘する。そのうえで、この攻撃がウクライナの限られた資源を最大限に活用し、ロシアの軍事行動を抑制するための一手であるとの見解を示している。

◆心理攻撃を仕掛ける

 越境攻撃は、ロシアへの心理攻撃でもある。ロシアの指導者や国民に対し、揺さぶりをかける側面がある。BBCは、マンパワーで差のあるウクライナ側が越境攻撃を仕掛けることは「直感に反する」としつつ、「これは明らかに、ある明確な計画の一部だ」とする専門家の見解を取り上げている。

 米ワシントン・エグザミナー誌(8月7日)は、ウクライナの攻撃について、ロシア国内の不安をあおる効果があると指摘している。同誌は「プーチンの権威と政府の能力に対するロシアの信頼を損なうという戦略的利益がある」と言う。プーチン大統領が自らの権力の象徴として行ったウクライナ侵攻だが、ロシア国民が越境攻撃を受ければ戦争への支持を失い、プーチン政権はかえって反発に直面するとの見解だ。

 さらに同誌は、ウクライナのこの行動は、ロシア軍の指揮系統に「摩擦」を生じさせることを狙っているとも議論している。ロシア軍の高官に心理的ストレスを与え、彼らの攻撃意欲を減退させる可能性があるとの指摘だ。

 このように、ウクライナの越境攻撃は、ロシア軍の内部での混乱を引き起こし、ウクライナに有利な状況を作り出すことを目指している。

◆遠のく和平交渉の可能性

 一方、越境攻撃に出たことで、交渉による解決の道は遠のいた。BBCによるとロシア外務省の報道官は、この攻撃を「野蛮」で「テロリスト」と呼び批判している。

 CNNは、ウクライナがロシア領内への攻撃を行ったことは、戦争の新たな局面を示すものであるとしつつ、ウクライナの戦略的な意図が不明確であり、交渉の可能性をさらに遠ざける結果になったと指摘する。「交渉による解決の見通しが遠のいた今、双方はテーブルに着く前に戦場での立場を改善しようと躍起になるだろう」と記事は述べる。

 長らく防戦一方だったウクライナ軍の新たな動向に注目が集まっている。