2年前に別れた元カレから、実家宛に届いた1枚のハガキ。驚いた26歳女がLINEを送ると、意外な事実が…

◆これまでのあらすじ

大手メーカー人事部の未来(26)は、元カレ・悠斗との結婚を見据えて作成した「10のウィッシュリスト」の達成に向け、破局後も動き続けている。ボストン出張を終えた未来は、恋人だと思っていた笹崎達也(43)の二股を知り、失意のどん底に…。

▶前回:「告白はなかったけど、付き合ってると思ってた…」26歳女の“1年越しの痛い勘違い”

Vol.12 再会と和解



― もう12月か。さすがに風が冷たくなってきた。

クリスマスも近い12月の土曜日。未来は、久しぶりに代官山に来ていた。

今日は、職場の元先輩で、カナダから一時帰国中の亜希子と、クラフトビールの店で会う約束をしているのだ。

未来が店に入りカウンター席に腰掛けると、亜希子も少し遅れてやってきた。

「亜希子さん、お久しぶりです!」

少し頬がふっくらとしたが、目の輝きは未来の知っている亜希子のままだ。

「未来ちゃんも久しぶり!なんか…痩せて大人っぽくなった?っていうか、本当にこの店で大丈夫?」

ここは、かつて笹崎がオーナーを務めていたお店だ。諸々の事情を知っている亜希子が心配そうに聞くので、未来は笑顔を作る。

「大丈夫です。月並みな表現でいうと、もう吹っ切れました。それに、このお店と彼はもう無関係ですから…元オーナーだったっていうだけで、私、なんか『すごい!』って思っちゃって…」

「うーん、未来ちゃんにはなんか申し訳ないけど、この店、オーナーが変わった後の方が評判が良いしね。それにしても、その彼とは大変だったね」

亜希子と、顔を見合わせて笑ってしまう。

「私、自分があんなコントみたいな修羅場の登場人物になるなんて、思ってもみませんでした」

亜希子は、2人分のビールを注文してくれる。未来は小さくため息をついた。

「彼の車をおりた直後は、ショックで頭がいっぱいだったんです。でも、スーツケースは重いし、お腹はすくし、なんだか途中から腹がたっちゃって」

「そりゃそうだよね」

パイントグラスを受け取りながら、亜希子が微笑んだ。

「私、彼と一緒にいた間、付き合っているとも、彼女だとも言われていないんですよ。それなのに『これが大人の恋愛だ』って物分かりの良いふりをしていたんです。そんな自分の無駄な努力もバカらしくなって」

未来は苦笑する。

「悔しくなったり、悲しくなったり、恥ずかしくなったり…ここ1ヶ月は、本当に色々考えました。でも、最後はやっぱり『彼が好きだった』っていう事実に辿り着いて、胸が痛くなるんです」

「未来ちゃん…辛かったんだね」

胸のうちを他人に初めて打ち明けて、未来はようやく、ぐるぐると渦巻く複雑な感情を整理できた気がした。

「ごめんなさい、暗い話して」

「いいんだよ…そうだ、カナダの美味しいメープルシロップの話、聞きたい?毎日食べてたら、もうこんなに顔がパンパン!」

「えー、聞きたいです!」

未来は笑って亜希子とグラスを合わせると、冷たいビールをぐいっと煽った。



「それで、他のウィッシュリストの進捗はどう?」

メープルシロップの話でひとしきり笑ったあと、亜希子が不意に尋ねてくる。

「仕事関連は…厳しいです」

任されていたプロジェクトは、未来の超過残業の甲斐あって、なんとか形にはなった。

「今回は、力技でどうにかなったけれど、昇進したらこの成果を継続してあげないといけない。そう考えると不安で」

今の未来の仕事のスタイルでは、昇進してもキャパオーバーになる。

「上司にもちゃんと見抜かれていて、早めの昇進はありませんでした。多分、次の4月に他の同期と一緒に昇進だろうって言われました」

「ああ、大体入社5年目で職階が1つ上がるもんね。採用の方はどう?」

亜希子がビールをおかわりしながら聞く。

「そっちはもっと厳しいです。私だけの力では及ばないことが多すぎて…」

気軽に掲げた仕事関連のウィッシュの難易度が、こんなにも高かったとは。1年前の未来には想像もつかなかった。

「でも、幸い仕事に全力投球する環境は整ってますから、地道にやっていきます」

未来は自虐気味に笑うが、亜希子は真顔で言った。

「そうだよ。未来ちゃん、失恋の痛みを癒やすのは次の恋じゃなくて、仕事!」

亜希子に軽く背中を叩かれ、未来は「はいっ」と背筋を伸ばした。

翌日の日曜。

未来は、朝の街を1人でぶらぶらと歩いていた。

ここのところクリスマスプレゼントを選ぶカップルでいつも賑わっているジュエリーショップは、オープン直後の今、どこも空いている。

― 達也さんにプレゼントを買う予定でお金を貯めてたから…ちょっとだけ見てみようかな。

ふらりとカルティエに入ると、コロンとした丸いフォルムの時計が目に入った。

「これ、見せていただけますか?」

店員さんに言うと、ふかふかのトレイに時計を出してくれる。

「こちらはバロンブルーというモデルになります。お客様、機械式時計はお好きですか?」

「機械式?ごめんなさい、ちょっと詳しくなくて」

このバロンブルーというモデルは、機械式とクォーツ、両方のモデルがあるそうで、未来が指差したのは機械式の方だったようだ。

クォーツモデルより20万円ほど高いと聞いてドキッとするが、未来は、機械式の秒針の滑らかな動きに目が釘付けになってしまった。

― 私もこれからはこんなふうに穏やかに、優雅に時を刻みたい。

「これ、買います」

未来の言葉に、店員さんは驚いた様子だ。

「他のモデルはご覧にならなくても良いですか?」

「良いんです。この時計の、優雅な動きに一目惚れです」

未来が自信を持って頷くと、店員さんが笑顔になる。

手首周りの調整をしながら、未来は達也のことを思い出した。

― 達也さんも、時計が好きだった。限定何本とか、限定カラーとか、よく言っていたな。

達也がウォッチケースから恭しく取り出した時計を「すごーい」と言って眺めた日々が、懐かしく甦る。

― でも、なんて幼い会話だったんだろう。私は、限定にとらわれず、自分の基準でこの時計を愛していこう。

100万円近い金額を告げられ、支払いのことを考えるとクレジットカードを出す手が震えてしまう。

しかし、調整が終わった時計をつけてみると、未来のそんな不安は吹っ飛んだ。

― こんなに綺麗な時計が自分のものになったんだ。

結果的には衝動買いになったが、未来はこの時計と出会うべくして出会ったような気がしている。

― ついに、「衝動買い」のウィッシュリストも叶ったんだ…お姉ちゃんに報告したい。会って、今までのことを謝りたい。

達也との交際を反対され、ひどい言葉を投げつけてから疎遠になってしまった姉の美玲。

最近は実家に帰っていないし、美玲とは連絡すらとっていない。

未来はカルティエの店を出ると、勇気を出して姉の電話番号をタップした。



次の週の土曜日、未来は久しぶりに三鷹の実家に向かっていた。姉の美玲に電話をした結果、「実家で会おう」と提案されたのだ。

― お姉ちゃん、怒っているかな。なんて言って謝ろう。

アトリエうかいで買ったふきよせの紙袋を見ながら、未来は電車に揺られる。緊張し、美玲からプレゼントされたカプシーヌのハンドルをぎゅっと握った。

左腕につけたバロンブルーが自分に勇気をくれる気がして、未来は文字盤をそっと撫でる。

「ただいま」

実家に着きドアを開けると、エプロンをつけた美玲が出迎えてくれた。

「未来ちゃん、こっちこっち」

あまりに明るい美玲のテンションに、未来は拍子抜けする。

リビングに行くと、母が酢飯の入った寿司桶をテーブルに運んでいる。

「今日は手巻き寿司にしたよ!未来ちゃん、とびっこ好きでしょ。たくさん買っておいたよ」

「え…なんで?」

戸惑いながら未来がリビングに足を踏み入れると、美玲が明るく言った。

「未来ちゃん、お誕生日おめでとう!今日で27歳だね」

「あ、そうだ。私、今日誕生日だ。え、でもなんで…私、前にお姉ちゃんにひどいこと言ったし、勝手に一人暮らしも始めちゃったし、今日は謝りたくて来たのに」

美玲が、母と顔を見合わせて笑った。

「お母さんと話してたの。未来ちゃんは反抗期も中2病もなかったでしょ。だから今その反動が来たんだって。まあ、法律的には大人だし、気が済んだら帰ってくるでしょって思って、待ってたよ」

「えー!」

あまりのバツの悪さに、未来はソファにへたり込んだ。

「ちょっと、恥ずかしすぎるよお。私、もう27歳なのに」

美玲は隣に座り、未来の背中をポンポンと叩いて慰めてくれる。

「この家では私、いつまでも子どもなんだね」

未来がうなだれると、美玲は首を横に振った。

「そんなことないよ。今の未来ちゃん、カプシーヌも、その時計もすごく似合ってる」

美玲の言葉に、未来は思わず顔を上げた。

「本当に?嬉しい!」

空回りして、失恋して、この1年間で未来はたくさんの失敗をした。でも、同時に成長もしていたのだ。

「さ、手巻き寿司食べよう」

美玲に促されてテーブルにつくと、去年の記憶が甦る。

― 去年は1人で高級鮨を食べたんだっけ。

高級店の味も忘れ難いが、今の未来には、家族で食べる手巻き寿司が何よりも美味しく感じられた。

「そうだ、未来ちゃん、悠斗くんから喪中はがきが来てたわよ」

― え?別れてからもう1年以上経つのに…。

「ひいおばあちゃまが先月…律儀な子よねえ」

食後にリビングでくつろいでいると、母がはがきを手渡してくれる。

― あ、千葉県に住所が変わっている。悠斗、引っ越したんだ。

「…元気かな」

未来はふと、2年前のことを思い出す。社会人3年目になり、仕事に熱中しはじめた頃。当時就職したてだった悠斗は、未来に対して焦りを感じていただろう。

― きっとそれで、2年後に結婚しようなんて言ったんだよね。

今の未来なら、悠斗の気持ちを慮ることができるが、当時はそんな余裕はなかった。

『未来:久しぶり。今日、実家に来てはがきを受け取りました』

思わず悠斗にLINEを送ってしまうと、すぐに返信がきた。

『悠斗:そうか。未来、会えないかな?話したいことがあるんだ』

意味深なメッセージに、心臓がドクンと跳ねる。

悠斗は、すぐにではなくていいので、4月になったら会いたいのだという。

― なんだろう。4月は私も昇進があるだろうし…悠斗も何かあるのかな?

「わかった」とLINEを返すと、未来はソファにもたれて考えこんだ。



【未来のWISH LIST】

☑ビールのおいしさを知る

☑一人でカウンターのお寿司を食べる

☑ビジネスクラスの飛行機に乗る(欧米路線)

☑一人暮らしをする

☑英会話教室に通う

☑ハワイのハレクラニに泊まる

☑100万円の衝動買いをする

□海外から優秀な人材を採用する

☑プロジェクトリーダーになる

□昇進する



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※公開4日後にプレミアム記事になります。

▶1話目はこちら:コロナに新卒時代を阻まれた「不遇の世代」、学女卒25歳は…

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次回最終回。4月に向けて大きく動き出す未来の運命…ウィッシュリストの結末は?