「ラッコやイルカ」とは違った魅力が。“国際的にも希少”な海獣マナティーの“楽しみ方”

鳥羽水族館といえばラッコだけではありません。もう一頭の隠れた主役が静かに存在感を放っています。それが、アフリカマナティー。日本で見られるのは鳥羽水族館だけだったのです。

しかし、2024年7月27日、悲しいニュースが……。ペアで暮らしてきた2頭のうち、1頭が永遠の眠りについたのです。

◆知名度こそ高くはないが、ファンは少なくない

ラッコやイルカなどに比べ、マナティーの知名度は高くありません。しかし、マナティーをひたむきに愛し続けるファンは少なくありません。

その魅力はでっかい体と、のんびりとした動きでしょう。最大で体重が1500kgに達する個体も確認されています。たとえるなら、小型のクルマほどのサイズです。観察していると、あれ……、陸上動物のゾウに見えてくるではありませんか!

それもそのはず、マナティーはゾウと親戚のような関係なのです。マナティーとゾウは、進化の過程で共通の祖先から分かれました。約5000万年前、ゾウの祖先は陸上で生活するようになり、マナティーの祖先は水中で生活するようになりました。その証拠に、マナティーの前あしは水中生活に適したヒレ状で、ゾウのような爪がわずかに残る種もあります。

マナティーには3つの種があります。アマゾン川流域に生息するアマゾンマナティー、西アフリカの沿岸や河川に生息するアフリカマナティー、北米、中米、カリブ海、南米北部の沿岸や河川に生息するニシインドマナティーです。ニシインドマナティーはさらに、アメリカマナティー(フロリダマナティー)、アンティリアンマナティーと、2つの亜種(種より細かい分類)に分かれます。

◆名前の由来は「はるかかなた」遠くから来たから

鳥羽水族館のアフリカマナティー展示は、1996年にはじまりました。ギニアビサウというアフリカの「はるかかなた」遠くから来たことにちなんで、メスに「はるか」、オスに「かなた」の愛称が付けられました。

2010年、メスの「みらい」が仲間入りし、3頭になりました。

しかし、2014年にはるかが死亡し、かなたとみらいのペアで過ごしてきましたが、このほどかなたも永眠しました。野生由来なので、かなたの年齢は不明ですが、来館時すでに大人だったと考えられています。仮に1996年の来館時にかなたが最低でも2歳であったとすると、2024年死亡時、少なくとも30歳以上であったことになります。

◆「みらい」は日本唯一のアフリカマナティーに

筆者は最近、『ラッコBOOK』という本を書き、鳥羽水族館の飼育員だった道瀬忠利さんに写真を撮ってもらいました。「かなたが痩せちゃって心配ですね」「ラッコもそうですが、元気なうちにたくさん見ておかなければ」と盛り上がった翌月の死亡報告だったので、とても残念です。

国内1頭だけのアフリカマナティーとなった「みらい」は、2010年に来館時に2歳と推定され、2024年現在では推定16歳ということに。『海生哺乳類大全』(緑書房)では、「野生では最高齢17歳の個体が確認されて、飼育下では70年ほど生きる」と記載されています。まだまだ長生きしてくれることを願うばかりです!

◆魅力たっぷりのマナティー観察のコツ

マナティーの魅力を予習しておきましょう。

第一はなんといっても、ゆったりとした動きです。イルカのように素早く泳いだり、華麗にジャンプしたりすることはなく、またラッコのようにせかせかとグルーミングや食事にいそしむこともありません。

いつでもおっとり動き、安心感と包容力を漂わせ、姿を見ているだけで心が落ち着きます。この「スローライフ」を体現したような動きこそが、マナティーの最大の魅力の一つです。動きがスローすぎて体にコケが生えてしまうことがありますが、みらいは、水槽の壁や底に体をこすりつけてクリーニングする行動を見せることがあるそうです。知性と適応力を示す興味深い行動ですね。

次に、完全な草食動物であることです。あの巨大な体は、ほかの動物を捕食することなく、水草を含む水生植物だけを食べることで維持しています。水族館では牧草やキャベツなどをエサとして与えており、それらを前あしで持ち、口元に持っていき食べる様子も上品で優雅です。

これらの平和な習性が裏目に出て、生息地でボートのスクリューに巻き込まれてケガをすることもあります。特にアメリカ・フロリダ州で多くのマナティーが船との衝突で落命したことが報告されています。

前述の道瀬さんは、フロリダ州でマナティーのすむ泉に潜ったことがあるそうです。「人に傷つけられているのに怖がる様子を見せず、向こうから寄ってくるんです。好奇心旺盛で愛嬌があり、ヒゲもじゃで優しい顔が大好きです。かなたは若い頃は立派な体格でしたが、痩せてきたらナウシカのユパ様のようになり、私と似ているなんて言われていたんですよ」と思い出を語ってくれました。

◆マナティーの姿は「調和と共生の象徴」

何かと慌ただしい現代社会において、マナティーの姿は、ゆっくりと生きることの美しさを教えてくれるようです。大きな存在でありながら、他者と平和に共存しながら生きることの可能性を私たちに示してくれます。

そんなステキなマナティー、冒頭で紹介した3種を、日本にいながらにして全部見ることができるんですよ。

アフリカマナティーは鳥羽水族館(三重県)、アメリカマナティーは新屋島水族館(香川県)と、沖縄美ら海水族館(沖縄県)、アマゾンマナティーは熱川バナナワニ園(静岡県)で飼育されています。

国際的に見ても希少なので、多くの人に見ていただきたいところ。できれば全種!

<取材・文/ 木村悦子 写真提供/道瀬忠利>

【木村悦子】

フリーの編集者・ライター。出版社勤務後、編プロ「ミトシロ書房」を創業。実用書やガイドブックの企画・編集を行う傍らで、Webライターとしても活動。飲食・日本文化・占い・農業など、あらゆることに興味があるが、生き物が大好きすぎて本も書く。『日本で会えるペンギン全12種パーフェクトBOOK』、『ラッコBOOK』を執筆。