バーでいい感じになった男性の家へ。翌朝、後悔する32歳女性に外コン勤務の男がかけた意外な一言とは

カメラマン、クリエイター、カレーをスパイスから作る男──。

これらの男性は“付き合ってはいけない男・3C”であると、昨今ネット上でささやかれている。

なぜならば、Cのつく属性を持つ男性はいずれも「こだわりが強くて面倒くさい」「自意識が高い」などの傾向があるからだそう。

果たして本当に、C男とは付き合ってはならないのか…?

この物語は“Cの男”に翻弄される女性たちの、悲喜こもごもの記録である。

▶前回:医師とのキャンプデート。「同じテントに泊まるの?」と29歳女がドキドキしていたら…

コンサルの男/美姫(32歳)の場合【前編】



土曜の深夜3時。見知らぬ男の見知らぬ部屋。

谷原美姫はカーテンの隙間から差し込む月明かりを頼りに、むくりと身体を起こした。

見渡すと、薄暗い中に見えるのは無機質な広めのLDK。部屋の奥にはモニタがいくつも並べられたワークスペースがある。家具と呼べるものは、自分と男がいるセミダブルのベッドだけ。そんな最低限の空間が広がっている。

― そうだ、私、昨日…。

傍らで眠るのは、恐らくこの家の主。名前は金原拓海と言っていた。外資の総合系コンサルティングファームに勤務しているのだという。

― むしゃくしゃしていたとはいえ、初めてであった人と、なんて…。

“むしゃくしゃ”の所以は、つい数日前のこと。美姫は、同じ大手不動産会社に勤務する同僚・大介から別れを告げられたのだ。

『スキがないんだよ。一緒にいると息がつまるんだ』──という捨て台詞とともに。

その言葉は、美姫に必要以上のダメージを与えていた。

― 『スキがない』って…そんなこと言われてもね。

隣で裸の男が寝ている状況でも、元カレの言葉が頭の中をぐるぐる回っている。

それほど納得がいかない別れだった。3年間、順調な関係だと思っていたのは自分だけだった。別れ際に具体的な理由の説明を求めるも「そういうところだよ」と、明確な答えはもらえなかった。

一夜のあやまち。そこに至った本当の理由はもしかしたら、“むしゃくしゃしていた”というより、自分にだってスキがあることをただ確認したかっただけなのかもしれない。

美姫はゆっくりと、昨晩の記憶を糸を手繰り寄せるように思い返した。



学芸大学にある『Another8 Corner』。

美姫が暮らすマンションにほど近い、白壁とネオンがシンプルで印象的な外観のビアバーである。

シェフの作るカジュアルながらも工夫を凝らした料理の数々や、キャッシュオンの気楽さもあり、友人の家のような感覚で仕事帰りによく寄っている店だ。

昨日の夜は週末なだけあって、いつも座るカウンターは満席だった。

それでも失恋の痛手は、ひとりきりの家にまっすぐ帰る気持ちにさせなかった。2人用の並び席をひとりで使用している男性がいたので、半分相席で使わせてもらうことにした。

席に着くなり美姫は、パイントグラスになみなみと注がれたヘイジーのIPAを一気にあおる。とりあえず深く酔ってしまいたかった。空白の土日は、二日酔いで埋めるつもりだったから。

ビールを流し込んだ後、大きな吐息をつくと、心の中が少しだけ軽くなったような気がした。微かな炭酸の刺激も胸の痛みをほのかにやわらげた。

そして、しばらくぼんやりとグラスを進めていると──相席の男性が自分に視線を向けているのに気づく。ちらりと目をやると、その男は突然、話しかけてきた。

「イチジクバター、食べます?」

イチジクバターは、イチジクをミックスしたバターが、焼きあげたバゲットの上に乗ったワンハンドフードだ。一皿2枚のうちの、1枚をどうぞ、ということである。

美姫は静かに憤慨した。

「いえ、結構です」

ひとり時間を過ごす自分に、軽はずみに声をかける男が許せなかった。

初対面の人と食べ物をシェアしようとする感覚も、馴れ馴れしく感じる。軽く見られた気分だった。

関わり合いになりたくなくて、すぐに背中を向けた美姫だったが…そのときふと、元カレの別れ際のセリフが聞こえたような気がした。

『スキがないんだよ。一緒にいると息がつまるんだ───』

フラッシュバックしたその言葉は、まるで自分をたしなめているかのようだ。

元カレの言っていた『スキがない』とは、もしかしたらこういう潔癖さもあてはまるのだろうか…。

今となっては確かめようもないが、そんな思いが美姫の頭をよぎった。

思い立った美姫は、にわかにフライドポテトを注文しに席を立つ。

そして席に戻るなり、罪ほろぼしのつもりで、その男にポテトを差し出した。

「先ほどはすみません。言い方きつかったですよね。もしこれよかったら」

しかし男は、さっきのことをまるで覚えていないかのようにきょとんとする。

「え?」

「さっき、声をかけてくださいましたよね」

「いえ、全然気にしていませんが。実は私、深夜の食べ物はセーブしているんです。勢いで頼んだのですが、残すのも勿体ないのでお声がけしただけです」

彼の手元にあるひと切れのイチジクバターは、手をつけられる気配もなく放置されていた。

「は…はぁ」

真っ白なワイシャツを着崩したその男は、服の上からでも身体を鍛えていることがよくわかる胸板の厚さだった。きっと彼の言っていることは真実だろう。

― ヘンな人…。

なぜか好奇心が湧くとともに、美姫はふと、男が勢いで頼んだというその一品を食べてみたい衝動にかられた。

「イチジクバター、やっぱり下さいますか?美味しそうです」

自分の殻を脱ぎ捨てるつもりで、声をかけてみる。

「もちろんですよ」

男らしくゴツゴツした長い指先で、皿が差し出される。カリカリのバゲットは歯ごたえが良く、口に含むと、すでにとろけたバターとイチジクの甘味のバランスが絶妙で、2杯目に頼んだワインが進んだ。

その時にイチジクバターを分け合った男が──横で今眠っている、拓海である。



― 私、本当はこんなことする女じゃないのにな。

昨晩の行動を否定する一方で美姫は、新たな自分に生まれ変わったような歓びもおぼえていた。

けれど、長居は無用だ。拓海が起きる前にこっそり帰ろうと決意し、静かに着替えを済ませる。

荷物を持って部屋を後にしようとした、その時。ベッドの中から声がした。

「バイバイ」

「起きてたの?」

「昨日は楽しかった。ありがとう」

「私もよ」

あっさりとした別れの言葉に、美姫もあっさりと返答をして玄関に向かう。すると、続けて気怠そうな声が聞こえて来た。

「来週も金曜の22時、またあの店にいるから」

「─それって、結論、また会いたいって意味?」

いつもの癖で、問い詰めるような強い口調になってしまう。すぐに後悔したが、彼は即座に回答した。

「もちろん」

ホッとした気持ちと、また会いたいと言ってもらえた嬉しさで、思わず笑みがこぼれる。美姫は「考えておく」とだけ言い残し、マンションを出た。

外に出ると、街はすっかり、夏の朝の顔をみせていた。こんな眩しい朝日を浴びたのは何年ぶりだろうと美姫は思った。



それからというもの、金曜の夜は必ず会社帰りに『Another8 Corner』へ向かい、拓海と相席するのが美姫の日常になった。

そして、1ヶ月目の夜。

「関係性をペンディングしておくより、言質を取って白黒つけておいた方がいいよね」という拓海の申し出で、すんなり交際がはじまった。

美姫も確かに拓海に惹かれていたものの、実は、気持ちはまだ曖昧だった。

それでも拓海の申し出を受け入れたのは、美姫の性格的な問題だ。

拓海が言う通り、不安定な状態でいるより、白黒つけておきたい。関係性には名前がついている方がすっきりするのが、美姫の性分だったから。

出会ってから2ヶ月目の金曜の夜も、ふたりは同じ時間に同じ店で待ち合わせていた。

スケジューリング化されたデートは、多忙な美姫にとってもありがたかった。

「美姫といると、自分の中の欠けているピースがはまったような感覚になるよ。気がつけば会いたくなっている」

「うん…」

ステムのないワイングラスを傾ける拓海の横で、美姫は大きく頷いた。それは自身も感じていたことだったから。

拓海といると、ラクだ。

美姫にとっての拓海も、自分に欠けたピースを有意義に埋めてくれる相手だと思う。似たようなロジカルシンキングな思考だから、気を使う必要もない。

― コンサルは理論的な人が多いと聞くけど、やっぱりそうなのかな?本当に相性が合うんだよね。

ふと横を見ると、拓海と目が合った。

― それともコンサル云々ではなく、拓海だから…?

ふと横を見ると目が合った。自然に合ってしまうタイミングに、おのずと笑みがこぼれた。

「ねえ、お休みが取れたらどこか軽く旅行に行かない?」

「いいね。何かプランがあったら日程候補出してもらえるかな。検討した上で自分もいくつかアイディア出してみるから」

前向きで建設的な拓海の回答に、美姫は改めて胸を熱くした。

― 元カレは、私が提案しても適当で、「どこでもいいよ」だったなぁ。

美姫はうっとりと拓海の肩にもたれかかる。

「イチジクバターです」

注文したイチジクバターが、ふたりの前に届く。美姫と拓海はいつものように、分けあってそれを食べた。

― 拓海と一緒にいると、本当の自分らしくいられる…。

しかし、その想いが強くなるにつれ生まれはじめる歪みに、美姫はまだ気づいていなかった。



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▶1話目はこちら:富山から上京して中目黒に住む女。年上のカメラマン彼氏に夢中になるが…

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美姫の身に降りかかる、大きなトラブル。その時拓海は…