Netflixが7月25日から配信しているオリジナルドラマ『地面師たち』(全7話)の人気が止まらない。同社のウイークリーの国内再生数ランキングでは8月3週(12日~18日)まで4週連続で1位。世界ランキングでも上位に入っている。このドラマはどうして現代人を惹き付けるのか? 理由に迫りたい。
◆昭和の初頭から小説、ドラマの題材に
まず、『地面師たち』は他人の土地を勝手に使い、架空の土地取引によって金を騙し取る詐欺集団の物語である。地面師は終戦直後から存在した。
地面師は世間にも紹介もされていた。裏社会を描くことを得意とした作家の梶山李之氏や淸水一行氏らが1950年代から小説化した。刑事ドラマの題材にもなっている。日本テレビによる刑事ドラマのルーツ『ダイヤル110番』で1959年に取り上げられた。サブタイトルはストレートに「地面師」だった。
小説やドラマになるのは面白いから。人は清く美しいものに惹かれるだけでなく、ダーティな世界にも好奇心をくすぐられる。詐欺師ら知能犯は特に人気がある。知恵で勝負し、暴力にはあまり頼らないからだろう。
◆知能犯をモデルにした作品はヒットしやすい
知能犯人気は古くからの世界的傾向だ。ロバート・レッドフォードとポール・ニューマンが詐欺師に扮し、マフィアの大物に一泡吹かせた映画『スティング』(1973年)が大ヒットしたのは広く知られるところ。この映画は評価も高く、アカデミー賞を7部門で受賞した。詐欺師の自伝をスティーヴン・スピルバーグが映画化した『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』(2002年)など実話ベースの作品も多い。リアリティが高まるなどのプラス面がある。
日本にも東大生らによるヤミ金融「光クラブ」が、1949年に破綻するまでをモデルにした高木彬光氏の小説『白昼の死角』(1959年)があり、ベストセラーになった。主人公・鶴岡七郎が法律の死角を突き、手形詐欺など働くらところが見せ場だった。1979年には映画とTBSの連続ドラマとなり、ヒットした。
◆メンバーの役割分担がドラマ向きだった『地面師たち』
地面師の場合、存在は知られているものの、詳しい手口はベールに包まれていたため、ドラマの題材としては格好だった。複数のメンバーがいて、役割が異なるところもドラマに向いていた。物語が単調にならずに済む。このドラマでのメンバーの役割分担はこうだ。
■リーダー・ハリソン山中(豊川悦司)。グループを組織し、詐欺を計画する。元暴力団幹部。バブル期には地上げ屋として名を馳せた。冷淡な人柄。
■交渉役・辻本拓海(綾野剛)。架空の土地取引の現場責任者。騙す相手たちとの交渉を行う。元不動産業。横浜で父親が経営していた零細不動産会社で営業をやっていた。人間を信じる気持ちを失っていない。
■法律屋・後藤義雄(ピエール瀧)。架空とはいえ土地取引には各種証明書や書類が必要になる。このため、不動産関係の法律に明るい人間が不可欠。後藤は元司法書士。言葉は荒々しい関西弁だが、妻子思いの一面もある。
■手配師・稲葉麗子(小池栄子)。本物の土地所有者になりすます人物を探す。仕事熱心。なりすましを依頼した人間への思いやりもある。
■ニンベン師・長井(染谷将太)。偽造屋とも呼ばれる。偽りの土地所有者の免許証やパスポートなど諸書類を片っ端から偽造する。長井は詐欺の現場に同席しないためか罪の意識は薄い。
■図面師・竹下(北村一輝)。詐欺のターゲットとなる土地の情報を入手する。本物の土地所有者の身辺調査も行う。薬物中毒者で気が荒い。
◆小説を原作にしたことで生まれた“遊び”
それぞれの役割が違うだけでなく、個性も異なるものに出来る。やはりドラマに向く。2010年代以降、地面師の存在に注目が集まりつつあったことも追い風になったに違いない。まずアパホテルの関連会社・アパが2013年、東京・赤坂2丁目にホテル用地377平方メートルを取得したところ、それが地面師の仕組んだ架空取引であることが分かり、話題になった。アパ側は12.6億円を騙しとられた。
2017年には積水ハウスが55億5000万円を騙し取られた。東京・西五反田2丁目に約2000平方メートルの土地を購入したはずが、詐欺だった。こちらも世間の関心を集めた。
リクルート出身の作家・新庄耕氏(40)が、積水ハウスの事件をモデルにした小説『地面師たち』を書いたのは2019年。このドラマの原作だ。それを大根仁氏(55)が脚本化し、監督した。原作がノンフィクションではなく、小説だったのも勝因の1つに違いない。原作がノンフィクションだと、事実と合わせることで平板化しかねない。物語に遊びの部分が設けにくくなる。
大根氏が脚本・監督を担当したのもヒットの理由だろう。大根氏はテレビ東京『モテキ』(2010年)などのコメディを撮る一方、フジテレビ系の社会派作品『エルピス-希望、あるいは災い-』(2022年)を監督した人。硬軟自在である。『地面師たち』も息を飲むようなシーンの中に、くすりとくる1コマが挿入されている。だから被害者が相次ぐ犯罪ドラマでありながら、観ていて気が滅入らない。大人向けのエンターテインメントに仕上がっている。
◆制作費は地上波の5倍。ドラマの質にも“穴”はない
ドラマの質を決めるのは「1に脚本、2に俳優、3に演出」である。このドラマの場合、一番大切な脚本が抜群である。説明的要素を入れなくてはならない第1回を除くと、目の離せない展開が続く。時間が過ぎるのを忘れる。予測はことごとく裏切られる。CMがない強みも生かされている。
レイティング(年齢制限)があり、視聴を16歳以上に限定しているのもヒットした理由だろう。レイティングがあるのは暴力シーンが多少含まれているためだが、アンダーグラウンドの世界を暴力抜きに表現するのは難しい。米国刑事ドラマも暴力シーンを含める代わりにレイティングを設けている。
豪華な出演陣も観る側を惹き付けているはず。主要キャストは全員、文句なしにうまい。地上波ドラマではマネできないだろう。Netflixの制作費は1時間当たり約1億5000万円なのに対し、地上波の1時間ドラマの制作費は約3000万円(プライム帯=午後7~同11時)に留まるからだ。Netflixの制作費は地上波の5倍。俳優のギャラに限っても数倍。だから本人と所属芸能事務所は大歓迎なのである。
脚本執筆にも手間と時間が掛けられる。また「こんな場所でも撮るのか」というシーンがいくつもある。さらに観ると分かるが、カメラの位置が頻繁に変わる。撮影と編集に十分な資金が使われているからだ。
『地面師たち』には穴がない。再生数はまだ伸びるだろう。
<文/高堀冬彦>
【高堀冬彦】
放送コラムニスト/ジャーナリスト 1964年生まれ。スポーツニッポン新聞の文化部専門委員(放送記者クラブ)、「サンデー毎日」編集次長などを経て2019年に独立。放送批評誌「GALAC」前編集委員