1か月にわたり行われていた京都の「祇園祭」が終わった。今年は円安の影響により国外からの観光客が例年より目立ち、祭りのハイライトとなる「前祭り(さきまつり)」の期間には50万人を超える人が訪れた。
祭りが終わり人出も落ち着くかと思いきや、バスの混雑や観光客のマナー問題は依然として深刻化している。コロナ禍明け以降の京都市は、オーバーツーリズムの影響で市民生活に支障が出ており、地元民からは「バスに乗れない」「ゴミを家の前に放置される」などの声が後を絶たない。
市内に住む人々に取材したところ、日常の“意外”な部分にも影響が出ているそうだ。観光客と地元民の共存は可能なのか。京都市のオーバーツーリズムの現状と対策について、市はどう考えているのか。京都市産業観光局観光MICE推進室にも話を聞いた。(倉本菜生)
「駅が“観光客仕様”に」地元民の生活に変化
京都駅の地下(京都市内/倉本菜生)
観光の要となる京都駅だが、実は周辺には住宅地も多く、単身住まいの若者からファミリー層までさまざまな人たちが暮らしている。ターミナル駅の近くに住む人たちは、観光客増加にどんな影響を受けているのだろうか。サラリーマンの加藤秀樹さん(仮名・35歳)は、「生活が少し不便になった」と語る。
「京都駅や周辺が“観光客向け”になってしまい、地元民が気軽に利用できる店が減りました。以前は会社帰りにふらっと立ち寄れる飲食店が多かったのですが、今はどこも大行列。物価高もあって、価格が強気な店も多いです。個人的には、駅の地下にあったスーパーが一軒なくなったのが痛いですね。仕事終わりに食材を買って帰っていたので…」(加藤さん)
また、大学受験を控えた子どもを持つ主婦の谷川恭子さん(仮名・47歳)は、「娘の進学に影響が出ている」とため息をつく。
「娘から『バスに乗りたくないから志望校を変えたい』と言われました。もともと、バスでしか行けない立地にある大学を志望していて、模試の判定も合格ラインでした。でも志望校の近くに有名な観光地があって、通学に使うバスがいつも大混雑。その様子を見て『通学が大変だから変えたい』と。そんな理由で……と思いますが、本人は真剣なようで説得に困っています」(谷川さん)
同じく京都駅近くに住む大学生の笹山玲奈さん(仮名・20歳)も、交通の不便を嘆く。
「京都駅から繁華街である四条河原町に出るには、バスを使わなければいけません。でもいつもバス停が大混雑しているので、比較的すぐ乗れる地下鉄を使うようになりました。ただ地下鉄だと、降りる駅が繫華街から少し離れているんですよね。電車から降りて15分くらい歩かないといけないんですが、人が多くて表通りは思うように歩けない。遊びに行くのにも疲れるなと感じています」(笹山さん)
観光特急バスの登場で混雑は解消された?
観光特急バスと市バスの乗り場(京都市内/倉本菜生)
地元民の声を聞いていると、やはり観光客の多さとそれによる交通への影響に悩まされている人が多いようだ。こうした現状については京都市産業観光局観光MICE推進室も、「一部のエリアや時間帯などに観光客が集中することにより、市バスの混雑、観光客のマナー問題、特定観光地への集中、道路の混雑などの観光課題が生じているものと考えています」と認識している。
「市では対策として、観光地の時期・時間・場所の3つの分散化、観光モラルの普及・促進、マナー啓発、手ぶら観光の推進などにしっかりと取り組むとともに、“旅マエ”、“旅ナカ”といった各段階に応じた情報発信を行っています」(京都市産業観光局観光MICE推進室担当者)
さらに観光客の京都駅一極集中の緩和に向けて、「JRと私鉄・地下鉄の各主要乗換駅、地下鉄各駅などのサブゲートを活用した効率的なルートの利用を促し、移動経路の分散化に取り組んでいる」という。
今年6月からは、観光客向けに「観光特急バス」の運行も開始された。
バスの混雑については以前より「地元民と観光客で分けてはどうか」といった声が上がっていた。しかし乗合バス(路線バス)である市バスは、道路運送法により乗客を限定することができない。そこで、1乗車500円もしくは1日乗車券の利用で乗車できる観光特急バスが登場した。定期券や敬老乗車証は利用できないため、通学・通勤・生活利用との住み分けができるとの考えだ。
実際に混雑解消への“手ごたえ”は感じているのだろうか。
「観光特急バスについては、これまでに1日当たり平均して約2200人のお客さま(※1便50人とすると44便相当)にご利用いただいており、市民の方が利用される市バス系統から住み分けできていると考えております。停車するバス停も限定されるため、速達性についても評価されています」(同上)
夏休みシーズンに突入。観光分散は実現可能か?
市民からは「大型のスーツケースをバスに持ち込まないでほしい」との要望もあるが……。
「大型スーツケースの持ち込みを規制するには、お客さま一人ひとりの手荷物を確認する必要があり、ワンマン運転で運行している市バスでは現実的ではありません。また、京都市民の方が旅行や出張などで使用されるキャリーバックや、学生が部活動などで使用する大きな手荷物も規制することになり、市民の利便性が低下すると考えられます。規制、あるいは手荷物への課金は課題が大きいのが現状です」(京都市産業観光局観光MICE推進室担当者)
京都市では今後、定番の観光ルートに人が集中しがちな嵯峨嵐山エリアにおいて、デジタルマップの作製などにより、比較的混雑していないエリアへの回遊を促す取り組みを予定しているとのこと。
「市では、市民生活と調和した“持続可能な観光”の実現に向けて取り組んでおり、観光課題の解消と同時に、市民の方に観光がもたらす効果を実感していただくことが重要であると考えております。観光がもたらす効果の“見える化”などを通じて、市民の共感の輪の拡大などにも努めていきます」(同上)
夏休みシーズンに入り、しばらくは混雑が継続すると思われる京都市。市の対策で、市民の生活利便性は守られるのか。京都市民のひとりとして、今後の市の新たな対策に期待したい。
夏を彩る鴨川沿いの川床。よく見ると川べりには多くの人影が…(京都市内/倉本菜生)