将来に不安を抱えているミドル・シニア世代が、充実したセカンドライフを過ごすために積極的な「学び直し」がいま熱い!
元内閣官房参与・髙橋洋一氏は、「退職金で悠々自適に生活するにしても、余剰資産を運用してお金を増やすにしても、年金だけで細々とやっていくにしても、どんな状況でも経済に関する知識が欠かせない。」と言う。
本記事は『60歳からの知っておくべき経済学』の一部を再編集してお送りする。
◆国の財政分析においては資産と負債の両方に着目しなければならない
統合政府BSを分析すれば、国の財政状況を把握できる。従来の財政分析では負債だけに注目することが多かったが、実際には資産と負債の両方をみることが必要だ。
これと同じ趣旨のIMFのレポートがある。2018年に公表された「IMF FiscalMonitor,October 2018:Managing Public Wealth」だ。
そこで、統合政府BSの分析が財政状況を的確に評価するために重要だと指摘されている。当時、このレポートは日本ではあまり報じられず、海外メディアでの注目度のほうが高かった。
◆1990年代中ごろ当時、日本の財政分析は世界最先端だった
1990年代中ごろ、筆者がまだ大蔵省にいた時期の話だが、統合政府BSの作成に取り組んでいた。当時はまだ、米国をはじめほかの国々では、BSによる国の財政評価がほとんど手つかずの状況だった。
当時、日本の統合政府BSは世界最先端だったが、その存在は長らく公表されなかった。なぜなら、すでにその時点で大蔵省は、BSの負債部分だけを都合よく公表して、「国の借金が多い」という世論を形成していた。
そんな状況下で、資産部分も付け加えて公表してしまうと、それまでの話と矛盾が生じてしまうからだ。
◆利払い問題は、同等の資産からの金利収入で解決できる
その後、2000年代に入り、小泉政権下で公表する動きになった。世界各国でも統合政府BSの作成が進み、データも蓄積され、ようやくIMFでも研究が可能になった。
IMFのレポートでは、一般政府と公的部門のBSが主に分析されている。一般政府は中央政府と地方政府を合わせた概念で、公的部門は日銀を含む公的機関を加えたものだ。
レポートには、世界各国の中央銀行を含むBSのネット資産対GDP比が示されている。それによれば、日本の公的部門のネット資産対GDP比はほぼゼロだ。
こうした事実から導かれる結論は、大きな借金を抱えた利払い問題は、同等の大きさの資産を持っていれば、資産からの金利収入で解決できるということだ。
またレポートには、日銀を含まない政府単体のBSのネット資産対GDP比も示されている。ここでも日本は若干マイナスだが、ギリシャやイタリアと比較しても、それほど悪くない数字だった。
◆海外の専門家は知っていた、日本の財政赤字の大部分が無効化されている事実
この調査の結果、ネット資産は単純に赤字国債を発行するだけだと減少してしまうが、研究開発費など投資に回せば減少しないことがわかった。
一般政府の純資産対GDP比と、前項で説明した、その国の信用度を表すCDSレートにはかなりの相関がある。ここから筆者は、日本が5年以内に破綻する確率は1%未満だと結論づけたわけだが、日本のネット資産がほぼゼロであることと整合している。
こうした話は、海外の専門家も同様に認識していた。彼らは、日本の財政赤字の大部分は無効化されていると指摘していたが、日本の経済・財政学者は、海外の専門家の認識が誤っていると主張していた。
◆財政破綻の可能性を理由に実行されてきた愚策の数々
さらには、財政破綻の可能性を理由に、これまで政府によって様々な愚策が実行されてきた。その一例が消費増税だ。
しかし、統合政府BSが公表されたことで、最近はその論法も使えなくなったようだ。代わりに、将来の年金や社会保障のために増税する、という別な言い方がされるようになってきた。
財政破綻論者は、消費増税に積極的だったり、財政再建を主張したり、インフレ目標を否定したりする立場をとることが多い。しかし、社会保障の財源として消費税を設定することは、少なくとも税理論や社会保障論からみても不適切だというのは明白だ。
◆債務の増加による財政再建の必要性を説く“根拠”として扱われた論文があった
債務が増えると経済成長の足かせになると指摘した、ある有名な論文がある。
それは2010年、ハーバード大学のカーメン・ラインハート教授とケネス・ロゴフ教授が発表した公的債務に関する研究だ。
その論文では、国の公的債務残高がGDP比で90%になると、平均実質成長率がマイナス0.1%になるという結論が導き出されていた。この「90%」という数字が独り歩きして、緊縮財政の論拠としてたびたび使われるようになった。
IMFをはじめ国際機関でもこの論文は重宝され、財政再建の必要性を説く根拠として扱われた。しかし、経済学者の間では異論が出ていた。
◆借金の大きさと経済成長率は無関係
プリンストン大学のポール・クルーグマン教授(当時)は、公的債務が増えると経済成長が低下するのではなく、むしろ経済成長が低下することで公的債務が増えると指摘した。
また、イタリアと日本を除く主要国首脳会議(G7)各国の、公的債務残高対GDP比と実質成長率には相関関係がないことも示した。
議論の焦点は、果たして公的債務がGDP比で90%になると平均実質成長率がマイナス0.1%になるのか、また公的債務が増えると実質成長率が低下するという因果関係があるのかの二つだった。
◆公的債務残高対GDP比を用いて、国の経済成長率について論じるのは、ほとんど意味のないこと
例えば、マサチューセッツ工科大学の研究では、実際の平均実質成長率は2.2%で、ラインハート/ロゴフ論文の数字に誤りがあると指摘された。しかも、一部のデータが意図的に除外された疑いも示唆していた。
因果関係については、筆者もかつて分析したことがある。1971年以降の日本、イタリア、ドイツ、フランス、米国などの17カ国について、実質GDP成長率と公的債務残高対GDP比の相関係数を計算したところ、結果はマイナス0.19だった(図f-1)。
相関係数は、0以上0.2未満で相関がほとんどないことを示し、0.2以上0.4未満なら弱い相関、0.4以上0.7未満では中程度の相関、0.7以上では強い相関があると考えるのが一般的だ。
相関係数がマイナス0.19というのは、実質GDP成長率と公的債務残高対GDP比にはほとんど相関がなく、因果関係もないことを示している。
イタリアと日本にはわずかに相関がありそうだったので、その2カ国を除いた15カ国で再び統計処理をしてみると、相関係数はマイナス0.11まで低下した(図f-2)。つまり、公的債務残高対GDP比を用いて、国の経済成長率について論じるのは、ほとんど意味のないことがわかった。
◆政府資産を売却せずに増税や緊縮政策を行うことによって経済成長が阻害される
前述のラインハート/ロゴフ論文の誤りが指摘されたことで、緊縮財政の機運はやや和らいだ。しかし、消費増税を見送ると財政再建が遅れるという考えに固執する、増税派の経済学者はまだ日本には多い。
なぜ、彼らはそこまで消費増税にこだわるのか。その答えは、増税派が「横断性条件」という経済モデルにとらわれていて、それを根拠にしているからだ。
横断性条件とは、統計学や計量経済学の文脈で使用される概念で、横断データの解釈や分析に関する数式表現であるが、説明するのは難しい。
簡単にいえば、「将来の国債残高を目立たないレベルにするため、国債を基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化で完済しなければならない」と増税派は解釈しているということだ。
しかし、この解釈には注意が必要だ。まず国債残高を目立たないレベルにまで減らすことが目的なら、別にプライマリーバランスを黒字化する必要はない。中央銀行が量的緩和で国債を保有することで、国債残高を減らせるからだ。
◆政府資産の売却もプライマリーバランスの改善策
もっとも、プライマリーバランスを改善したいのであれば、政府の保有資産を売却するのも一つの手段だ。
しかし、彼らは頑なにそれをしようとしない。どの国でも財政が危なくなると、まずは資産の売却を考えるのが当たり前なのに、だ。
政府資産を売却せずに増税や緊縮政策を行い、それによって経済成長が阻害されれば税収が伸びず、かえってプライマリーバランスを悪化させる可能性が高い。
図f-3のように、プライマリーバランスと前年の名目GDP成長率の関係を調べてみると、両者は密接に連動していることがわかる。
名目GDP成長率が伸びなくなると、財政も改善できなくなってしまうのだ。
文/髙橋洋一 構成/日刊SPA!編集部
【髙橋洋一】
1955年東京都生まれ。数量政策学者。嘉悦大学ビジネス創造学部教授、株式会社政策工房代表取締役会長。東京大学理学部数学科・経済学部経済学科卒業。博士(政策研究)。1980年に大蔵省(現・財務省)入省。大蔵省理財局資金企画室長、プリンストン大学客員研究員、内閣府参事官(経済財政諮問会議特命室)、内閣参事官(内閣総務官室)等を歴任。小泉内閣・第一次安倍内閣ではブレーンとして活躍。「霞が関埋蔵金」の公表や「ふるさと納税」「ねんきん定期便」などの政策を提案。2008年退官。菅義偉内閣では内閣官房参与を務めた。『さらば財務省!』(講談社)で第17回山本七平賞受賞。その他にも、著書、ベストセラー多数。YouTube「髙橋洋一チャンネル」の登録者数は112万人を超える。