中学校教諭「常軌を逸した」長時間労働で自死 遺族側の訴え認められるも…控訴した市側の「かなりひどい」言い分とは

茨城県古河市の市立中学校に勤務していた教諭が自殺したのは、当時の校長が注意義務に違反していたからだとして遺族が学校を運営する市を訴えている裁判の控訴審が、7月22日に東京高等裁判所(ウェブ上)で行われ、結審した。

一審で遺族の訴えが認められるも…市が控訴

2017年2月、古河市の市立中学校教諭で、当時40代だった男性Aさんが自殺した。遺族は、部活動の指導などで長時間労働や連続勤務を余儀なくされ、うつ病を発症したことが原因であり、当時の校長が注意義務に違反していたとして、古河市を相手に1億1160万円の賠償を求める訴えを起こした。

一審の水戸地裁下妻支部(渡辺力裁判長)は遺族の訴えを認め、今年2月14日に約1億860万円の支払いを命じる判決を言い渡した。しかし、古河市の針谷力市長は「判決書を精査し、訴訟代理人と協議した結果、承服しがたいことから、上級審の判断を仰ぐのが妥当と判断した」と控訴。東京高裁で控訴審が開かれ、22日に結審した。

弁護士JPでは遺族側代理人の金子直樹弁護士にインタビューを実施。裁判の意義と控訴審の内容について話を聞いた。まずは事件の概要と地裁の判決について振り返る。

地裁「常軌を逸したともいえる長時間労働」

Aさんは2013年4月、古河市の中学校に赴任。当初から部活動の顧問を受け持っていた。

部活動の朝練は週4日から5日。放課後も遅くまで活動が行われることもあり、Aさんの月ごとの時間外・休日の勤務時間は、15年4月に160時間、16年9月には220時間を超えた。

さらにAさんは15年度から学級担任になり、学年副主任と進路指導主事を担当していた。部活動の顧問としても多忙を極める中、16年度には進路指導主事から生徒指導主事となり、Aさんが望んでいた「学級担任」のポストから離れざるを得なくなった。

生徒指導主事としての仕事が忙しかった6月の自己申告書に、Aさんは「この先どのような教員人生になっていくのか不安を覚えている」と記し、初めて精神科を受診していた。

そして、17年2月、Aさんは自殺をほのめかす言動に出た後、再び精神科を受診し、うつ病と診断された。しかし、診断後、わずか1週間後に自殺を図り、死亡した。

地裁判決は「(校長は)時間外労働について報告書を通じて把握できる状況にあり、管理職として、安全衛生管理者として、把握すべき義務を負っていた」「常軌を逸したともいえる長時間労働をしていたことをもって、Aさんの健康状態が損なわれていたことを合理的に知り得た」「Aさんの長時間労働を知りまたは容易に知りうる状況下にありながら、Aさんの健康状態を具体的に把握する方策も、長時間にわたる労働時間を具体的に軽減する方策も講じておらず、その結果、Aさんは長時間にわたる時間外労働を余儀なくされ、うつ病を発症した」などとして、遺族側が主張した校長(古河市側)の安全配慮義務違反を全面的に認めた。

一方、古河市側は夫婦間係もストレスの原因だった等と主張したが、水戸地裁は「うつ病エピソード発症と長時間の時間外労働との相当因果関係を否定するには足りない」と過失相殺を否定した。

市側の主張「前任校でも長時間労働していた」

一審判決について、遺族側の代理人である金子直樹弁護士は、「非常に意義がある判決だと思う」と評価する。

「判決では、Aさんの長時間労働が、通常の精神疾患による過労レベルをはるかに超える時間と認定されています。毎月、Aさんは月次報告書を校長に提出していた。つまり校長は、Aさんの状況を認識しながら何も対応しなかったということが明らかです。実際、Aさんやご遺族の方には何ら、落ち度はなかったのですが、改めて判決で夫婦間のストレスなどでは過失相殺できないと、かなり厳しい口調で、こちら側の責任を否定していただきました」

しかし古河市側はこの判決を不服として控訴した。金子弁護士は「一審判決をほぼ100パーセント勝訴と認識しており、こちら(遺族側)から特に具体的な追加の主張はありません」と話す。

では古河市側は、控訴審で何を主張しているのか。

「かなりひどい話だと思うのですが、古河市は地裁段階から『Aさんは前任校でも同じように長時間労働していたのだから、亡くなった当時の勤務校での長時間労働がうつ病発症の原因ではない』と主張しています。控訴審では、前の学校の先生や部活の部員さんの陳述書を出したり、証人申請していました」(金子弁護士)

校長「教員の働き方は一般の方とは違う」

金子弁護士は、今回の裁判を通じ、政府が進める「教員の働き方改革」の考え方が現場まで浸透していない実態が明らかになったという。

「地裁段階で当時の校長の尋問を行いました。Aさんの長時間労働を認識していたことについては争いがありません。しかし、裁判になっても『教員の働き方は一般の方とは違う』とずっと言い続けていました。私から見れば、むしろ、生徒さんを預かっている立場なので、心理的な負担は大きいと思います。教員の仕事は“業務”ではなく、教員としての意気によって保たれているという考えが根底にある印象を受けています」

さらに、金子弁護士は部活動の指導が長時間労働に影響を及ぼしていることも指摘した。

「教員の働き方改革を進める上で、部活動の問題は重要だと思います。別件ですが、部活動の時間だけを業務委託に切り替えて教員に残業代を払わないようにしている私立学校もあります。部活動が長時間労働に結びついていることを(経営者や管理職が)軽視していることは、今回の古河市側の主張を見ても明らかだと思います」

「教員の働き方改革」という政府の方針の一方で、リアルな教育現場ではまだ「やりがい搾取」が横行し、貴重な人材である教員たちを追い込む長時間労働が見過ごされている。長時間労働を知り得た管理職の責任について、控訴審ではどのように判断されるのか、注目が集まっている。