「石垣島や宮古島」と比べると大きな差が…「東京の離島」の観光客数が伸び悩み続ける理由

 中小企業コンサルタントの不破聡と申します。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、「有名企業の知られざる一面」を掘り下げてお伝えしていきます。

 伊豆諸島や小笠原諸島の海運ネットワークを持つ東海汽船の業績が急回復しています。今期の売上高は151億円を見込んでおり、過去最高を更新する見込み。背景には旅客運賃15%の値上げがあります。ただし、観光客数の伸びは限定的。中長期的には観光業そのものを盛り上げる必要があるでしょう。

◆伊豆諸島・小笠原諸島への旅行者8割近くが利用

 7月25日に高速ジェット船「セブンアイランド愛」が式根島に向かう途中で故障、一時漂流したことが話題になりました。この船を運行しているのが東海汽船。同社は水中翼の姿勢制御を行う油圧装置の一部ホースの損傷による油圧低下が原因であったと発表しています。

「セブンアイランド愛」は、7月27日より定期航路への運行を再開しました。

 東海汽船は貨客船やジェット船で伊豆諸島の海運をカバー。2021年5月に日本郵船から1%の株式を譲受して小笠原海運を連結子会社化したため、伊豆諸島と小笠原諸島の海運をほぼ独占している会社です。

 観光客や島民の往来を支えているだけでなく、「大島温泉ホテル」の経営、島内のバス運行、島を開発するのに必要なセメントの販売なども行っています。筆頭株主は「椿山荘」や「ワシントンホテル」などを運営する藤田観光。東海汽船は同社の持分法適用関連会社です。

 東海汽船の船以外を使って、観光客が伊豆諸島や小笠原諸島に行く手段は限られています。伊豆諸島は調布飛行場などからのセスナ機。小笠原諸島へは不定期でクルーズ船が周遊ツアーを組んでいます。2017年に東京諸島を訪れた人のうち、航空路線は13万人で客船が40万人(東京市町村自治調査会「東京島しょ地域の概況」)。75%が客船を使っていることになります。

◆減収、営業赤字から一転して今年は好調

 クルーズ船がごく一部の限られた人しか利用しないことを考えると、東海汽船は伊豆諸島や小笠原観光の重要な役割を担っていることがわかります。なお、同社の海運関連事業は、売上高全体の90%程度を占めています。

 2023年12月期の売上高は前期比5.4%減の131億7600万円、6億2900万円の営業損失(前年同期は4億5200万円の営業利益)を計上しました。減収、営業赤字となった主要因は2つ。2023年のお盆を直撃した台風7号の影響で観光客数が伸び悩んだこと。そして、主力客船「さるびあ丸」の電気推進器に不具合が発生。約3ヶ月にわたって変則ダイヤ運行を余儀なくされたことです。

 前期の不調から一転、今期は好調です。通期の売上高は前期比14.8%増の151億2000万円を予想しています。東海汽船は2009年12月期からコロナ前の2019年12月期まで、売上高は100~110億円の間で推移していました。それを大幅に上回る数字を出しているのです。

◆運賃を値上げも、乗船客数が増加

 2024年12月期第1四半期の売上高は31億3400万円、売上予想に対する進捗は20.7%。滑り出しは上々だと言えるでしょう。

 東海汽船は5月1日から旅行運賃を15%引き上げました。貨物運賃も10%増額しています。第1四半期は値上げが行われる前の実績。新企画ツアーによる集客が奏功していることや、座席制限がなくなったこと、団体利用が増加しており、乗船客数が増加したのです。

 値上げ前の駆け込み需要が起こっているとは考えづらく、観光客数が確実に回復しているのでしょう。中期的には、値上げ効果によって収益改善が見込めるのです。

 ただし、東海汽船は伊豆諸島や小笠原諸島の観光産業に多くを依存しているため、島内の観光業そのものの発展がなければ、長期的な成長が見込めません。ここが一番のポイントです。

◆石垣島と宮古島に比べ、観光資源に大きな差がないのに…

 伊豆諸島で観光客数が最も多いのが大島。2022年の観光客数は14万6000人。次いで多い八丈島が7万4000人ほど。コロナ前の2019年と比較して7~8割程度まで回復してもこの数字なのです。

 同年の石垣島が90万8000人、宮古島が84万5000人。同じ離島でも、観光客数にこれだけの差が生じています。

 これらの島の観光資源に大きな差はありません。スキューバダイビングやシュノーケリング、サーフィンなどのマリンスポーツ、フィッシング、イルカウォッチングなどの離島らしいアクティビティが盛んな点はよく似ています。

 しかし、リゾート地として伊豆諸島を思い浮かべる人は少ないでしょう。実際、石垣島にはANAインターコンチネンタル、クラブメッド、宮古島にはヒルトンが出店していますが、伊豆諸島や小笠原諸島に世界的に展開するホテルチェーンはありません。東海汽船の筆頭株主である藤田観光ですら、伊豆諸島・小笠原諸島には出店していません。

◆「1973年の絶頂期」から下降線を辿っている

 日本は1970年代にかけて離島ブームが起こり、大島は1973年に観光客数が83万人を超えて絶頂期を迎えます。しかし、そこから下降線を辿ることとなりました。

 東京都は2023年度から2032年度までの「東京都離島振興計画」を策定しています。これは伊豆諸島地域の振興の方向性を示すもの。観光振興における10年後の姿として、「島のアクティビティ開発が進み、宿泊施設の多様化が図られ、都民や国内外の旅行者を魅了できる環境が醸成されている。」という項目を盛り込んでいます。

 東京都は、町村等が実施する宿泊施設の誘致や整備、滞在価値向上のための取り組みを支援するとしています。また、廃ホテルの撤去や跡地の活用もバックアップする予定です。

◆小笠原空港は幻で終わるのか?

 伊豆諸島や小笠原諸島は、認知度が高くないという最大の課題を抱えています。これは観光客だけでなく、ビジネスに関わる人も同じ。宿泊施設などの開発を行うディベロッパーは、土地の所有権や地形、インフラ、物流など、離島にまつわる情報が足りていません。これは資金を提供する金融機関も同様でしょう。

 島内は小規模事業者が宿泊施設、飲食店などを経営しているため、リゾート開発などの大きな絵を描ける事業者が少ないという課題もあります。

 海外観光客が増加していることや、円安で日本人が海外旅行をしづらい傾向が続く今こそ、東京都の離島を開発する意義は大きいでしょう。

 小笠原村では空港建設計画が立ち上がり、島民悲願の空路開拓に向けて前進しました。しかし、世界自然遺産に登録されたために生態系に影響を与えるわけにもいかず、計画は暗礁に乗り上げています。東海汽船にとっては小笠原諸島への輸送手段の独占状態が終わるものの、観光産業が盛り上がれば船での周辺の島への移動が活発になり、恩恵は多いはず。空港開発は東京諸島の観光業を大きく変えるインパクトを持っていますが、現在はまだ検討段階として前に進む様子はありません。

<TEXT/不破聡>

【不破聡】

フリーライター。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、経済や金融に関連する記事を執筆中。得意領域は外食、ホテル、映画・ゲームなどエンターテインメント業界