診察や治療を受けている患者にとって、医者の「言葉」はとても重要なものです。「心配ない」という言葉を聞くと、それだけで安心する人も多いのではないでしょうか。しかしながら、外科医にとって「心配ない」はタブーであると、医師の松永正訓氏はいいます。そこで本稿では、医師の松永正訓氏による著書『患者の前で医者が考えていること』(三笠書房)から一部抜粋し、医者が「心配ない」と言うときの本心と、どこまで信じてよいものなのかについて解説します。
医者の「心配ない」はどれくらい信用できる?
大学病院に勤務していたときと比べ、開業医になってから変わったことがたくさんありますが、そのうちの一つが「心配ない」という言葉の使い方です。
大学病院勤務のときは、難病の子どもをたくさん治療しました。私の専門は小児がんですので、多くのがん患者の子どもに接してきました。
神経芽腫という病気は大変予後が悪く、遠隔転移のないステージ3の腫瘍でも、生存率は70%くらいです。ですので、術前と術後に抗がん剤治療を行ないます。これを着実に遂行しないと子どもは死んでしまうからです。
ところが、この死ぬかもしれないということを保護者が理解してくれないことがあります。手術で腫瘍を完全切除して、体の中に腫瘍がないのだから、もう自分の子は治ったと思ってしまうのですね。ですから、強力な抗がん剤治療を行なうと、「輸血をしないでください」「輸血は嫌なんです」と、注文をつけられることがあります。
こっちも好きで輸血をしているわけではありません。輸血をしないと死んでしまう可能性があるから輸血をしているのです。
何度もこう言われると、親は我が子の病気の重さを理解しているのかと疑問に思ったりします。もちろん、その予後の厳しさについては何度も説明しているのですが。
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外科医の「心配ない」はタブー!?
がんの子どもを治療する過程で「心配ない」などということは絶対にありません。手術だって命懸けだし、1年以上に及ぶ抗がん剤治療も命懸けです。現に2000年頃の国内全体のデータによれば、神経芽腫に対する抗がん剤治療では約10%の子どもが副作用で命を失っていました。白血球減少による感染症とか、血小板減少による脳内出血とかによってです。
また私は外科医でしたので、1,800人以上の子ども(赤ちゃんを含む)に手術を行ないました。よく医療ドラマで、外科医が手術を終えて「手術は成功しました!」と高らかに宣言して家族が泣き崩れるシーンがありますよね。あれはウソです。手術が成功したかどうかは、患者さんが治って退院できる段階になって初めて分かります。
ですから、手術が終わって家族に「心配ない」などと言うことは絶対にありません。人間の体は何が起きるのか分からないのです。19年間の大学病院勤務を振り返って、「心配ない」と言ったことは一度もないと思います。もし言った場面があったとしたら、それはもう確実に完全治癒が目前に迫っているときです。