環境と待遇の見直しが、看護業界の改革の鍵に
――今後、男性看護師が世の中に増えて行くために、国や社会、医療業界においてどういう取り組みが必要だと思いますか?
秋吉:先ほど述べた、男性用の更衣室やトイレなど労働環境の改善が必要であることが1つです。
また、業界全体の話にはなりますが、患者さんの命を預かり、夜勤や当直などで勤務も不規則である看護師の職務内容に対し、現在の給与水準が果たして適切なのか、もっと議論していただきたいと感じています。
看護業界はよく「穴の開いたバケツ」と表現されるのですが、これは「新卒者」という水をいくら注ぎ込んでも、「離職」という大きな穴から人が出ていってしまう状況を表しています。看護師免許を取得しているにもかかわらず、看護師を辞めてしまう人が多いせいで常に人が足りない。この事実からも、待遇面の改善が急務である深刻さが伝わるのではないか、と思います。
坪田:同感です。これら環境や待遇の改善について病院に対する個別の働きかけも必要ですが、それだけではなかなか先に進みませんので、日本男性看護師会では厚生労働部会看護問題小委員会(※)に招聘(しょうへい)していただけるように取り組んできました。
例えば、同委員会には22の看護系団体が招聘(しょうへい)されますが、日本男性看護師会もその一団体として加わることができています。これは男性看護師に関する課題解決のための提案書の発表や、そのため男性看護師を対象とする独自リサーチの実施など、コツコツと活動を続けてきた成果だと思います。
男性看護師が公の場で提案をし、見解を述べることも、私たちの存在を可視化し、多様性を認識してもらうための重要なステップだと考えます。
※
厚生労働省、文部科学省、こども家庭庁の2省1庁の看護予算を決める委員会
男性看護師の職場環境を改善するために提言活動を行う坪田さん。写真は2012年に日本看護協会の当時の会長と副会長と意見交換したときのもの、写真提供:一般社団法人日本男性看護師会
――私たち、社会にいる一人一人が看護師のジェンダー平等のためにどんなことができるか、メッセージをいただけますか?
秋吉:ニュースで男性看護師が話題になるのは何らかの事件を起こした、というネガティブな内容が多く、それを見てやり切れない気持ちになることがあります。
できれば、患者さんやご家族のために懸命に努力を続ける、多くの男性看護師の存在や活動に注目していただきたいです。男性看護師の前向きな活動をSNSやブログで見つけたら、応援のメッセージやシェアをしていただくこともサポートになります。
またNurse-Menの活動は男性看護師の認知度向上を目指すだけでなく、看護師という仕事の重要性やプロフェッショナリズムを知っていただきたい、という思いが根本にあります。機会があればイベントやセミナーなどに足を運んでいただき、一緒にエッセンシャル・ワーカーを盛り上げていただけるよう願っています。
坪田:「人間」というのは、「人と人の間」にある関係性で成り立っていると私は思うんです。人間一人ができることには限界がある以上、男性が、女性が、と分けず、人同士が感謝し、感謝される社会になってほしいです。
その解決手段の1つが、偏りをつくらない多様性のある社会の姿で、看護師という職業に関しては男性がマイノリティになっている。だから医療業界に関しては私たちが声を上げていく意味があります。
一方で、それが家庭であれば、家事や育児、介護などの負担を性別で固定的に考えるのではなく、夫婦それぞれの得意分野を活かしながら協力し合う姿勢が大切になると思います。
例えば最近、私が提唱しているのは、公文書やレポートにおける男女比の記述において「女性割合」という表記をやめ、「異性割合」にしよう、という働きかけです。この言葉には「女性がマイノリティである」という無意識の前提が隠されていますし、同時に男性マイノリティの存在が透明化されてしまうからです。
身の回りにある日常的な意識を見直して、必要であれば声を上げ、言われた側はちゃんと耳を傾ける。そうやってあちこちに生じている偏りをなくしていくことが、ゆくゆくは看護師だけでなく、あらゆる職業におけるジェンダーの壁を取り払うことにつながっていくのではないでしょうか。
坪田さん(左)と秋吉さんは、互いの団体で連携を取りながら男性看護師が活躍できる環境づくりに務める
編集後記
なぜ男性看護師が増えないのか、というテーマを掘り下げる中で、社会に根づくジェンダーバイアスに直面させられました。
男性患者が女性看護師の指導を聞き入れない、という事例は「性別」がときに無視できない影響力を持つことを物語っています。また上司や同僚の女性が男性看護師のからだを触ることがある、というエピソードも、もし男女の立場が逆であったら大問題になるはずで、マイノリティ男性の声がもっと伝われば、と感じました。
長年「女性の仕事」と扱われてきた看護業界に男性が増えることは、従来の固定概念に縛られない新しい看護の在り方の芽生えも感じさせます。男女という性別ではなく、個々の能力や適性、患者さんのニーズなどに基づいた役割分担が行われるようになれば、ケアの質が「適材適所」となって向上していく可能性があります。
坪田さんや秋吉さんのような男性マイノリティが変革に取り組むことは、男性看護師の増加という事象にとどまらず、他の分野におけるジェンダーロールの固定概念を打破する波及効果をもたらすかもしれません。
それは、私たち一人一人が無意識のバイアスの存在に気づき、より公平で多様性に富んだ社会を築くための重要な一歩になるような気がします。
撮影:十河英三郎
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〈プロフィール〉
坪田康佑(つぼた・こうすけ)
看護師。一般社団法人日本男性看護師会の発起人。2005年慶應義塾大学看護医療学部第1期卒業。米国Canisius大学MBAを取得。男性看護師の地位向上を図るための政策提言をはじめ、男性看護師を取りまく社会課題の解決を目指して取り組んでいる。また、看護師視点のものづくり支援や訪問看護事業承継支援などパラレルナースとして活動する。
一般社団法人日本男性看護師会 公式サイト(外部リンク)
秋吉崇博(あきよし・たかひろ)
看護師。一般社団法人Nurse-Menの代表。救急医療の分野で10年以上、看護師として勤務。看護師が生きやすい世の中をつくり、看護学生を含め「看護師になって良かった、一生看護師でいたい」と思われるような職業にすることを目的に同法人を設立。男性看護師の認知度向上のほかキャリアパスの拡大を目指す。
一般社団法人Nurse-Men 公式サイト(外部リンク)