往々にして「高校野球は東京より大阪のほうが強い」と言われている。実際、数字でもそれは明らかだ。今回は、長らく高校野球をけん引してきた帝京高等学校硬式野球部名誉監督・前田三夫氏と日本大学第三高等学校硬式野球部前監督・小倉全由氏の二人にも意見を伺いたい。全国の多くの強豪校と対戦してきた経験を踏まえながら「なぜ大阪が強いのか」について語ってもらった。
※本記事は『高校野球監督論』(双葉社)より抜粋、編集したものです。
◆春は東京勢を寄せつけなかった大阪勢
前田三夫(以下、前田):春と夏のデータを見比べても、夏は東京8勝、大阪9勝と拮抗しているが、春は東京の6勝に対して大阪が20勝と、東京勢をまったく寄せつけていないよね。
◆「関西の選手は東京と違う」と感じた
小倉全由(以下、小倉):しかも春については、私が関東一の監督をやっていたとき(1988年)に、2回戦で市岡と当たって勝っていますが、それ以降37年間(2024年8月現在)まったく勝っていないんですね。12連敗もしているなんて驚きました。夏は06年に早稲田実業が斎藤(佑樹)を擁して大阪桐蔭に勝って以降、16年間勝利がない。夏は大阪との対戦数が少ないとはいえ寂しい数字です。前田先生は、東京と大阪の選手の違いをどうご覧になられていますか?
前田:私が大学生の頃、全国から集まった優秀な能力を持った選手を見たときに、「関西の選手は関東、とりわけ東京とは違うな」というのを肌で感じたんですね。関西の選手は粘り強く、ちょっとやそっとではひるまない、強気な選手が多かったのに比べ、関東の選手はそうしたものが欠けているように感じました。
そこで私は帝京の監督に就任したときに、まっ先に考えたのが、「関西の学校と試合をすること」だった。東京を含めた関東の学校にはない戦い方というものを学んでそういった要素を吸収しようと思ったんです。当時の帝京はまだ弱かったけれども、PL(学園)を含めた大阪の強豪校はもちろんのこと、東洋大姫路(兵庫)などとも戦ってレベルの高い野球を経験させていきたかった。
◆関東の人間は勝負に対する執念深さに欠けている
小倉:自分も1985年に甲子園に出たときのキャプテンの寺島(一男)、エースの木島(強志。日産自動車)らが下級生だったときに、東洋大姫路に練習試合を申し込みました。試合が終わったあと、梅谷(馨)監督(2006年11月死去)に、「東京の学校との違い」について聞いたんです。すると梅谷監督から言われたのが、「関東の野球は小手先でサッとボールを捕りにいく野球だ。関西は1点を取るのにも執念がある。スクイズで取ると決めたら必ず決めるし、ボールをグラブにいったん収めたら絶対に離さない。それだけの執念がある」
たしかに一理あるんです。関東の人間は勝負に対する執念深さに欠けているのに対して、関西は「関東の人間に負けてたまるか」という強い気持ちを持っている。これって関東の人間からするとわからない感覚かもしれませんね。
前田:反対に関東の人間には、関西に対して幼い頃から「絶対に負けてたまるか」という気持ちが希薄なように感じる。そのあたりが大きく違う。難しいのは、関東に住んでいる親御さんが、わが子に対して幼少の頃から、「関西に負けるな」という意識を植えつけることがないこと。関西の人間は「東京に負けるな」と強い気持ちを持って対戦に臨んでくるけれども、東京の人間は「関西に負けるな」とは教えられていない。そのせいか、東京が大阪の学校に気持ちで勝つというのは、なかなか難しいものがある。
小倉:結局、技術以上に気持ちの部分って大事なんですよ。これは精神論になってしまいますが、「絶対に負けてなるものか」という強い気持ちを野球にぶつけていけるかどうかが、勝敗のポイントになる場合もあるんです。
◆全国の学校と練習試合を行う意味
前田:帝京が甲子園で勝てるようになってきた80年代後半あたりから、全国から招待試合の誘いが多くなった。北は北海道、南は九州まで、全国からお声をかけていただいて、本当にありがたいと思っていた。なぜなら全国の野球と対戦できるっていうことは、その土地その土地の戦い方、傾向のようなものがあって、それを知ることができるからなんです。
あるチームでは1、2番は足技を使ってクリーンナップで返すという野球をしているところもあれば、あるチームは上位から下位まで長打が期待できる打線でフルスイングしてきた。どの野球がいい悪いということではなくて、ありとあらゆる野球を知ることで自分たちのチームの経験値が上がって、それが勝負におけるケースバイケースでの対応につながっていっ
たからね。
小倉:ひと口に全国と言っても広いですよね。関東の一部の強豪校とだけ練習試合をやっていれば力がつくというものでもないですし、自分たちが苦手だと思える試合運びをするような学校とも練習試合をすることで、おのずと腕が磨かれていく。これは選手の力量だけでなく、1試合のなかであらゆる状況を想定して練習試合を行うことで、スキルが身についていくものなんです。
前田:そう。だから1試合終わるだけで、知力、体力、判断力のそれぞれを普段の練習以上に発揮するから、試合が終わったあとは選手がみんなクタクタに疲れ切っているんだよね。
◆センバツ選考で「東京が不利だと思う」理由
小倉:そうして実力が磨かれていくのであれば、いいことしかないと思います。春のセンバツは大阪が出場する確率が高い私は近畿地区で大阪の高校が選ばれる確率については一つ、思うところがあるんです。それは、「春のセンバツでは、大阪の高校が出場する確率が高い」ということ。秋の近畿大会を例に挙げると、出場する16校のうち大阪と兵庫からは毎年3校が出場できる(京都、滋賀、奈良、和歌山の4府県は隔年で2校、3校の出場となる)。そうなるとまず現在一番強いとされる大阪桐蔭は、大阪府の予選でベスト4までには確実に入れる。仮に決勝で負けてしまっても、3位決定戦で勝てばいい。そうして近畿大会に出場して、一つ勝って準々決勝まで行ければ、センバツ出場校に選ばれる可能性が高くなる。こうした図式が成り立つんです。
前田:たしかに今の大阪桐蔭が大阪府の予選で早々に負ける姿は想像しづらいし、あれだけ優秀な選手がいたらちょっとやそっとじゃ崩れないと思うわな。
小倉:これに対して東京の場合は、東京大会の決勝まで勝ち抜かないと、センバツ出場のチャンスが得られない。そればかりか、決勝でワンサイドの大敗をしてしまうと、センバツ選考の際、「決勝で大きく崩れてしまった」という理由で、他の関東の学校と比較した際に、東京の学校がはじかれてしまう可能性が高い。この点では東京の学校は不利だと思うんですよね。
◆決勝で負けるにしても“負け方”が問われてくる
前田:「東京も秋の関東大会に出場すれば解決できる問題だろう」という声も上がるが、制度上、そうなっていない以上は、現行のルールに従って戦っていくしかない。その過程でいけば、東京は決勝で負けるにしても“負け方”というのが問われてくる。関東の他の県では県大会の決勝までいけば勝っても負けても関東大会には出場できる権利があるから、控えの投手だったり、野手を起用して経験を積ませることができるけど、東京はいかんせん、そんな事情もあるからそれができないのは痛い。
小倉:難しいのは承知なんですが、東京はセンバツ出場を狙ううえでこうしたハンディがあるというのも、実際に戦っていて感じていましたね。
<談/前田三夫 小倉全由 写真/双葉社>
【前田三夫】
1949年、千葉県生まれ。木更津中央(現・木更津総合)卒業後、帝京大に進学。高校時代は三塁手として活躍するも甲子園の出場経験はなし。大学時代は4年の秋に一塁ベースコーチとしてグラウンドに立っただけで選手としては公式戦出場なし72年、卒業後に帝京野球部監督に就任。78年、第50回センバツで甲子園初出場を果たし、以降、甲子園に春14回、夏12回出場。うち優勝は夏2回、春1回。準優勝は春2回。21年8月に監督を勇退、現在は名誉監督としてチームを支える。
【小倉全由】
1957年、千葉県生まれ。日大三卒業後、日本大に進学。高校では内野手の控えとして甲子園を目指すも、最後の夏は5回戦で敗退。大学在学中に日大三のコーチに就任し、79年に夏の選手権大会に出場。81年、関東一の監督に就任。85年夏の選手権大会でベスト8、87年春のセンバツでは準優勝に導く。88年に退くも92年に復帰、94年夏に再び甲子園へ導いた。97年、母校の監督に就任。2001年夏に全国制覇。10年春のセンバツでは自身2度目の準優勝、11年夏には同じく2度目の優勝を果たした。23年3月に監督を勇退。