昨今、日本全国でドラッグストアが急激に増加している。取り扱っている商品も手広く、いわゆる「薬局」の機能のほか、家庭用品や化粧品、食料品、弁当まで割安な価格で販売し、スーパーとコンビニエンスストアの「いいとこ取り」のような存在になってきている。
厚生労働省「令和4年(2022年)度衛生行政報告例の概況」によると、全国の薬局の数は2022年3月末時点で6万2375店に達している。コンビニの数は2024年6月時点でも5万5637店(※1)なので、薬局の数が大きく上回る計算になる。また、2023年末時点でドラッグストアは2万3041店、総売上高は約9兆2022億円に達している(※2)。
※1 出典:日本フランチャイズ協会「コンビニエンスストア統計調査月報」
※2 出典:日本チェーンドラッグストア協会調べ
実は、ドラッグストアがここまで乱立する背景には「最高裁判所」が大きな影響を与えている。
【図表1】薬局数の推移(単位:万)(厚生労働省「薬局薬剤師に関する基礎資料(概要)」より)
薬局の開業には「距離制限」があった
薬局の開業許可の基準は、薬機法(旧薬事法)によって定められている。
かつて、旧薬事法には、開業許可条件のひとつに「設置場所が配置上適正であること」という定めが置かれており、これを受けて都道府県ごとに条例で具体的な「距離制限」が定められていた。
たとえば、距離制限が「100m以上」の場合、半径100m以内に他の薬局が営業していたら許可を得られないことになる(【図表2】参照)。
【図表2】旧薬事法・都道府県条例による「距離制限」のイメージ(弁護士JP編集部作成)
しかし現在、この距離制限は存在しない。もしあれば、今日のように、ドラッグストアが林立することはあり得ないだろう。
実は、距離制限がなくなった理由は、1975年(昭和50年)に最高裁判所がその規定を「違憲」とする判決を下したことにある。戦後、最高裁が法令を「違憲」と判断したのは13件しかない。その貴重な判例の一つに挙げられる。
薬局の距離制限の「合憲性」が問題になった事件
旧薬事法の距離制限を「違憲」とした最高裁の判例(最高裁昭和50年(1975年)4月30日判決)の事案の概要を紹介すると、以下の通りである。
X社は、広島県内の店舗で医薬品の一般販売業を営む許可を知事に申請し、受理された。しかし、その翌日に旧薬事法の改正法が施行された。改正法では薬局の許可条件に前述の「適正配置」が加わり、あわせて広島県条例で「おおむね100 m以上」の距離制限が定められていた。
X社が申請する店舗はこの改正法ないしは県条例の距離制限に抵触することになるため、営業申請の不許可処分が下された。
これに対し、X社は不許可処分の取り消しを求めて訴訟を提起した。
X社は、不許可処分の根拠となった薬事法と県条例の距離制限規定が、「営業の自由」を定めた憲法22条に違反すると主張し、最高裁まで争われた。
最高裁が薬局の距離制限を「違憲」とした理由は? 歴史がその「正しさ」を証明
裁判所が規制の憲法適合性を判断する場合、規制の「目的」と、その目的を達成するための「手段」とに分けて審査を行う。本件でも、もちろん最高裁はこの手法をとった。
まず、薬局の距離制限の目的について、改正法の経緯や薬事法という法律全体の趣旨を根拠として、「不良医薬品の供給の危険」「医薬品の乱売や乱用」の防止にあると認定した。なお、このような国民の生命・健康や公共の安全を守る規制は「警察目的の規制」(消極目的の規制)とよばれる。
被告の広島県側の主張は、「薬局の乱立」が「薬局等の過当競争、経営の不安定化」を招き、それにより「不良医薬品の供給の危険」「医薬品の乱売や乱用」を招くというものだった。
しかし、最高裁はそのような論理を認めなかった。目的を達成するための「手段」として、「距離制限」をおくことが合理的でなく、必要な手段でもないと判示した。
その背景には、「①人権侵害の危険防止」、「②裁判所の審査能力」という2つの理由がある。
まず、「①人権侵害の危険防止」について。「警察目的の規制」を行う場合には、営業の自由、つまり、職業を選択して営む自由を侵害しないよう、目的達成の手段は最小限度に抑えなければならないという考え方である。ちなみにこれを「警察比例の原則」という。
次に、「②裁判所の審査能力」について。警察目的の規制が最小限度かどうかの判断については、「経済的弱者の保護」などの社会経済政策と比べて政治的・政策的な判断の必要性が低いので、裁判所が踏み込んだ判断をしてよいという視点である。
後者については説明を要するだろう。経済的弱者の保護などを目的とする規制は「積極目的の規制」とよばれる。この場合、目的を達成するためどのような手段を講じるべきかについては、国民生活全体を見渡した政策的・技術的な判断が必要となる。したがって、裁判所は国会の立法裁量を尊重すべきとされる。
これに対し、「警察目的の規制」についてはそのような要請が少ないので、人権救済のために裁判所が踏み込んだ判断をしてよいという考え方となる。
裁判所は、「不良医薬品の供給の危険」「医薬品の乱売や乱用」という目的は、医薬品の製造・貯蔵・販売に関する厳しい規制や、違反した場合の刑事上・行政上のペナルティなどによって実現できるとした。そして、薬局の開設に距離制限まで課すことは過度の制約だとした。
最高裁判決から50年近く経った今日、ドラッグストアを含む薬局の数はコンビニよりも多い。「乱立」といってもいい状態だが、なお増え続けている。そして、この現状からは「不良医薬品の供給の危険」「医薬品の乱売や乱用」の懸念は感じられない。
単に薬局・ドラッグストアの数が増えて競争が激化するだけでは「国民の生命・健康の安全」が害されるという問題は生じない。最高裁の判決の正しさを歴史が証明したといえる。
銭湯の「距離制限規定」は「合憲」と判断
なお、同様にかつて距離制限規定の合憲性が議論となった「銭湯」については、最高裁は距離制限規定を「合憲」とした(最高裁平成元年(1989年)1月20日判決)。その理由は、自家風呂をもたない経済的弱者の人々のために銭湯は必要なインフラであること、銭湯を営む業者の多くは小規模な家族経営が多く経営基盤を保護する必要があるということだった。
つまり、銭湯については、弱者保護のための「積極目的の規制」なので、裁判所は国会による政策的・技術的観点からの「距離制限を置いて自由競争を制限すべき」という裁量的判断を尊重したものといえる。
詳細については8月3日公開の記事を参照されたい。
「規制緩和による弊害」の問題が深刻化?
今日では、むしろ規制緩和による弊害の問題が指摘されている。
国民の生命・健康を守る「警察目的の規制」に関していえば、多数の死者を出した「機能性表示食品」の「紅麹」による健康被害の問題もその表れである。「機能性表示食品」については国が安全性や効能を審査せず、企業が一定の科学的根拠について消費者庁に届け出ればよいとしている。また、製造工程の管理や検査も医薬品よりも緩い。
また、経済的弱者を保護するための「積極目的」の規制については、労働関係の規制を緩和したことによる「ワーキングプア」の問題などが指摘されるようになっている。
1990年代半ば以降、政治の場で「規制緩和」がしきりに訴えられ、その流れは21世紀に入ってから顕著になった。しかし、経済活動の自由を制約する「規制」のなかには、国民の生命・身体を守るための「警察目的の規制」や経済的弱者保護のための「積極目的の規制」もあることを見過ごしてはならない。
それらの弊害の問題は、今後、訴訟として顕在化する可能性が考えられる。そのとき、裁判所はどのような判断を下すことになるのだろうか。