教員の仕事の過酷さが明るみになり、教師不足などのニュースが頻繁に取り上げられている日本。実は、日本と同様の問題がフランスでも起きているといいます。フランス教育省は2019年、初めて教育現場での教員の自殺者数を発表しましたが、その数は1年間で58人。つまり毎週1人が自殺したことになり、フランスでもショッキングなニュースとして報道されました。今回は、日本在住のフランス人ジャーナリスト・西村カリン氏の著書『フランス人記者、日本の学校に驚く』(大和書房)から一部抜粋して、フランスにおける教師問題について解説します。

なぜフランスで教師の人気がなくなっているのか

当然ながら先生が休めば授業に影響が出る。代わりの先生がフォローすることもあるが、自習になることも多い。自習が続くと学習の機会を失うため、フランス政府は新しい案を考えた。それは、代わりの先生が自分の科目を教えること。

たとえば、中学校で国語の先生が休み、代わりに数学の先生が来た場合、国語ではなく、自分の専門教科である数学を教えるのだ。

この方針が発表されたとき、国民の間では笑いが起きた。なぜなら、20年前にコメディアンが似たようなジョークを言っていたからだ。舞台は高校。哲学の先生の代わりに体育の先生が登場し、体育の授業をする。哲学の先生の休みは1週間に及び、週4時間の哲学の時間がすべて体育と哲学をミックスした授業になってしまったという話だ。

20年前のコメディを記憶するわたしたちの世代は、ジョークがほぼ現実になったと思わず笑ってしまった。また、同じコメディでは高校での問題(暴力、暴言、大麻など)を取り上げていた。これらは20年間で解決されていないだけでなく、悪化したと言っても過言ではない。とはいえ教員不足の今、代わりの先生はすぐにはみつからない。

2023年9月の新学期の前に、マクロン大統領は「不在の先生全員の代わりに別の先生を確保することを約束します」と言ったが、現場ではほぼ半分の中学校・高校では少なくとも、1人の教師が不足状態だった。2022年6月の教員採用試験では、特にパリとその周辺地域で教員不足が顕著になっている。

たとえば、パリの教育区では、219人の教員募集に対して180人しか応募者が集まらず、ベルサイユ教育区では1,430人の枠にたった484人と深刻な状況だ。

そこで欠員を埋めるため、教員免許を持たない人も応募できる制度を設けた。およそ30分間の面接を受け、採用されれば1か月~2か月間の研修を経て教壇に立つ。

なぜフランスではこれほどまで教員の人気がなくなっているのか。

給料の低さもその一因だろう。OECD(経済協力開発機構)のデータによると、フランスの教員の平均の給与(年収)は国内の最低賃金の1.5倍で、EUの中でも最低ラインだ[図表1]。ドイツの教員の給料はフランス教員の約2倍だ。1ドル(US)あたり140円で換算すると、フランスの教員の初任給は年収3万2,619ユーロ(約456万6,660円)、勤続15年で年収4万43ユーロ(約560万6,020円)となっている。



[図表1]世界の小学校教員の給与年収水準

1980年には最低賃金の2.3倍だったことを考えると、教員の社会的な立場は低下している。フランス全体の給料は上がっているのに、教員の給料が上がっていないのだ。

フランスでは教育予算をGDP比5.25%と以前紹介したが、この比較的恵まれた予算が教員のために使われていないのだ。年金も高くないし、ストライキも多い。給料の額だけで比べると日本のほうが高い(勤続15年時)。

ちなみに労働時間を見てみると、小学校と中学校の教師は週24時間の授業を課されている。これに加えて、年間108時間が課外活動に割り当てられる。

課外活動とは個別支援や小グループでの追加の教育活動、教育訓練などだ。部活動は含まれない。基本的に教師が部活動を指導することはないが、課外活動をする場合は残業として給料をもらうところは日本と異なる。

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フランスの先生もつらいよ―麻薬、暴力、モンスターペアレント

もう1つ、フランスで教師という職業が敬遠される理由に〝話を聞かない子ども〟の存在がある。暴力、麻薬、犯罪など、状況はどんどん悪化している。

2020―2021年の調査によると、小学校の校長先生の44%が子どもから暴言を受け、5%は暴力を受けた。また、「SIVIS(学校の安全に関する情報収集と監視・警告をするシステム)」という国の調査によると、教師に対する暴言や暴力は小学校で児童1,000人あたり3件、中学校で1,000人あたり12.5件、高校総合クラスでは5.1件、専門クラスでは20件となっている。

日本の先生も大変だが、教師への暴言や暴力は小学校で1,000人当たり0.8件、中学校で1.0件、高校で0.1件と、フランスと比べたら落ち着いた環境といえる。

日本人がパリとその郊外の一部の小学校や中学校の教室を見たら驚くだろう。フランスの学校は自由度が高いぶん、個人がそれぞれ意見を主張する。静かに授業を聞く生徒はいるけれど、過半数が授業を聞かないクラスもある。モンスターペアレンツも多い。

わたしが子どもの頃は、先生が子どもを叱ったら、親は子どもを注意したものだ。学校でヘンなことをしたら先生が叱るのは当然だと思っていたし、「もっと叱ってほしい」と思う親も多かった。ところが今は「自分の子が正しくて学校が間違っている」という前提になり、「なぜウチの子を叱るんですか!」と先生に詰め寄る。

また、教育格差も広がっている。フランスの中学校では、42%の生徒が複数の学年が混在したクラスで学んでいる。先生は年齢差のある生徒に同時に教えるため、理解している生徒とそうでない生徒が生まれ、教育環境として良好とはいえない。

ドキュメンタリー映画『パリ20区、僕たちのクラス』は、フランスの公立学校の現実とそこで教える先生の葛藤を描いたものだ。ぜひ観てほしい。

2022年にはこんな事件があった。ある生徒が教室で先生を執拗に挑発し、たまりかねた先生が手を出したところを動画に撮ってインターネットに投稿したのだ。これを機に、教室での出来事が公開されたらたまらないと先生たちは口をつぐんでしまった。

生徒から攻撃されるだけでなく、教頭らからも「問題を起こすのはあなたのせいだ」と非難され、泣き寝入りするしかない立場に追い込まれた。

そんなとき、1人の先生が「わたしの身にはこんなことが起きている」とX(旧ツイッター)で告発した。すると、「わたしも」「わたしも」と数千人の先生が声を上げ始めた。先生版「#metoo」運動へと発展したのだ。

ただ、いかなる理由があろうと他者に手を出すのは罪だから、裁判が起きたら、先生が懲役判決を受けるリスクもある。

西村カリン
ジャーナリスト