データ越しに顧客とコミュニケーションをとることが当たり前になった現代。多様なニーズやそれに見合う経営戦略のために、顧客とコミュニティを形成し一種のファンダムのような状態を目指す「コミュニティドリブン経営」が注目を集めています。本記事では『コミュニティドリブン経営 ファン起点で広げるビジネスの新潮流/著者:小父内信也氏』(幻冬舎)より一部抜粋し、株式会社SUBARUのコミュニティ活用術を対談形式でご紹介します。

顧客理解の促進を目的に、いち早くCDPを導入

小父内 SUBARUさんと聞いて、まず浮かぶイメージは「安全・安心な車」と答える方も多いのではないでしょうか。そんな多くのお客様から信頼されているSUBARUの安室さんにお話を伺いたいと思います。まずは御社の企業概要を教えてください。

安室 株式会社SUBARUは元々、中島飛行機という飛行機を製造する会社でした。中島飛行機の時代から脈々と受け継がれる安全性を大事にした車づくりをしている会社です。今では売上の9割が自動車ですが、現在も航空宇宙事業を一部展開しています。

小父内 安室さんの自己紹介をお願いします。

安室 私は2008年5月に中途入社し、入社後は東京スバル株式会社の府中店に出向し、セールスとして3年半ほど勤務しました。その後、株式会社SUBARUに戻って宣伝課に配属されました。週末は何かしらのオフラインイベントに出張するような日々を送っていましたね。

小父内 お客様と非常に近い距離で仕事をされていたのですね。

安室 そうですね。目の前にお客様がいたのでダイレクトに反応が見えるのはとても楽しかったです。その後、Web担当者になることが決まりました。今までのお客様が近くにいる業務とは異なり、目の前にはデータしかないような環境でした。そのため、顧客理解を深めるために2016年7月に「CDP※」を導入し、定量・定性の両面からアプローチしていきました。

※ CDP:カスタマー・データ・プラットフォームの略。自社の顧客情報を集約・統合するデータベースのこと

小父内 CDPを導入されたタイミングがすごく早いですよね。先駆者と言ってもいいかもしれません。その当時は業界でもデータを使っている人は少なかったのではないでしょうか。

安室 少なかったですね。当時は「ビッグデータ元年」と言われていたような頃でしたし、データの重要性に気付いている人は多くなかったかもしれません。

小父内 それまではオフラインでお客様の反応が見えていました。一方で、表情の見えないデジタルデータを扱う必要があることは、会社としても課題になっていたのでしょうか?

安室 正直にお伝えすると、当時は会社としての課題にはなっていませんでした。そのため、私自身が社内で発信し続けて、その必要性を訴えていましたね。役員に説明して回ったのですが、後回しにされることも多く、その必要性を理解してくれる役員は多くはありませんでした。

小父内 役員の方にまで説明に行かれたとは、すごい行動力ですね。その背景には、危機感があったのでしょうか?

安室 危機感というよりも、好奇心かもしれないですね。お客様のことを知りたいという気持ちもありましたし、自分が取り組んだマーケティング施策の効果が気になったということもあります。オフラインのイベントであれば、目の前でお客様の反応が見られるので手応えを得られやすいのですが、デジタル施策はお客様の反応が集計されたCV数(最終的なアクション)でしかわかりません。そのため、自分の中で知りたいという好奇心が行動につながったのだと思います。

小父内 好奇心が原動力になっていたというのはとても面白いですね。ただ、やるからにはちゃんとロジカルに説明していく必要があったと思います。どのような経緯で、最終的にGOが出たのでしょうか?

安室 アクションを起こし続けた結果、とにかくまずはやってみようとなり、2016年7月からWebログの取得を始め、2017年2月にはオーナー向けに制作した「マイスバル」というアプリと統合しました。実際の顧客情報や車両情報ともつなげることができたのは我々にとっても大きな出来事でした。

小父内 データを活用して、お客様の実態をオフラインだけでなく、オンライン上でもしっかりと把握していく。それが、すべての始まりだったのですね。

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「新規顧客獲得」と「顧客のロイヤル化」を重視

小父内 社会的背景として少子高齢化や若者の自動車離れなどもありますが、SUBARUさん全体のマーケティング戦略とはどのようなものなのでしょうか?

安室 前提として、大手自動車メーカーと我々の戦い方は違います。少子高齢化や若者の自動車離れなどの影響を受けやすいのは大手自動車メーカーのほうです。たとえばトヨタ自動車を例に挙げると、販売台数も店舗数も働いている人数もSUBARUの10倍以上の規模があります。SUBARUの自動車シェアはグローバルで見ると1%、国内だと4%程度です。

そのため、我々にとって重要なのは「アクイジション」(新規顧客を獲得すること)です。SUBARUを愛している人々の愛称として「スバリスト」という言葉がありますが、たしかに一部のお客様はずっとSUBARUの自動車を購入し続けてくれており、非常に目立つ存在となっています。

しかし、SUBARUに乗ったら全員が「スバリスト」になるわけではありません。そのため、なぜ「スバリスト」のようなロイヤル顧客が生まれるのかを徹底的に理解する必要がありました。

いくつかの仮説を立てた上でお客様にヒアリングしながらデータを集めていきました。そのうちのひとつが長距離を運転するとSUBARUの良さがわかるというものです。SUBARUは低重心で、ステアリングの遊びがそれほど多くないことから長距離を運転しても肩が凝らないような構造になっています。

実際にデータを見比べると、2台以上乗り換えていただいているお客様とそうでないお客様とでは走行距離が全然違うのです。そのことからも、長距離を運転するお客様はロイヤル化するということが判明しました。実際に都内から九州まで運転したお客様から「全然疲れなかった」という声をいただいたこともあります。他にも来店頻度が高いお客様がロイヤル化する傾向が高いことも分かっています。

小父内 走行距離が伸びると、ロイヤル化するというのは、面白いですね。なぜ、来店頻度が高くなると、ロイヤル化しやすくなるのですか?

安室 来店頻度が高いお客様は車に対する愛着が強く、たとえばコーティングを追加したり、新しいパーツをつけたりするケースが多いですね。お店に来ていただく頻度が高くなると、店舗との結びつきが強くなりますし、さらに車に対する愛着が湧き、どんどんロイヤル化していきます。次の乗り換え時にもSUBARU車を選んでくれる人が多いですね。

小父内 ブランドとの接触が増えると、ロイヤルティも向上しやすいのですね。

安室 そのような顧客理解を定量と定性の両面から進めていきましたが、その中で見えてきたのが安全性です。SUBARU車を購入した方で、次にSUBARU車を選ばないお客様はSUBARU車の安全性を正しく認知していない場合が多いです。

それもそのはずで、SUBARUの車に搭載されている、主に先行車への追突の回避支援を行う「プリクラッシュブレーキ」という機能は本来使われないほうがいいんですよね。その一方で、不幸にも事故に遭われたお客様はSUBARU車の安全性を実感し、SUBARU車以外は買いたくないということをおっしゃる方もいます。

小父内 たしかに「安全性」は体感しづらい性能のひとつですよね。そのなかで、お客様は車を購入するときにどのようなポイントを重視しているのでしょうか?

安室 実際に車の購入を検討している方に重要視しているポイントを聞くと、デザインや機能性などを挙げられる方もいますが、安全性を挙げられる方も多くいます。ですが、安全性の高い車と聞いてSUBARUをイメージしていただけないお客様もまだまだ多いのが現状です。最近ではテレビCMなどを通して発信はしているのですが、やはり安全性を訴求することがロイヤル化につながるし、新規顧客の獲得にもつながるということが分かってきました。

SUBARUの店舗では車の試乗の際、お客様に「プリクラッシュブレーキ」を体験していただくことができます。試乗で実際にその体験ができるのはSUBARUだけです。その試乗がきっかけで、SUBARU車の購入を決めてくださる方も数多くいらっしゃいます。これは私たちにしかできない強みだと考えています。

小父内 体験を通して、真のSUBARUさんの価値に気付くわけですね。他にも、安全性へのこだわりがあれば、ぜひ教えてください。

安室 すべての車種ではないですが、「エクシーガ」という車種では左側のドアミラーが1センチだけ前に出ています。特に女性に多いのですが、内輪差で障害物にぶつけてしまうケースがあります。そのような事故をなくすために、左側のドアミラーを1センチ前に出すことで運転席からの死角をなくしています。

小父内 1センチへのこだわりは、そのまま安全性へのこだわりですよね。そこまで運転する人のことを考え抜いているからこそ、体験すると大きな驚きに包まれるのでしょうね。