家族の形の変化が及ぼす影響

筆者はかつて東京圏をめぐる人口移動と家族形成行動との関係を研究し、1960〜70年代生まれ以降の世代において、子どもが親との同居を選択しなくなるという形で直系家族制規範に基づく家族形成がなされなくなっていることを明らかにしました(丸山[2018])。

今回の分析対象となったミドル期人口の中心は、それらの世代であり、その新しい家族形成行動の典型的集団が東京区部に転入する東京圏外出身者ではないかと考えます。直系家族制規範に関する議論は森岡説や落合説、大江説などあり、直系家族制規範の変容については見解が分かれていますが、いずれの説も戦後の核家族に新たな家族形成規範が生まれなかったという点は一致しています。

そのような明確な家族形成規範を持たない世代の家族形成の1つの帰結が、生殖家族を持たなかったり、その形成を遅らせたりすることによるシングル化と考えることができるでしょう。

地方圏出身で東京区部に転入する者は、相対的に伝統的な規範意識の強い場で定位家族期を過ごしており、そうした規範意識の中でも、男尊女卑や性別役割分業といった負の側面からの逃避という意味が、地方圏から東京区部への移動により強く込められるようになったのではないでしょうか。そうした移動をする者の心の内にあるものは、画一性からの脱却と多様性への渇望であり、そうした考えを許容する環境が地方圏よりも大都市圏にあるという希望があるのだと思います。

ただし、そうした許容の大きさはあくまでも相対的な大きさでしかなく、近年のセクシャルマイノリティや同性婚等の議論をみても、大都市圏のそれは十分な水準に達しているとはいえません。それでも地方圏に比べて“まし”であるならば、多様化するシングルの生活実態に呼応して、東京圏や東京区部への人口転入は継続することになるのだと考えられます。

ミドル期シングルが増える東京区部は、これからどのように変容していくのでしょうか。本稿の分析結果から考えられる方向性を示してみたいと思います。

(広告の後にも続きます)

ミドルシングルの国:東京の未来

将来的に家族を持たず、社会的に孤立しやすいミドル期シングルのさらなる増加は確実であり、その一部は非正規雇用による不安定な経済状況に置かれ、新たなアンダークラスを形成する可能性があります。

新宿区はミドル期シングルの生活実態を調査し、それに基づいて経済的安定度と社会的孤立リスクの高低によってシングルを4つに分類する視点を提示しているのですが(新宿区新宿自治創造研究所[2016])、そのうち「生活不安群」は経済的安定度と社会的孤立リスクの一方が低く、もう一方が高い分類であり、一見すると生活に支障がないように見えて潜在的なリスクを有しており、何かのきっかけでたやすく両方の要素が低い「生活困窮群」に移行してしまう恐れがあります。

将来的に増加が確実視されるミドル期シングルの多くが生活不安群となり、薄氷の生活を送る者が集住する場へと東京区部は変わっていくのかもしれません。ただし、東京区部あるいは東京都のミドル期シングルは、東京圏外出身者よりも東京圏内出身者が多くなってきており、将来的な増加も後者を中心とするものとなると考えられます。

これは従前と比較すると、親との地理的な距離の近いミドル期シングルが増加するということを意味するため、マクロ的にみて社会的孤立リスクが今よりも低下することにつながるかもしれません。また、ミドル期および高齢シングルが増加することをポジティブに捉え、シングル向けの各種サービスを官民共同で創設することができれば、東京区部がシングルフレンドリーな場になる可能性もあるでしょう。

結婚を選択せず、積極的にシングルであることを選択する自由を享受できる場となれば、その成立過程で多様性を深く広く許容する社会になっていくでしょうし、それがさらなる東京圏内出身者のシングル化、東京圏外出身のシングルの転入の増加につながるかもしれません。いずれにせよミドル期シングルが増加していくことは確実であり、東京区部は常にシングルがもたらす新たな社会課題に対する答えを模索する場となっていくと思われます。

宮本 みち子

放送大学・千葉大学

名誉教授