高齢者を狙う「ピンポイント強盗」“コスパ”重視の犯罪手口が広がる背景 根本的な「防犯対策」はあるのか?

7月、千葉県茂原市で39歳のタイ人の男が窃盗の容疑で逮捕された。70代の女性の自宅に侵入し、現金およそ150万円などを盗んだ疑いだという。

4月には、西日本の広域にわたって空き巣などを繰り返したとして、滋賀県警がベトナム国籍の男3人が窃盗や住居侵入などの容疑で地検に追送検されている。逮捕のきっかけは、昨年の10月から11月にかけて滋賀県長浜市の高齢者宅に侵入して金品を盗んだ疑いだ。

「令和5年警察白書」には「空き家や独居高齢者の増加等により、犯罪に対する社会のぜい弱性が高まることが懸念される」と記載されている。高齢者も、その家族も、空き巣などの犯罪への対策を検討する必要がある。

犯罪被害者のうち高齢者が占める割合は増加傾向

警察庁が発表している「令和4年の刑法犯に関する統計資料」によると、刑法犯の認知件数のうち被害者が65歳以上の事件の割合は、2013年(平成25年)には13.1%で、2022年(令和4年)には16.3%まで上昇。

年によって多少の上下はあるが、令和元年以降は16%を切ったことはなく、高齢者が被害者となる犯罪の割合は右肩上がりの傾向だ。

ただし、割合ではなく絶対数を見ると、治安が向上して犯罪全体の認知件数が少なくなったことに伴い、高齢者が被害者となった件数も下落傾向にある。全体の認知件数は2013年には約104万6千件であったのが2022年には約44万9千件にまで減少、高齢者が被害者となった件数も約13万7千件 から約7万3千件に減少した。


【表】犯罪被害者認知件数における高齢者の割合(「令和4年の刑法犯に関する統計資料」から)

なお、内閣府が発表している「令和5年版高齢社会白書」では、2022年中における「オレオレ詐欺」「預貯金詐欺」「キャッシュカード詐欺盗」を合計したいわゆる特殊詐欺の認知件数は、1万7520件のうち高齢者が被害者となった事件は9割弱の1万5065件であることが指摘されている。

犯罪は「入りやすく、見えにくい」場所で発生する

社会全体の高齢化が進んだことにより、一人暮らしを行う高齢者の割合も増えてきた。前出の「令和5年版高齢社会白書」によると、65歳以上の人の単独世帯の数は、2011年には約469万世帯であったのが2021年には約742万世帯にまで増加。

身体機能や認知能力が弱った高齢者の一人暮らしには、思わぬ家庭内事故や健康トラブルが発生した場合に、家族や同居人の助けが得られないという問題がある。また、孤独死のリスクにも注意しなければならない。

そして、犯罪にも警戒が必要だ。一人暮らしであるなら、外出中には住居に人がいないため、空き巣に侵入されやすくなる。さらに、部屋数が多かったり床面積が広い家屋に住んでいる場合には、食事や作業などをしているうちに侵入される「居空き」や、夜中の就寝中に侵入される「忍び込み」のリスクも高まる。

犯罪学者の小宮信夫教授(立正大学)は、犯罪の機会を与えないことによって犯罪の未然の防止を目的にした「犯罪機会論」を研究している。小宮教授が指摘するのは「犯罪は『入りやすく』、『見えにくい場所』で起こる」という点だ。

「多くの家屋では、表玄関は鍵が厳重で『入りにくく』、また道路に面しており近所の住民から『目撃されやすい』ため、空き巣は表玄関からは侵入しにくい。

一方、勝手口や裏口は『見えにくい』場所に設置され、また鍵などが古びており簡単に開錠可能で『入りやすい』ことが多いために、侵入されやすい。

まずは住居を点検して、鍵を交換したり、勝手口までのルートに入れないようにすることが大切です」(小宮教授)

“危ない”住居に暮らしている高齢者は対策が必要

以前は、犯罪者は車の運転や自分の足で歩き回ったりしながら、ターゲットにする住居を物色していた。しかし、現在では、Googleのストリートビューなどを活用することで、事前に現地に行くことなく「下見」を済ませる犯罪者が増えている。

つまり、「入りやすく見えにくい」住居が空き巣に発見され、侵入される可能性は以前よりも高まっている。この条件に該当する住居に住んでいる高齢者やその家族は、対策を検討すべきだ。

たとえば、警備会社「アルソック」の公式サイトでは、防犯対策の具体例として、「見守りカメラの設置」「窓に防犯フィルムを貼る」「警備会社や介護サービス会社が実施している見守りサービスの利用」が挙げられている。これらの参照も有効だろう。

近年は「ピンポイント強盗」が問題になっている

小宮教授によると、あらかじめ多額の金品がある家を特定し、狙いを定めて行う「ピンポイント強盗」という手口が昨年から問題になっているという。

ピンポイント強盗は、特殊詐欺と同じようにまずは不特定多数に電話をかけ、世間話などを通じて「家に多額の現金や、宝石・時計などの高価な物品がある」などの情報を聞き出す。また、アンケート調査を装って資産を聞き出す場合もある。

特殊詐欺は「何百軒も電話をかけたのに誰一人詐欺に引っかからなかった」という場合も多く、犯罪者からすれば「コスパ」が悪い。一方で、ピンポイント強盗は情報さえ聞き出せれば実行に移せるため「コスパ」がよい。このため、以前は特殊詐欺を行っていた犯罪者グループが、ピンポイント強盗へと犯行の手口を移行させている。

また、高齢者は自慢話をしやすい傾向があるため、犯罪者が狙っている現金や金品などの情報もつい漏らしてしまいがちだという。

「電話口だけでなく、居酒屋や喫茶店など公共の場での雑談や世間話も犯罪者に聞かれている可能性があるため、気をつけてください」(小宮教授)

「これは復讐だ」若者が高齢者への犯罪を“正当化”する

犯罪者のなかには10代や20代の若者も多い。そして、若者が高齢者を狙う背景には「世代間格差」という現代的な状況も影響しているという見方もある。

犯罪学の考え方に「中和理論」がある。多くの場合、犯罪者にも「犯罪は悪いことだ」と考える良心や罪の意識が備わっている。したがって、犯罪を実行するためには、犯罪を正当化する「理屈」によって罪の意識を中和する、という考え方だ。

小宮教授は、近年の若者の間には「自分たちが貧しいのは年長者のせいだ」などと高齢者に対する敵意が広まっており、そこから「高齢者の現金を奪うことは正当な復讐だ」「自分たちが奪われてきたものを取り戻すだけだ」などの「理屈」が持ち出されている、と語る。

「最近では、SNSや動画サイトなどでも『高齢者ヘイト』を煽る投稿が流行していますが、それが高齢者に対する犯罪に結び付いている可能性もあるのです。

また、犯罪グループのボスが『社会が悪くなっているのは老人のせいだ』などと若者を説得して、実行犯に仕立て上げる場合もあります」(小宮教授)

犯罪者たちの悪意が集まっている状況では、高齢者やその家族が個々人で防犯対策を行っても限界がある。

小宮教授は、地域住民が落書きなどの軽微な乱れを放置しないことが地域全体の安全性を高めるとする「割れ窓理論」に基づき、犯罪が起こりやすい場所を重点的にパトロールする「ホットスポット・パトロール」など、地域や社会による対策も不可欠だと語った。