中小企業コンサルタントの不破聡と申します。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、「有名企業の知られざる一面」を掘り下げてお伝えしていきます。
富士急行の業績が回復しています。2024年3月期の売上高に当たる営業収益は、前期比18.1%増の507億円でした。3期連続の2桁増収という力強い回復ぶり。
主力の富士急ハイランドは12年ぶりの新作を投入して集客力を上げています。富士急行は次なる観光拠点として、箱根・熱海エリアに狙いを定めました。
◆主力事業はもちろん「富士急ハイランド」
2024年4-6月の営業収益は前年同期間比8.5%増の122億円。通期の営業収益は前期比5.5%増の535億円と予想しており、進捗率は22.8%。2024年の同期間の通期予想に対する進捗率と同じ水準。
2024年3月期は期首に営業収益を489億円と予想していましたが、実績はそれを3.7%上回る507億円で着地しています。今期も好調なスタートを切っていると言えるでしょう。4期連続の増収が見えてきました。
富士急行の営業収益のおよそ半分はレジャー・サービス業が占めています。2024年3月期の営業収益は前期比13.8%増の249億円でした。このうち、「富士急ハイランド」を主軸とする遊園地事業の営業収益は129億円。事業全体の半分、会社全体の4分の1を占める主力事業です。
◆新型アトラクション「ZOKKON」には45億円を投資
富士急行は2024年3月期に13億円近い減損損失を計上しています。そのうちの6億円は「ド・ドドンパ」の営業終了に伴う解体撤去費用など。
「ド・ドドンパ」は乗客が首の骨を折るなどの事故が発生し、国土交通省昇降機等事故調査部会による調査が行われていました。最終的には安全運行を確信できる手段を確保できないとの結論に至り、営業終了を決定しています。
このジェットコースターは、前身の「ドドンパ」を含めると930万人が利用した人気の絶叫マシン。2021年から営業停止をしていました。特別損失を計上することにはなったものの、遊園地の集客そのものへの影響は限定的だったようです。
2023年7月には45億円を投じたバイクライド型コースター「ZOKKON」をオープンしました。2006年7月に開業した「ええじゃないか」は搭乗者数が1000万人を突破するなど、コンテンツの層の厚さが最大の魅力となっています。
◆ターゲットを絞り込んで唯一無二のポジションを確立
富士急ハイランドは、絶叫マシンに強みを持つある意味ニッチなテーマパーク。マーケティング支援などを行うネオマーケティングは、テーマパークに関連するイメージ調査を行っています(「テーマパーク」の認識と想起に関する調査)。その中で利用したいと思うテーマパークをリサーチしており、富士急ハイランドは8.4%。
東京ディズニーランドが52.6%、USJが48.3%。東京ディズニーシーは34.6%、東京ディズニーリゾートが13.8%。富士急ハイランドはその次に続きます。
東京ディズニーリゾートとUSJは、ストーリー性や世界観を重視したテーマパーク。絶叫系の富士急ハイランドは、その2つと明確な差別化を図っています。利用したいとの意向が2桁を割り込んで低いのは、立地もさることながら絶叫マシンが苦手な人や小さな子供がいる家族に忌避されているためでしょう。
一方、ハウステンボスやナガシマスパーランド、ひらかたパーク、よみうりランド、ジブリパークなどの競合を抑えて優位に立っているところが、“絶叫特化”というニッチ市場に最適化した強さ。
しかし、これは弱みでもあります。ターゲットを絞り込んでいるため、大幅な市場拡大が見込めないためです。
◆リピート利用が限られるというテーマパークのジレンマ
三菱総研グループのエム・アール・アイ リサーチアソシエイツは、テーマパークの利用者に関する興味深い調査を行っています(「生活者市場予測システム(mif)調査レポート」)。東京ディズニーランド、USJ、富士急ハイランドで、過去1年間で1回以上利用した人の来園回数を調べたもの。それによると、3つのうちのどのテーマパークでも、年1回の利用者は65%程度、年2回が16%程度、年3回は9%程度と共通していたのです。
東京ディズニーランドのように認知度が高く、ファンが多いテーマパークや、富士急ハイランドのように絶叫マシン好きに支持される遊園地は、一見すると利用頻度が高いようにも感じます。しかし、実はどこもほとんど変わりません。
富士急ハイランドはニッチ市場に最適化して競合のテーマパークとの差別化に成功しました。しかし、母数を拡大することが難しいうえ、リピート回数を引き上げる施策も限られているのです。
外国人観光客による富士山の観光に注目が集まっており、インバウンド需要には期待できるかもしれません。ただ、富士急行は列車などの運輸業には外国人観光客の好影響が出ていると発表していますが、テーマパークには言及していません。ほとんど影響がないのでしょう。
そうなると、中長期的には富士急ハイランドの客数は横ばい、もしくは日本の人口減とともに微減する可能性が高いことになります。
◆大正時代から運航する芦ノ湖遊覧船を取得
富士急行は鉄道事業や不動産開発、ホテル運営などを行っています。グループ全体でシナジー効果を生み出し、収益拡大に努めなければなりません。
中期経営計画では、「箱根・熱海」エリアへの事業展開が注力する取り組みとして掲げられています。箱根エリアは小田急、東急、西武が激しくやりあった「箱根山戦争」で有名。富士急行は出遅れていました。しかし、近年は勢力を広げています。
2022年に伊豆箱根鉄道から十国峠のケーブルカー事業、2023年に芦ノ湖の遊覧船事業を取得しました。芦ノ湖遊覧船は1920年4月に開業したこのエリアを代表する観光事業の一つ。2024年2月に新型船「SORAKAZE(そらかぜ)」の運行をスタートさせ、新体制に移行したことを印象づけました。
箱根は2023年の観光客数が前年比12.4%増の1900万人となった人気の観光地。そのうち外国人観光客数は34万人。前年から8倍に急増しています。
観光客数はコロナ前を上回っており、インバウンド効果の恩恵を多いに受けています。富士急行にとって箱根エリアの本格進出は悲願とも言えるもの。今後の成長のカギを握っています。
<TEXT/不破聡>
【不破聡】
フリーライター。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、経済や金融に関連する記事を執筆中。得意領域は外食、ホテル、映画・ゲームなどエンターテインメント業界