令和の時代とともに高校野球にはさまざまなことが起きた。新型コロナウイルスの蔓延による甲子園大会の中止、以降は選手の健康管理をしながらの練習の日々……。ようやくこれまでの高校野球が取り戻せたかのように見える。時代に応じて変えていかなくてはならないこと、守っていかなければならないことがある。
今回は、長らく高校野球をけん引してきた帝京高等学校硬式野球部名誉監督・前田三夫氏と日本大学第三高等学校硬式野球部前監督・小倉全由氏の二人にも意見を伺いたい。高校野球の「今」と「未来」について語ってもらった。
※本記事は『高校野球監督論』(双葉社)より抜粋、編集したものです。
◆夏の暑さは以前とはまったく違う
小倉全由(以下、小倉):以前に比べたら、明らかに暑さの質が変わりました。とにかく今のほうが暑いんです。甲子園でも日本高野連が熱中症対策をいろいろ施してくれていますが、私は普段の練習から指導者の管理が必要だと思っています。
前田三夫(以下、前田):本当にそうだね。今、十条にある帝京のグラウンドは人工芝なんだけど、夏にここで練習をすると、アップシューズが摩擦で溶けてしまうことがあるんだ。グラウンドができた当初はそこまで想定していなかったけど、実際の暑さを考えると、給水は欠かせないし、一つの練習が終わったら、すぐに次の練習に入るのではなく、少し休憩をとってから入るというように、指導者が選手の健康管理に気を配る時間をとることで、ずいぶん変わってくると思うんだ。
7月下旬ともなれば30℃以上は当たり前、35℃以上の日が続くとなると、どうしたって健康管理を怠るわけにはいかない。厳しい練習をするということと、選手の体を守るためにコンディションを見ていくのは、同時並行で行わなくてはならない。これからの指導者はそうしたことも当たり前になってくる。
◆コンディション次第でまだ夏の甲子園開催は可能?
小倉:一方では、「甲子園は時期をずらして開催すべきじゃないか」という議論が湧き起こってきます。「一番暑い8月に開催しなくても、涼しくなる秋に開催すればいい」というのがその理由ですが、私はコンディション管理をしっかりすれば、まだ夏の甲子園開催は可能だと思っているんです。
前田:たとえば3回戦、準々決勝、準決勝と勝ち進むと休養日を設けているよね。これは昔では考えられないことだった。今から30年以上前なら3回戦から決勝まで4連戦ということもあったわけだし、休養日を設けるというのは、高野連の英断だと思っているんですよ。
◆休むことで得られるもの、失うもの
小倉:ただ、一つだけ言わせてもらうと、この休養日はプラスもあればマイナスになる一面もあるんです。プラスになるのは投手が休めることで体力が回復する。これは誰しもが考えられるようなことですよね。
打者にはマイナスに影響することもあるんです。01年夏の甲子園で三高は決勝まで進んだんですが、準決勝で横浜に7対6で勝った。翌日に本来であれば決勝戦が行われる……はずだったんですが、翌日は雨で近江(滋賀)との決勝が1日順延になったんです。そうしたら打者連中が、「バットが重く感じます」と言ってきた。1日休むことで感覚が変わったんでしょう。このときは「準決勝の翌日に決勝をやらせてあげたかったな」という思いもありましたね。
前田:翌日の試合に勝ったとは言え、そんなことがあったんですね。たしかに1日の休みで打者の感覚が変わってくるということはあるのかもしれない。
小倉:休むことで得られるもの、失うものは間違いなく出てきます。打者の感覚を鈍らせないようにするためには、練習で補うしかない。そうなると「何のための休養日なんだ?」ということになりかねません。その点については、日本高野連が甲子園でベスト4以上に進んだ学校からヒアリングをして、今後のルールづくりの参考にしていってほしいですね。
◆「練習中に水を飲むな」は今は絶対にダメ
前田:選手のコンディションを考えた水分補給は大切になってくる。私や小倉さんが選手だった時代は、「練習中は水を飲むな」と言われてきたけど、今そんなことをやったら脱水症状はもちろんのこと、最悪のケースとして命を落としかねない。「昔の常識、今は非常識」なことは、これからはどんどん排除していくべきだと思うね。
小倉:私は夏の試合中の給水タイムについては賛成しているんです。18年夏の甲子園の1回戦で、三高が折尾愛真と対戦したとき、こんなことがあったんです。7回裏の攻撃終了時点で給水タイムをとったんです。このとき「春夏通じて甲子園史上初めて試合中の給水タイムが設けられた」と言われましたが、実はその前の段階で主審が熱中症になっていたことに気づいたんですよ。
初めは、試合の序盤に捕手のうしろで球審の頭が揺れているような感じがしていたんです。後半に入ると、明らかに体がフラフラしているのが、一塁側のベンチからもよくわかった。そこで私が一塁の塁審に「球審がふらついていますよ! 大丈夫ですか?」と大声を出して伝えて、そのあとすぐに「球審が危ない」ということになって、急遽給水タイムを設けたんです。うちの選手たちにも水分補給をするように指示を出しましたが、私は球審の体調を心配していました。
前田:審判もたいへんだよね。選手は守備からベンチに戻ってきたら給水できるけど、審判は試合が始まるとわずかな時間しかないわけだから、試合前からコンディションを整えてないといけない。今年の夏の甲子園は5回終了後に10分のクーリングタイムが設けられるけど、今後は臨機応変に対応が求められるね。
小倉:給水の時間が限られていますし、試合中においそれとトイレに行くわけにもいかない。夏の暑さ対策は選手だけでなく、グラウンドにいる全員が行わなければいけないでしょう。
◆環境は「昔に比べて格段によくはなっている」
前田:私も07年の夏に準々決勝で佐賀北と対戦したときに、延長戦になったんだけれども、12回裏の佐賀北の攻撃を終えて、うちの選手が戻ってきたときの顔を見たら、みんな無言で疲れ切っていたんだ。次の回の攻撃で、ベンチから打席に向かう選手に対して必死で声をかけたんだけれども、「この暑さで、みんなきついんだろう」というのが見て感じ取れた。結局、その裏に佐賀北に1点取られてサヨナラ負けを食らってしまったんだけどね。
小倉:あのときの帝京は11時から始まる第1試合で、暑い時間帯での試合でした。当時に比べて、今はさらに暑くなっていますからね。選手のコンディション管理はいっそう気をつけなければならない時代です。一方であまり語られていませんが、甲子園のベンチのなかはエアコンが入っているし、スポーツドリンクや水などの水分補給用のペットボトルも支給されていて、昔に比べて格段によくはなっているんです。矛盾した話になってしまうかもしれませんが、暑さ対策を万全にやっておけば、夏の暑さと向き合いながら甲子園で試合を行うことはできるんじゃないのかなと、自分なんかは考えているんですけどね。
<談/前田三夫 小倉全由 写真/小嶋晋介>
【前田三夫】
1949年、千葉県生まれ。木更津中央(現・木更津総合)卒業後、帝京大に進学。高校時代は三塁手として活躍するも甲子園の出場経験はなし。大学時代は4年の秋に一塁ベースコーチとしてグラウンドに立っただけで選手としては公式戦出場なし72年、卒業後に帝京野球部監督に就任。78年、第50回センバツで甲子園初出場を果たし、以降、甲子園に春14回、夏12回出場。うち優勝は夏2回、春1回。準優勝は春2回。21年8月に監督を勇退、現在は名誉監督としてチームを支える。
【小倉全由】
1957年、千葉県生まれ。日大三卒業後、日本大に進学。高校では内野手の控えとして甲子園を目指すも、最後の夏は5回戦で敗退。大学在学中に日大三のコーチに就任し、79年に夏の選手権大会に出場。81年、関東一の監督に就任。85年夏の選手権大会でベスト8、87年春のセンバツでは準優勝に導く。88年に退くも92年に復帰、94年夏に再び甲子園へ導いた。97年、母校の監督に就任。2001年夏に全国制覇。10年春のセンバツでは自身2度目の準優勝、11年夏には同じく2度目の優勝を果たした。23年3月に監督を勇退。