場所や時間を選ばず、誰もが被害者や加害者になりうる交通事故。軽く擦った程度の接触事故から救急車で搬送を要するものまでさまざまなケースが存在するが、実際に事故の瞬間や直後の現場を目撃したことがある人もいるだろう。
会社員の内野博明さん(仮名・33歳)は、今から5年前のとある平日、出先から会社に戻ろうと住宅街の路地を歩いていたところ、前方から何かがぶつかった音を耳にする。
スマホで上司にこれから帰社する報告をメールで行っていたが、視線を上げると前方の十字路で出会い頭の事故が発生。小型乗用車の前では自転車が横になっており、乗っていたと思われる若い女性がアスファルトの上でうずくまっていた。
◆立ち上がることができない被害女性
「事故だ、マズいと思って十字路まで小走りで向かいましたが、私より近くにいた女性が先に駆け寄り、『大丈夫ですか?』と声をかけていました。彼女は小声で『大丈夫です……』とすぐに返事がありましたが、明からにどこかを痛めた様子ですぐに立ち上がることができませんでした」
歩道のあるような道幅の広い道路ではなかったため、もう1人の女性と協力して事故に遭った彼女を通行の邪魔にならない道端に誘導。とりあえずそこに座らせ、本人が救急車を呼ぶことに了承したため、その場で119番に通報する。
◆チラ見しただけで通り過ぎる歩行者たち
「負傷者が出ている場合、119番を優先させることを教習所で習ったのを覚えていましたから。ちょうど電話を終えた時、新たにスーツ姿の男性が介抱に加わっており、彼に警察への通報をお願いしました。
けど、この男性が来てくれるまで数台の車と5人前後の方が交差点を行き来していたのに全員がチラ見しただけで通り過ぎちゃった。黙ってスルーしないで手伝ってくれよ、とは思いましたね」
なお、事故相手の小型乗用車は交差点の少し先の道路の右端に停まっていたが、なんと運転手はずっと車内に閉じこもったまま。119番通報から10分経たないうちに救急車とパトカーが相次いで到着したが、運転手がようやく外に出てきたのは警察官が声をかけた後だ。
◆加害者の高齢女性ドライバーは被害女性を完全無視
「実は、119番する直前、運転席に座っていた70代くらいの女性にもドア越しで声をかけたのですが完全無視。通話中らしかったのですが、私の顔を一瞬見たので気づいていたはずです。家族か知り合いに事故のことを連絡していたみたいですが、順番としてはやっぱり事故の相手に一言あって然るべきじゃないですか。
正直、『電話する前に相手の心配しろよ!』って怒鳴りたくなりましたが、話をややこしくして被害に遭った彼女に迷惑をかけるわけにもいかず、その時はグッとこらえました」
結局、運転手の高齢女性は被害女性が救急車で搬送されるまで彼女に言葉をかけることはなかった。その様子に119番通報した男性が「あんた、その態度はないだろ!」と詰め寄ろうとした一幕も。
「言葉どころか被害女性のことを見ることすらしなかったですからね。最初から介抱していた女性は事故の瞬間を目撃していたらしく、『車が交差点で一時停止せずにそのまま突っ込んできんです』と話していたので、それが事実なら過失が大きいのは明らかに車。それであんな態度よく取れるなって別の意味で感心しましたよ」
◆被害女性の配偶者からお礼の手紙が
被害女性には救急車で搬送する前、連絡先を尋ねられたので「何か必要なことがあれば証言をします」と会社の名刺を渡した内野さん。警察にはその場で事故の状況を聞かれたが、衝突の瞬間自体は見ていないことを説明。そこで現場を離れ、会社に戻ったそうだ。
「証言を求められることはありませんでしたが、事故の数日後、女性の旦那さんから会社の私宛に手紙が届き、何度もお礼の言葉が述べられていました。
一応、事故のことは直属の上司である営業部の課長に伝えていましたが、朝礼で支社長が直々に褒めてくれたのは嬉しかったですね。営業成績は部署でも真ん中くらいの成績で、会社じゃ人前で褒められる機会なんてなかったので(笑)」
◆加害女性の「事故後はパニックに」との供述を知って憤慨!
被害女性からも後日、直接会ってお礼を言われたが、彼女は鎖骨骨折で全治3カ月の重傷。過失割合は100:0で全面的に自動車の高齢女性に非がある形で決着したのはよかったが、問題は彼女の供述だ。事故後も車に閉じこもって被害女性に言葉をかけなかったのかは「パニックを起こしていたため」と警察の調べに対して述べていたからだ。
「パニックどころかいたって冷静に見えましたけどね。向こうからは最後まで謝罪はなく、旦那さんはブチ切れていたらしいですが当然ですよ。最近は高齢ドライバーの事故がよく報じられているから当時のことはよく思い出します。
よく事故では『簡単に謝罪しちゃダメ』と聞きますし、それはもちろん理解できるのですが、明らかに一方に過失が認められる場合は別じゃないですか。それに謝罪でなくも相手のケガの状況を気遣う言葉の1つくらいはあってもよかったと思うんです。現場を素通りした人に対しても思うところはいろいろあったし、当事者ではなくても考えさせられることが多かった事故でしたね」
加害側なら救護義務が発生するため、これを放棄するのは論外。第三者の立場でもこうした状況に遭遇した際、被害に遭った相手を気遣い、手を差し伸べてあげられる人間になりたいものだ。
<TEXT/トシタカマサ>
―[世知辛い世の中]―
【トシタカマサ】
ビジネスや旅行、サブカルなど幅広いジャンルを扱うフリーライター。リサーチャーとしても活動しており、大好物は一般男女のスカッと話やトンデモエピソード。4年前から東京と地方の二拠点生活を満喫中。