「なんかキレイになった?」元カレに呼び出され1年半ぶりに再会したら、イイ雰囲気で…

◆これまでのあらすじ

大手メーカー人事部の未来(26)は、元カレ・悠斗との結婚を見据えて作成した「10のウィッシュリスト」の達成に向け、破局後も動き続けている。そんな中、悠斗から「会いたい」との連絡をもらい…。

▶前回:2年前に別れた元カレから、実家宛に届いた1枚のハガキ。驚いた26歳女が連絡をすると…

Vol.13 最終話:未来のWISH LIST



― 4月になったら報告したいことがあるって…何だろう?結婚?転職?

悠斗のLINEメッセージを見て、実家で穏やかな時間を過ごしていた未来は、首をひねる。

知らないところで彼が幸せになることを想像すると、不意に胸がザワザワした。

― 『悠斗は悠斗の幸せを見つけて』って言ったのは私。私にできるのは、受け入れて祝福することだけなのに…。

「お母さん、今日泊まっていっても良い?」

未来は立ち上がり、久しぶりに家族4人が揃うダイニングテーブルへと戻った。

月曜日。

前の晩に実家から六本木のマンションへと帰ってきた未来は、いつになく清々しい気持ちで朝を迎えた。

― さあ、仕事を頑張ろう。私の幸せはここにある。

軽く身支度を整えると、プロジェクトメンバーにチャットを送る。

『おはようございます。今日も、何かあったらすぐに報告お願いします』

するとさっそく、子育て中で時短勤務の先輩からチャットが入る。

『長田さん、ごめん!子どもが熱出したので、今日はお休みでお願いします』

了解です、と返信しかけて、未来は思い立った。

― 先輩、もう有休使い切っているはず。欠勤扱いになるより、単純作業をお願いしたほうが喜ばれるかな?

『もしよければ、エミリちゃんに任せようと思っていたデータまとめと名簿整理があるのですが…』

『それなら子ども見ながらできる!助かります』

先輩からの返信を見て、ほっとする。

その先輩がやる予定だった就職エージェントとの打ち合わせをエミリにお願いすると、エミリは思いの外喜んで引き受けてくれた。

― エミリちゃん、こういう仕事好きなんだ。これから多めに割り振っていこう。

最近の未来は、仕事を細かく分類して適宜割り振ることによって、プロジェクトメンバー3人の労働力をうまく使えるようになってきた。

― 今日、定時で上がれたら、お姉ちゃんと代官山にビールでも飲みに行こうかな。

自分のことをずっと見守っていてくれる家族がいる。姉との仲直りを経て、未来は幸せを噛み締めていた。



3月。

未来は上司に呼び出され、戸惑いながら会議室の椅子に座った。

未来の会社では、入社5年目になる社員は大体が昇進する。

― この呼び出しも、御多分にもれず、昇進の話だろう。でもなんで、わざわざ会議室に呼び出したんだろう?

以前の未来ならどこかでミスをしたのかと不安でオドオドしてしまうところだが、今は自信がついたから、変に気負うことなく上司と向かい合える。

「長田さん。もうわかっていると思うけど、来月から1つ職階が上がります。今後、期待する役割と待遇はこちらです」

「ありがとうございます!あれ、給与が…」

差し出された書類を確認すると、未来が聞きかじっていた給与よりも、少し額が大きい。

「長田さんのパフォーマンスは、今期、特にここ数ヶ月は、こちらの期待を大きく上回っています。だから同じ職階内でも、上の水準からのスタートになります」

― こんなこと、あるんだ!

「任せたプロジェクトもしっかり形にしてくれたし、最近の長田さんは、見ていて安心感があります。これからも頑張ってね」

「…はい!」

限界を感じるまで仕事に明け暮れていた時期より、少し力を抜いている今のほうが評価されている。未来は、戸惑いを覚えながらも力強い返事をした。

席に戻り、ノートを取り出すと『昇進する』にそっとチェックをつける。

感慨深くウィッシュリストを眺めていると、LINEがメッセージの受信を告げた。

『悠斗:4月の空いている日を教えて。食事でも行こう』

― そうだった。来週から月が変わる。約束の4月だ。

未来は深呼吸をして『来週末、空いてるよ』と悠斗に返信を送った。

悠斗との約束の土曜日。

未来は『北島亭』に来ていた。

悠斗と付き合っていたころ、何度か店の前を通り過ぎたが、訪れたのは初めてだ。

「お待たせ」

悠斗が未来の向かいに座った。

「悠斗、久しぶり!…なんか、雰囲気変わったね」

久しぶりに会う悠斗は、顔立ちが少し精悍になっていた。

「そうかな?未来もなんか綺麗になった?さあ、まずは注文しよう。飲み物は、最初はグラスで泡にして、メインに合わせてワインを選ぼうか」

慣れた様子で注文する悠斗を見ていると、未来は離れていた1年間に生じた距離を感じずにはいられなかった。

「悠斗、やっぱり変わった。大人になったね」

「一級建築士になってからは、仕事の幅も広がって、付き合いも増えたからね。未来も仕事頑張ってるんでしょ?サークルの奴らに聞いたよ」

「そうだよ。小さいけど、プロジェクトのリーダーになれたの」

2人は顔を見合わせてくすくすと笑った。

「そうだ未来、この店、いつか来たいって言ってたの、覚えてる?」

「もちろんだよ!悠斗が今日、ここを予約してくれて、すごく嬉しかった」

前菜のキッシュを食べながら、2人は付き合っていた頃の思い出話に花を咲かせた。

「俺、焦ってたんだと思う。先に就職した未来に置いて行かれる気がして、未来が遠くに行かないように結婚をちらつかせて繋ぎ止めようとしたりして、格好悪いよな」

悠斗は照れくさそうに言った。

「私も似たようなものだよ。自信がなくて、でも悠斗と結婚する勇気もなくて、ウィッシュリストを作ったんだから」

「でも、それをちゃんと達成したんだからすごいよ」

「悠斗だって。資格をとって、着実に夢に近づいてるじゃない」

― 悠斗と出会ったのが今だったら、また結果は違っていたのかな?

メインを食べながら、未来はつい想像してしまう。

「そうだ、話ってなに?」

未来が取りつくろうように聞くと、悠斗が姿勢を正した。

「俺、9月からオランダの大学院に留学するんだ。未来…結婚して一緒に行かないか?」



「え…?」

「1年以上離れていたのに、いきなりこんなこと言われて困るよな。でも、言わないと後悔すると思って」

悠斗がまっすぐ未来を見つめる。

「期間は2年。夢を叶えるために、ランドスケープデザインをどうしても勉強したいんだ」

悠斗は、いくつか候補がある中で、物価、語学力、倍率などを考え、オランダが最も留学しやすいと判断したらしい。

「社費留学で、給料も少しは出る。未来との生活費も考えて、貯蓄にも励んでる。ベストな結婚生活を考えるから。辛い思いは絶対にさせない」

そこから先は、どうしたのかよく覚えていない。

お腹も胸もいっぱいになった未来は、デザートも食べられず、気がついたら電車に揺られて六本木に帰ってきていた。

悠斗は、千葉へと帰った。貯金のために、笹塚のマンションから引っ越したのだという。

― どうしよう。亜希子さん、お姉ちゃん…。

2人の意見が聞きたくて、未来は思わずスマホを握りしめたが、首を横に振ると電源を切った。

仕事の喜び、笹崎というどうしようもない男に恋した過去。悠斗への気持ち。

すべてが未来の頭の中をぐるぐると駆け巡り、夜はどんどんふけていった。

明け方、空が白む頃、未来はウィッシュリストを眺めて頷いた。

― よし、決めた。これが私の選択。

5月。

ゴールデンウィークも終わり、汗ばむ季節がやってくる頃、亜希子が留学を終えて帰ってきた。

『蕎麦前 山都』で、久しぶりに会う約束をしている。

「亜希子さん!お帰りなさい」

「ただいま!カナダ、本当に楽しかったよ」

日本のビールで乾杯し、喉を潤すと、未来は、2年前の亜希子のようにいたずらっぽく笑いながら言った。

「報告があります。私、前の彼氏、悠斗と結婚することにします。…彼、仕事のためにオランダ留学に行くみたいで」

「えー!」

亜希子が悲鳴のような声をあげる。

「じゃあ未来ちゃん、仕事辞めてついていくの?彼氏が留学している間、別居婚だって休職だってできるんじゃない?仕事辞めるなんてもったいないよ!」

未来は、笑顔で「いいえ」と答えた。

「ついていきません。2年後、彼が仕事から戻ってきたら結婚します。悠斗は『なんとかなる!』って結婚を進めようとしてたんですが…。私は昇進もしたし、責任ある立場で仕事に取り組んでみたくて」

うなずく亜希子の目を見ながら、未来は続ける。

「正直、仕事を辞めることも考えました。仕事で惜しまれているうちにやめて結婚したい。年上の彼氏と別れた寂しさを結婚で埋めたい。27歳という年齢で、結婚するのも悪くない…。どれも本音です。でも、私には、まだやらなくてはいけないことがあるから」

未来はビールを一口飲んだ。

「とはいえ、悠斗にプロポーズされたとき、素直に『嬉しい』って感じたんです。だから、私は彼の気持ちを大事にすることにしました」

亜希子が真剣な面持ちで頷いた。

「未来ちゃん、強くなったね…うん、私、未来ちゃんを応援する!」

「ありがとうございます!」

2人は再び乾杯すると、未来はしみじみと言った。

「ウィッシュリストを作ったからこそ、今の私があると思うんです。亜希子さんには本当に感謝しています」

「なに言ってるのよ。未来ちゃんが一生懸命自分と向き合ったから出せた決断だよ」

亜希子の言う通り、未来はウィッシュリストを通して、自分という人間を深く知ったのだと思う。

ハワイ旅行に、ビジネスクラスの飛行機。ウィッシュリストは好奇心を満たしてくれただけではなく、未来の未熟さやずるさ、そして弱さを教えてくれた。

すべてを経験して受け入れたからこそ、今、未来は自分の道を、迷いなく選ぶことができるのだ。

「…ウィッシュリストは、まだ1つ達成できてないけれど…。そうだ、亜希子さん、うちの会社に戻ってきませんか?そうしたら、未達成の最後のウィッシュリスト『海外から優秀な人材を採用する』が達成できます!」

「ちょっと未来ちゃん、それは強引すぎ!」

「えーっ!いいじゃないですか!お願い!」

未来は笑いながら、顔の前で両手を合わせた。

この先の人生に、少しでも多くの幸せを見つけられることを祈って。

Fin.



【未来のWISH LIST】

☑ビールのおいしさを知る

☑一人でカウンターのお寿司を食べる

☑ビジネスクラスの飛行機に乗る(欧米路線)

☑一人暮らしをする

☑英会話教室に通う

☑ハワイのハレクラニに泊まる

☑100万円の衝動買いをする

?海外から優秀な人材を採用する

☑プロジェクトリーダーになる

☑昇進する



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