8月上旬、静岡市の会社役員の男が会社の部下を川で溺死させたとして、重過失致死の疑いで再逮捕された。その犯行内容に、ネット上では「殺人じゃないのか」「加害者が会社役員なら企業名を公表すべき」など厳罰を求める声が多くあがった。
報道によれば、容疑者の男は被害者に対し、蹴りや頭突きなどを行い2度逮捕。職場でのパワハラは日常的だった可能性もあるとされている。そうした状況下で、容疑者は事件当日、被害者を全裸で川に飛び込ませ、溺死させたとみられている。
重過失致死とは
逮捕容疑は川に入るよう指示し、その後、注意喚起を怠った重過失致死だ。事実上、殺人行為の印象もあるだけに、「重過失致死」という容疑に、ネット民も違和感があったようだ。
重過失致死の判例としては、<道路で素振りをしていて、ゴルフクラブで通行人を強打した事例><夫婦喧嘩で日本刀を取り出し、自宅のふすまを突いたところ、その向こう側にいた長男の胸部に刺さった事例>などがある。
今回の事例は、実際のところ、加害者に対する罪として妥当なのか。刑事事件に詳しい堀田和希弁護士に聞いた。
「重過失致死」の容疑だからなのか、ネット上では「もっと厳しく」の声が多数を占めています。
堀田弁護士:まず前提として、重過失致死は、著しい注意義務違反によって人を死なせてしまったことを意味します。結果が重大であるかや結果の発生する可能性が高いということを意味するものではありません。
本件の場合、(おそらく会社業務とは無関係に)裸で川に入るよう指示した被疑者には被害者が溺れないよう注意する義務があったにもかかわらず、溺死しないように何も対策をとらなかったことが「著しい注意義務違反」に当たり得ると考えられます。
パワハラ疑惑があっても重過失致死は妥当?
日常的にパワハラがあったともいわれている中で、川に飛び込ませ、結果、死なせてしまった。やはり重過失致死というのが妥当なのでしょうか。
堀田弁護士:(被害者が亡くなったという)結果に対して罪が軽いと思われるかもしれませんが、本罪でも5年以下の懲役刑となり得ますので被疑者に殺意がない場合であれば、現行法上では妥当な処分措置と言わざるを得ません。
実質的に殺人罪と同等とも思われますが、そう判断することは難しいのでしょうか。
堀田弁護士:難しいです。まず、殺人罪が認められるためには「人を殺す」行為が必要になります。「裸で川に入るよう指示した」行為は人を殺す行為とは認められません。
そのため、本件のような場合は、日常的なパワハラにより被害者が被疑者の支配下にある(いわゆる洗脳状態となっている)と言えれば、「裸で川に入るよう指示した」ことにより被害者自身の行為を通じて間接的に「人を殺した」と評価されて殺人罪が適用される可能性はあります。
ただ、その場合でも被疑者に被害者に対する殺人の故意がなければ殺人罪は成立しません。
なので、被疑者が被害者に対して指示したときに、少なくとも「裸で川に入れば死ぬ蓋然(がいぜん)性があると認識していた」といえなければ殺人の故意が認められず、殺人罪は成立しないことになります。
冬の川に裸で飛び込めという指示であればともかく、本件は6月なので裸で川に入れば死ぬ蓋然性があるとどこまで認識していたといえるかは微妙なところです。
”前科”は量刑に影響を及ぼすのか
容疑者は過去に被害者に対し、蹴りや頭突きなどをして2度逮捕されているそうです。この辺りを考慮して、量刑に影響がおよぶのでしょうか。
堀田弁護士:影響を及ぼす可能性は高いと思います。
仮に5年以下の懲役を経て社会に戻ってきても同じことを繰り返す可能性も考えられます。例えば遺族の方などがより重い罪に問いたい場合、その余地はあるのでしょうか。
堀田弁護士:難しいかと思います。遺族の方が責任追及するのであれば刑事ではなく、民事になるかと思います。
ネット上では「企業名も公表しろ」などの声もあふれています。弁護士として、このようなケースの場合、どのように罪を償うのが適切だと思われるでしょうか。
堀田弁護士:まずは適切な刑事処分を受けることです。そのうえで、遺族からの民事的な請求に応じることかと思います。
なお、「企業名を公表しろ」は単にネット上で被疑者だけでなく会社もたたきたい方が言っているだけだと思います。企業名を公表することが被疑者の被害者に対する償いにはつながらないと私は考えます。
企業は企業で被疑者と被害者の関係を知ったうえで暴力行為等を黙認していたのであれば、何かしら法的責任が生じる可能性はあると思います。しかし、それは本件とは別の問題です。またかつ、遺族と企業との間の問題ですので、あえて公表して部外者からの企業に対する抗議等を積極的に促す必要はないと思います。