ちょっとだけ飲んでから帰りたいけど、わざわざ居酒屋に行くほどではない――。そんなときに重宝するのが「ちょい飲み」のお店だ。吉野家の「吉呑み」を筆頭に、最近ではファミレスやファストフード、大衆中華チェーンなどでもちょい飲みセットを提供するところが広がっている。
日常的に酒場へ通い、酒にまつわる連載や本を多数執筆している酒場ライター・パリッコさん(@paricco)。普段は地元に密着していて、単独ではちょっと入りづらいような個人店を取り上げている彼に、ベタなチェーン店で飲んでもらう連載「パリッコのチェーン店ひとり酒」。
第5回に取り上げるのは、居酒屋「天狗」や「テング酒場」などを運営するテンアライドが手がけるネオ大衆酒場「大衆スタンド 神田屋」。果たしてパリッコさんはどう立ち振る舞うのでしょうか?
◆今回は初の“居酒屋チェーン”です
本連載の担当編集N氏との打ち合わせのなかで「チェーン店であれば、居酒屋で飲んできてもいいですよ」という言葉をいただいた。
これまでこの連載では、ファミレスや中華料理チェーンなど、居酒屋以外の店で飲んできたが、確かに居酒屋にもチェーン店はある。そして、僕はチェーン居酒屋が嫌いということはまったくないが、酒場ライターという仕事がら、どうしても個人経営の、しかもなるべく怪しげな酒場に入店しがちな傾向がある。うん、あらためて、チェーン酒場の良さをじっくりと味わってみるのも、たまにはいいのではないか。
そんな経緯で今回やってきたのは「神田屋」。
神田屋といえば数年前、「和食れすとらん天狗」で有名な「テンアライド株式会社」が新規にオープンした大衆酒場だ。1号店は神田駅近くのガードした付近にあり、できたばかりのころに僕も行ったことがあるが、かなり王道の、ひたすらに安くてうまい立ち飲み系大衆酒場だった。
それが近年、いわゆる“ネオ大衆酒場”と呼ばれる店を意識したような、若者でも気軽に入りやすい雰囲気の酒場に進化し、関東が中心ではあるものの、どんどん店舗を増やしている。そんな神田屋で、今回はじっくりと飲んでみようというわけだ。
◆よし、今日は生ビールから
入店し、まずはメニューを眺めると、これが驚くほどにリーズナブル。生ビール「サッポロ黒ラベル」が税込み319円。僕の愛する「酎ハイ」にいたっては、なんと209円だ。よし、今日は生ビールから始めるか。
安いからといって量が少ないということもなく、オリジナルデザインの中ジョッキでやってきた生ビール。ちなみに神田屋は昼飲みができる店舗が多く、現在時刻は午後1時すぎ。真夏の日差しを浴びながらたどり着いた涼しい店内でのむキンキンのビールが、たまらなくうまい。
続いてつまみを検討してゆく。メニュー表1枚に収まってしまうシンプルさながら、串、肉系、魚系、一品料理にシメと、かなりバランスの良いラインナップだ。ちょっとひねりの効いたメニューも多く、今日の自分はどの気分なのかと迷わせてくれる楽しさがしっかりある。う〜んう〜ん……。
◆酒場で無条件に頼んでしまう1品
まずどうしたって気になるのは「ピーマンポテサラ」(165円)だろう。謎の専用(?)容器に生ピーマン、そのなかにポテトサラダという構成。
それから、僕が個人的に酒場のメニューに見つけたら無条件に頼んでしまう1品を見つけてしまった。
「青唐辛子卵炒め」だ。辛いものと玉子が好きな者として、頼まざるをえない。さらにもう1品、肉系のつまみのなかでもひときわ僕を魅了してくるのが「牛すき焼き鍋」だ。高嶺の花感のあるネーミングに対し、値段はなんと385円。その3品でいこう。
◆続々と届く感動メニュー
まずはすぐ、ピーマンポテサラが到着。突拍子もないようでいて、見た目どおりでもあるという不思議な1品だ。ヘタの帽子をとると、ワタや種をくり抜かれたピーマンのなかにポテトサラダが入っている。
食べかたの正解は……たぶんそのままかぶりつくんだろう。しゃくりとひと口かじると、まずよ〜く冷えたピーマンがしゃきしゃきとうまい。そして、ごろごろっと甘いじゃがいもやベーコンの風味、マヨネーズのコクなどがやってきて、うまいことピーマンと調和する。その見た目から、奇をてらったメニューのように感じる人もいるだろうけど、正直言って、だいぶちゃんと美味しい。そして、安すぎる。
青唐辛子卵炒めはもう、間違いなさすぎ。よく塩気の効いたとろとろの玉子に、しゃきしゃきの青唐辛子の輪切りがたっぷり。夢中で食べていると、ガツーンと爽やかな辛味がやってくる。大好き。
◆牛すき焼き鍋もすごい!
牛すき焼き鍋がこれまたすごい! ぐつぐつと音をあげながら到着した鍋の中身は、シンプルに、牛肉、豆腐、ねぎ。だが、それは確かにすき焼きがすき焼きであるための構成要素を満たしていて、濃いめの甘辛味で煮込まれた豆腐とねぎがうまい。そして牛肉。想像以上に量があり、適度な歯ごたえに加えて脂の甘み、そして、牛の旨味が噛み締めるごとに広がる。こんなに幸せなひと皿を、こんな値段で独占してしまっていいのだろうか……。
当然酒がすすみ、チューハイをおかわりしてぐびぐび。
◆映えメニューでシメ
さて、このあたりで少食気味の酒飲みである僕は、じゅうぶん満足。神田屋の人気の秘密をじゅうぶんに理解することができた。が、せっかくやってきて、さらに記事として紹介するからには、やっぱり1品、シメ系のメニューも味わっておきたい。だって神田屋、ごはんものにもまた、興味をそそられるメニューがありすぎるんだもん。
「いくらチャーハン」や「贅沢TKG」のインパクトは言わずもがな。プラス150円で「かにマシ」、プラス300円で「マシマシ」にできるという「かにチャーハン」も気になりすぎるし「昭和の中華そば」の間違いなさもいい。
けれどもどうだろう。ここは、「昔ながらのナポリタン」で攻めてみるというのは。なんと言ったって、値段が352円。そもそもこんな値段でナポリタンが食べられる店はそうそうない。加えて、ナポリタンは明確に、酒のつまみにもなる。よし決まり! すいませ〜ん、ナポリタンお願いしま〜す!
いい。これはいいぞ。やや小盛りながら(飲みにはむしろ酒それが嬉しい)、ウインナー、ピーマン、玉ねぎがたっぷりと入って、やはり酒がすすんでしまいそうなナポリタンだ。
ちなみに今、ちょうどチューハイを飲み干してしまって手元に酒がない。このナポリタンに合いそうな酒……映えを意識するなら「クリームメロンソーダハイ」(539円)なのかもしれないけど、上にのってるバニラアイスは今はいらないかな……え〜とえ〜と、あ、シンプルに「メロンサワー」(319円)があるじゃないか! ナポリタン&メロンサワー。それだ!
◆昔ながらの喫茶店と大衆酒場の融合
メロンサワーが到着し、ナポリタンと並べてみた光景がなんだか笑える。昔ながらの喫茶店と大衆酒場が入り混じった、どこか間違い探しのような。
かなりの太麺でありつつ、ゆですぎてだれてしまった感じもない、ぷりぷりもちもちのパスタがかなり美味しい。きっちりと酸味を飛ばしたまろやかな味わいも絶妙で、これがどこか懐かしい味わいのメロンサワーと相性ばっちりだ。
僕のようなひとり客がさくっと飲むのはもちろん、何人かで来て気になるメニューをあれこれ頼んで盛り上がるのも絶対に楽しいだろう。さすが老舗グループの手がける大衆酒場と、うならざるをえない名店だった。
<TEXT/パリッコ>
―[チェーン店ひとり酒]―
【パリッコ】
1978年東京生まれ。酒場ライター。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター・スズキナオとのユニット「酒の穴」としても活動中。X(旧ツイッター):@paricco