1%のワールドスタンダード 五ヶ瀬の釜炒り茶【お茶で世界を、覗こう】

東京・目黒の碑文谷にある世界中のお茶を集めたティーアトリエ「MATRA」を主宰する、中村文聡さんがつづる、連載「お茶で世界を、覗こう」。第3回は、釜炒り茶を探しに宮崎県の五ヶ瀬(ごかせ)町へ。

生の葉をそのままお湯に浸したようなあざやかな緑色、不ぞろいでしっかりとした厚みのある葉、青々とした、清流に咲く花のような香り立ちとすっと胸にしみこむ軽やかな味わい。

見た目も味もどこか海外で作られたもののように感じる、でもどこにもない初めて見るような印象を抱くこの不思議なお茶は、安土桃山時代から続く歴史ある日本茶、その最先端です。

日本茶の99%はセイロの要領で蒸気で蒸して作られます。中国から1000年ほど前に伝わった製法を長い時間をかけてガラパゴス的に熟成させ、茶道という芸術の域まで高めたかけがえのない製法・文化ですが、この作り方が世界の中では少数派、というかほぼ日本でしか行われていないことはあまり知られていません。

今回紹介する「釜炒り茶(かまいりちゃ)」は、日本ではわずか1%しか作られていませんが、逆に世界の緑茶の87%が採用している製法によるもの。私たちの知っている日本茶とは異なる立ち位置から語りかけてくれるお茶です。

九州山地の中央に位置する宮崎県北部の五ヶ瀬町。

多くの支流を持ち日向灘に流れ込む1級河川五ヶ瀬川の源流地である、山深い地域。

最寄りの熊本空港から車で向かうと、標高500mを超えて五ヶ瀬町に入るあたりから、穏やかに葉を広げる照葉樹が、厳しさをたたえる針葉樹に切り替わっていき、空気がスッと引き締まるのを感じます。

日本でもトップクラスの高さである標高600mに点在する茶園が数軒の生産者のみによって管理されている、いわばごく小規模な秘境の生産地。

平地が少ないため米などの生産には適しませんが、清らかな水をたたえ、山間地らしい礫(れき)質の土、昼夜の寒暖差が大きく霧が多く発生して茶樹を直射日光から守る、というお茶の名産地に共通する好条件を備えています。

そして、この地に受け継がれる「釜炒り」という製茶方法は、生の葉を大釜で炒って作る香りの発現に適した方法。

「昔のお茶にはもっと香りがあった」

このお茶を作った生産者の言葉です。この言葉が全ての源になっている気がします。

自分たちの作るお茶は「釜炒り茶」。葉を蒸して作る通常の日本茶に対する異端。

マジョリティーの蒸す製法で作った煎茶のスタンダードに合わせた品評会でも努力を重ね、日本一を何度も受賞するほどになっても異端としての思いは根底に流れ続けます。

蒸したら水蒸気で香りが抜けやすくなるし、葉の組織がこわれて味が重くなる。

釜炒りの良さは香り高さとすっきりとした軽やかな味わい。

生産者は、製造の機械化が進んでも独自の改良を行い、水蒸気の力を借りずに純粋な釜炒りを機械でも実現することに心血を注ぎます。

皆、畑で茶葉を収穫すると大急ぎで工場に運び、ベルトコンベヤーに載せて生葉を蒸しあげる。できるだけ新鮮な状態で加工したいといういかにも日本人らしい感覚だけれど、昔はベルトコンベヤーなんてなかったし、製茶も手作業に近かったから、摘まれた茶葉は軒先に積まれて何時間も置かれていた。それでも、もっと鮮烈な清々(すがすが)しい香りのあるお茶が作られていた。

さまざまな出会いを経て、海外のお茶作りを学ぶ機会を得た生産者はそこでお茶を摘んでから加熱する前に「萎(しお)れさせ」香りを発現させるという工程を習得します。

それはお茶の葉がもっている香りのポテンシャルを最大限に引き出す、世界標準の作り方。

多数のやり方に流されず信念をもって磨き続けた技術と、外の世界との出会いによって生まれた烏龍茶でも紅茶でもない、花のような香気と長い余韻をもった鮮やかな緑色のすっきりとした日本茶。

生産量1%にも満たない異端の生産地では、未来を切り開く新しい日本茶が作られています。

◼️五ヶ瀬釜炒り茶 ふうしゅん
産地:宮崎県 西臼杵郡 五ヶ瀬町 
おすすめの飲み方:茶器は透明な耐熱グラス(145ml)を使用。指先でひとつまみほどの茶葉(1.5g)をいれて熱湯を注ぎ、約1分。軽くスプーンなどでかき混ぜてから飲み始めます。半分になったらお湯を注ぎ足し、変わりゆく風味を7回は楽しめます。お湯の量を少なくして代わりに氷と水を入れると、本格的な風味のアイスティーが作れるので、こちらもおすすめです!

text: Fumitoshi Nakamura

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