毎年、夏になると子育てをする困窮世帯に注目が集まる。今年は物価高や光熱費の値上げで、前例のない厳しさに直面している家庭も少なくない。あるシングルマザーの家族を取材した。
◆小中学生のいる困窮世帯の約6割が夏休みの廃止や短縮を希望
子供たちにとって楽しみであるはずの夏休みだが、困窮世帯では事情が異なる。
貧困問題に取り組むNPO「キッズドア」が行った困窮世帯へのアンケートによると、小中学生のいる世帯の約6割が夏休みの廃止や短縮を希望しているという。理由の第1位は「子供が家にいると生活費がかかる」から。食費などが増え、家計負担が一気に重くなるためである。
今年は物価高が直撃し、昨年より厳しい夏となっている。フードバンク活動を行うフリースタイル市川の代表理事・稲村絵美里氏は言う。
「今年も申し込みが増えており、リピーターも多いですね。しかし、寄付量が例年に比べて少なくなっています。物価高により贈答品の寄付が減っていることなどが影響しているのでしょう」
同団体のもとには最近、「今すぐ食べられる食料が欲しい。助けて」といった相談も入ってきていると言うが、それだけ困窮した人が溢れているということだろう。
◆生活保護を受けながら2人の子供を育てるシングルマザー
こうした現状のなか、実際に夏休みを迎えている困窮家庭の声を聞くことができた。
鈴木綾子さん(仮名・35歳)は、関東のX県で生活保護を受けながら2人の子供(ともに小学校低学年)を育てているシングルマザーだ。
夫の暴力から母子シェルターに避難後、4年前に離婚。うつ状態もあったためシェルターで3年間生活。精神や生活状態が安定した後に民間アパートに転居して1年がたつ。鈴木さんのお宅にお邪魔した。
「生活保護費と手当、養育費で生活をしていますがすべて使い切る状況です。現在、社会復帰を目指してパートをしていますが、収入の一部は保護費から差し引かれるため、暮らしが楽になるわけではありません。むしろ、保護が切られてしまうと、持病のある私の医療費がかかるようになるので、不安でいっぱいです」
◆物価高で肉が買えなくなり豆腐やこんにゃくばかりに
そんな生活に今夏の物価高が鈴木さんに襲いかかる。
「以前と同じ食料を揃えるのに1.5~2倍近いお金がかかるので、食材も変わりました。お豆腐、こんにゃくといった安い食材ばかり。牛肉や豚肉はほとんど買わなくなり、選ぶのは鶏肉のみ。食材が偏ってしまって、子供たちの成長を思うと心配です。春から近所の畑で野菜の育て方を教えてもらっていて、そこで採れた野菜を好意で譲ってくれるので、助かっています」
キッチンの片隅にはフードバンクの食料が並ぶ。
「食品のほか、服がもらえるのでフードバンクは重宝しています。とにかく服を買うお金がないので。子供の服の半分はもらったもの。上の子の分をもらって、お下がりを下の子に着せています。ズボンは穴が開いても買い替えられず、履き倒しています」
◆酷暑の中、エアコンは「極力使いません」
家の中にクローゼットらしきものはない。服はダンボールに入ったままだ。一方、エアコンからは生ぬるい風が出ていたのが気になった。
「送風モードですね。光熱費はできる限り節約したいので、極力使いません。どうしても暑い日はエアコンをつけますが、送風を午前中の2~3時間つける程度。アパートの気密性が低いのでなんとかなっていますが……。子供たちとは、『暑さを楽しもう』みたいなスタンスでやっています」
◆家族旅行や習い事など体験の格差は広がる一方
子供たちは夏休みをどう過ごしているのだろうか。
「子供たちが友人と遊べないですね。こっちは車社会ですが、誘われても私には車がないので。『乗せてって』と気軽に頼めるママ友はいないので諦めました。子供はたまに『ディズニーランドに行きたい』とか言いますが、『そのうちね』とごまかしています。遠出するのも電車代がかかるし、習い事もしていないので、鉄道系のスタンプラリーが精いっぱいです。あとは近所の公園に行って走り回ったり、家のお風呂に水を張ってプール代わりにし、100均の水鉄砲で遊ばせたりしています」
現在の境遇についてどう感じているかを尋ねた。
「生活は苦しいですが、貧困でかわいそうねと思ってほしいわけじゃない。お金を使わなくても幸せに暮らせるといいと思う。でも、自分たちが体験したいことを気兼ねなくできるようにはなりたい」
4月に発売された『体験格差』(講談社現代新書)がベストセラーとなっている。行政や民間の支援で、飢える家族は激減したが、家族旅行や習い事などの体験の格差は広がる一方だ。
◆「夏休み」が子供のメンタルに大きく影響
悩みを抱える人たちからの相談が1日1500件寄せられ、うち3割強が10代の子供たちだというNPO「あなたのいばしょ」代表・大空幸星氏に話を聞いた。
「夏休みの終わりや新学期にかけて相談件数が増加しますが、それは子供たちが夏休みを通してゆとりがなくなり、死にたくなってしまうから。子供たちのメンタルを考えるとき、夏休みをいかに充実して過ごせるかが大きな問題です。友達は家族と旅行ができる、でも自分は行けないという苦しみが、新学期の精神状態に影響するのです」
夏休み問題や体験格差は確かに存在する。しかし、子供たちを「かわいそう」という視点でくくることは、問題の本質を見えにくくしていると大空氏は指摘する。
「貧困家庭に生まれた子供がかわいそうというスティグマは、当事者の『自分らしく生きていきたい』感情を押しつぶしてしまいます。泣いている子供の写真を使えば寄付は集まりやすくなりますが、非支援者と支援者の対立も強化されてしまいます」
次世代を担う子供達が豊かな経験を育み、成長していくためには何が必要なのか。私たち親世代は考えるべきだ。
取材・文・撮影/中山美里(オフィスキング) 山口晃平 写真/PIXTA
―[酷暑ルポ 貧困家庭[地獄の夏休み]]―