「恫喝」訴訟で“敗訴”…石丸伸二前安芸高田市長の「個人責任の追及」は認められる?

東京都知事選挙で2位の票数を獲得し話題となった前広島県安芸高田市長の石丸伸二氏は、市長在任中の市議会議員に対する「名誉毀損発言」を理由として、その議員から損害賠償を求める訴えを提訴されていた。この訴訟は安芸高田市と石丸氏を被告とするものだったが、7月3日、広島高裁は一審に続き、安芸高田市にのみ、33万円の損害賠償を命じる判決を言い渡した。

なぜ、判決で石丸氏の個人責任が認められなかったのか。また、安芸高田市が石丸氏の個人責任を追及する方法があるのか。

石丸氏についての名誉毀損事件の概要とこれまでの経緯

石丸氏は2020年に市議会内で、SNSでY議員から「議会を敵に回すと政策が通らなくなる」などと恫喝されたと発言し、かつ、同内容についてSNSに「敵に回すなら政策に反対するぞ、と説得?恫喝?あり」など複数回の投稿を行った。

これに対し、Y議員は、石丸氏の発言・投稿内容が虚偽であり名誉を傷つけられたなどとし、安芸高田市と石丸氏個人の両方に対し、損害賠償請求を求めて訴えを提起した。

なお、市と石丸氏個人に対する損害賠償請求の法的根拠はそれぞれ異なる。市に対しては国家賠償請求(国家賠償法1条1項)、石丸氏個人に対しては不法行為に基づく損害賠償請求権である(民法709条、710条)。

一審の広島地裁は、石丸氏の発言・投稿について、「原告(Y議員)が本件発言をしたとの事実は、真実であるとは認められず、真実であると信ずるにつき相当の理由も認められない」と断じ、Y議員に対する名誉毀損にあたることを認め、安芸高田市に33万円の損害賠償の支払いを命じた。一方で、石丸氏個人の損害賠償責任は否定した。そして、二審の広島高裁も一審の判決を支持した。

安芸高田市は上告しないことを明らかにしている。

他方で石丸氏は市の補助参加人という立場で上告受理の申立てを行っている(民事訴訟法42条、45条、318条参照)。ただし、上告受理申立てが認められるのは、最高裁の判例に違反した場合、または法令の解釈に関する重要問題がある場合に限られており、一審・二審による名誉毀損の事実認定を覆すのは不可能とみられる(同318条1項参照)。

裁判所が“石丸氏個人への損害賠償請求”を認めなかった「本当の理由」

一審判決も二審判決も、石丸氏の行為が名誉毀損にあたると明確に判示している。にもかかわらず、なぜ、石丸氏個人に対する損害賠償請求が認められなかったのか。


広島地裁・高裁が入っている庁舎(kazukiatuko/PIXTA)

一審判決は、石丸氏個人への責任追及を否定する根拠として、公務員の職務行為に基づく損害について個人の損害賠償責任を否定した最高裁の判例(最高裁昭和30年4月19日判決)を引用している。

公務員個人の損害賠償責任はなぜ認められないのか。国分寺市議会議員を3期10年にわたり務め、行政法と地方自治法に詳しい三葛敦志(みかつら あつし)弁護士に聞いた。

三葛弁護士:「公務員個人への損害賠償請求ができるとなると、公務員に萎縮効果を与えるからです。公務の判断をしやすくするためです。

新奇性のある政策や、賛否がある政策を実行した場合に、その度に訴訟を起こされて個人の賠償責任を追及されるとなると、政治的な判断も非常にしにくくなります。

民主主義の下では、選挙の結果などによって、政策をめぐる状況ががらりと変わることがあります。風向きが変わったからといって、個人として責任を追及されることになるのは、公務員にとってきわめて過酷です。

したがって、国家賠償法は、その公務員が属する行政主体(国、地方公共団体)にのみ損害賠償責任を負わせる趣旨だと考えられています。

一方で、判断した公務員を特定できなくても行政主体を被告とすることで責任追及が可能と言う点はメリットでもあります」

なお、SNS等で石丸氏を擁護する意見のなかに、石丸氏個人の損害賠償責任が認められなかった点をことさらに指摘するものが散見される。しかし、石丸氏が個人として賠償責任を負わない理由は、石丸氏に落ち度がなかったからではない。

判決において、石丸氏が名誉毀損発言を行った事実も、発言の違法性(石丸氏の発言が真実でなく、かつ、真実と信じたことについて相当な理由もないこと)も、明確に認定されている。

石丸氏個人に対する請求が退けられた理由は、三葛弁護士が指摘するように、単に法律の解釈上、公務員の個人責任の追及が認められていないからにすぎない。

安芸高田市が石丸氏個人に「求償」をする可能性

上述の通り、判例に従う限り、石丸氏は個人として損害賠償責任を負うことはない。ただし、国家賠償法上、安芸高田市が損害賠償を支払った場合、石丸氏に「故意または重大な過失」があれば、同市は石丸氏に対し「求償」を行うことができる(国家賠償法1条2項参照)。

三葛弁護士:「石丸氏が『恫喝した』と表現したのは、Y議員の発言に対する評価なので、まず、Y議員が実際に恫喝にあたる発言をしたという事実の有無が問題となります。

本件では、石丸氏はありもしないことをあったと言った、つまりY議員が恫喝にあたる発言をしていないにもかかわらず、その発言があったと言ったと認定されています。

したがって、次に、石丸氏に、Y議員の恫喝発言があったと誤信したことにつき故意または重大な過失が認められるかが問題となります」

本件で、石丸氏に「故意または重大な過失」が認められるか。

三葛弁護士:「『故意』まではわかりませんが、『重大な過失』が認められる可能性は十分に考えられます。

石丸氏には、仮に故意がなかったとしても、少なくとも認識の誤りがあったといえます。したがって、その点が軽過失にとどまるのか、それとも重過失なのかが問題となります。

過失の有無と程度は、一般人を基準に判断されます。

本件では、Y議員が恫喝発言を行ったと主張しているのは石丸氏のみです。また、その他に恫喝発言を裏付ける証拠も認められていません。

つまり、一般人を基準とすれば、その場で恫喝発言が行われたと誤信する余地が乏しかったことを意味します。

にもかかわらず石丸氏は、Y議員の恫喝発言があったと誤信し、その誤信に基づいてY議員の名誉を毀損する発言や投稿を行ってしまったということで、重過失が認められる余地は十分に考えられます」

SNSに投稿する前に「考える時間」があった

三葛弁護士は、石丸氏が議場での発言にとどまらずSNSに投稿したことも、重過失を裏付ける根拠となりうるという。

三葛弁護士:「SNSに投稿する場合には、文章を組み立てるプロセスがあります。

そのときに、自分が認識を誤った可能性はないか、もし投稿を行ったら名誉毀損にあたるのではないか、といったことを十分に吟味できたはずです。

スタッフに相談することもできたはずですし、場合によっては、私のような弁護士に相談することも可能だったはずです。

にもかかわらず、それをせずにSNSへの投稿に及んでしまったことは、重過失を認定する要素となりえます」

今後、考えられる展開は?

編集部では8月2日、安芸高田市に対し、判決が確定して同市がY議員に賠償金を支払った場合に石丸氏に対する求償権を行使する予定があるか否かについて、問い合わせと藤本悦志市長への取材の申し入れを行った。しかし、今日までに回答は得られなかった。

石丸氏については本件とは別に、選挙ポスターを印刷した業者に代金を支払わなかったということで、業者から民事訴訟が提起された。石丸氏は一審で敗訴した後、最高裁まで争い、その結果、敗訴判決が確定している。

もし、安芸高田市が石丸氏個人に求償を求めて訴訟を提起した場合、同様の展開になる可能性が考えられる。

三葛弁護士:「石丸氏個人に対する求償権が認められる余地が十分あるとしても、実際に市が求償権を行使するかどうかは別の問題です。

石丸氏との関係をこれ以上持ちたくない、メディアや多くの方から注目を集めることが必然的に予想されるため、場外乱闘のようになるのは望ましくないという判断の下、求償のための訴訟を避け、Y議員に賠償金33万円を支払って終わりにすることは十分に考えられます。

ただし、その不作為に対し、住民監査請求(地方自治法242条)・住民訴訟(同242条の2)が行われることもありえます」