Manuel Balce Ceneta / AP Photo
合成麻薬MDMAがPTSD(心的外傷後ストレス障害)の患者に対する心理療法に有効だとして、アドボカシー団体がアメリカ食品医薬品局(FDA)に対して働きかけを行っていたが、今月9日、MDMAの使用は承認しないという判断が下された。
◆MDMA合法化ならず
MDMAは規制物質法(CSA)により、あらゆる状況による使用が禁止されるスケジュールIに分類されている。エクスタシーやモリーという名で知られ、いわゆるパーティードラッグとして違法に流通している。アメリカの麻薬取締局(DEA)のウェブサイトには、服用することで、抑制力を減らすとともに、幸福感、親近感、エンパシー、性的な感情を増幅させるために若者が使用していると記載されている。
今年に入って、ライコス・セラピューティクス社がPTSDの治療のためにMDMAを使用するため、新薬の申請手続きを進めた。ライコス社によると、アメリカでは年間1300万人がPTSDを抱えているという。2月にはFDAの優先審査が認められ、関係者の間ではMDMA合法化に対しての期待が高まっていた。
そして6月4日に、FDAの外部専門家からなる諮問委員会が開催された。委員11人のうち9人が、入手可能なデータはMDMAのPTSD患者への有効性を示していないと投票し、MDMAの便益がリスクを上回るかの判断については10人が反対を示した。
その後、ライコス社とFDAでのやり取りがあったようだが、今月9日にFDAはMDMAの合法化を承認しないという判断を下した。FDAは追加のフェーズ3試験(有効性を確認し、副作用を監視するための大規模な試験)を要求しているが、同社によると新たなフェーズ3試験には、さらに何年もの時間を要するもので、既存のデータや承認後要件、もしくは科学研究論文の参照という形で対応できるものだと主張した。
◆長年の研究と合法化に向けた働きかけ
ヴォックスは、アメリカにおけるMDMA研究は、アレクサンダー・“サーシャ”・シュルギンが70年代にカリフォルニアのベイエリアの研究室でMDMAを合成したことに遡るという。シュルギンは、MDMAが脳科学や心理学の研究に役立つと考えていたようだ。また、一緒に実験に取り組んでいた妻が、当時のレーガン大統領に信書を送り、MDMAが心理療法の効果を高めるとして、合法化を要請していた。
しかしながら、MDMAは医療における使用が認められることはなく、アンダーグラウンドの世界へと向かっていった。同時に、MDMAが脳への損傷をもたらすという間違った調査結果が発表されるなど、MDMAの医療における評価にダメージを与えた。
その後、シュルギンの友人のリック・ダブリンが、今回FDAへの新薬承認申請を行ったライコス社の産みの親的な存在である団体「サイケデリック研究のための学際的協会(Multidisciplinary Association for Psychedelic Studies:MAPS)」を立ち上げた。実験を進めるためには、通常の薬で治療するのが難しい病状を抱えており、かつ人々が同情するような患者のグループである必要があるとし、PTSDに苦しむ退役軍人をターゲットに設定した。
今回のFDAの判断で合法化の動きは「後退」となったが、FDA関係者によれば、サイケデリックドラッグ(幻覚剤)を使用した心理療法や、そのほかの心理療法における新たなイノベーションをもたらすような研究や新薬開発を促進し続けるとのことである。