マリ・クレール編集長、田居克人が月に1回、読者にお届けするメッセージ。昨年のジェーン・バーキンの死に続き、フランスの二人のミューズがパリ五輪を控えた6月に他界した。
アヌーク・エーメとフランソワーズ・アルディ
パリ五輪を1カ月後に控えた6月、フランスを代表するミューズが2人亡くなりました。1人は女優のアヌーク・エーメ、もう1人は歌手で女優のフランソワーズ・アルディです。昨年7月にはジェーン・バーキンが他界し、一つの時代が終焉(しゅうえん)をむかえているのを実感しています。
『男と女』の頃のアヌーク・エーメ
John Springer Collection / Getty Images
アヌーク・エーメは14歳で映画デビュー、フェデリコ・フェリーニ監督の『甘い生活』(1960年)、『8 1/2』(1963年)、ジャック・ドミー監督の『ローラ』(1961年)、そしてカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したクロード・ルルーシュ監督の『男と女』(1966年)で有名です。この映画で彼女はゴールデングローブ賞や英国アカデミー賞も受賞し、アカデミー賞主演女優賞にもノミネートされています。またパリのファッション業界をシニカルに描いたロバート・アルトマン監督の『プレタポルテ』(1994年)ではファッションデザイナーの役を演じていました。とても妖(あや)しく神秘的な魅力を醸し出している女優でした。
アヌーク・エーメを初めて銀幕で見たのは『男と女』。お互いに連れ合いを亡くし、子供をドーヴィルの寄宿舎に預けている男女の偶然の出会いから始まる大人のラブ・ストーリーです。最初にこの映画を観たのは高校生の時。それからすでにビデオ、DVDを含めて100回近く観ています。アヌーク・エーメや相手役のジャン=ルイ・トランティニャンの何気ない、でも何か違う装いやしぐさに大いに影響を受けました。
1970年代のフランソワーズ・アルディ
United Archives / Getty Images
歌手、フランソワーズ・アルディ……。1970年代のはじめ、初めてパリを訪れた時、ホテルにチェックインして部屋のテレビのスイッチを入れると、彼女がアコースティックギターを弾きながら歌っている姿が画面に映し出されました。ロングヘアで囁(ささや)くように歌う彼女の姿に見とれ、しばらく立ち尽くしていたことを覚えています。
クールで大人っぽいイメージ、フレンチポップのアイコンであった彼女はシンガーソングライターですが、モデル、そして女優としても活躍していました。もちろんパリ土産の一つは彼女のLPアルバムでした。今も彼女のアルバム(CD)は時々聞いています。
残念ながらアヌーク・エーメにもフランソワーズ・アルディにも実際には会えませんでしたが、作家の村上香住子さんを通じてジェーン・バーキンには会うことができました。パリ・サンジェルマンの「カフェ・ド・フロール」で村上さんに紹介されたのです。
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『ジェーン・バーキンと娘たち』
ジェーンといえばイギリス人にもかかわらず、パリジェンヌ以上にパリっぽい女性としてパリっ子からも大いに支持されていた女優、歌手、そしてモデル。「エルメス」のバッグ「バーキン」は、彼女とジャン=ルイ・デュマ・エルメスとの飛行機の中での出会いから誕生したという逸話はあまりにも有名です。
白いシャツがトレードマークのジェーンには『marie claire』誌面でホワイトシャツについて原稿を書いてもらったこともあります。パリのコレクション会場でばったり会うと、必ず微笑みながら「元気?」(Ça va bien?)と声をかけてくれたものです。
村上さんは『marie claire』誌上でもたびたび寄稿してくださっている方です。彼女とジェーンとの付き合いは長く、40年近くに及び、特に長女のケイト・バリーの自死以来、緊密な付き合いをするようになったそうです。私も『marie claire style』 の時代にケイトを日本に招き、ファッション撮影をしてもらったことがありますが、煙草を吸いながらワインを飲む仕草やアンニュイでノンシャランとしたところは、母親ジェーンとそっくりでした。
そのジェーンの人生と3人の娘との関係を書いた本『ジェーン・バーキンと娘たち』(白水社)が最近出版されました。著者はもちろん村上さん。
『ジェーン・バーキンと娘たち』(白水社)
著:村上香住子
3人の娘たち(カメラマンだったケイト・バリー、女優でモデルのシャルロット・ゲンズブールとルー・ドワイヨン)は全員父親が違うのですが、みな姉妹としてお互いを尊重しながら育ち、そのように育てた世界で一番かっこよかった女性、ジェーンの物語です。
カバーの写真はイヴ・サンローランの全裸ポートレートなど、ファッション撮影で有名なジャンルー・シーフ。「母ジェーン・バーキンの右足を抱えるケイト、左足で膝枕するシャルロット・ゲンズブール、肩に抱きついているルー・ドワイヨン。微かな風にも揺れ、黄金の光に満ちながらも愛を与え続けて、一本の巨きな樹のように娘たちを支えてきたジェーン・バーキンの家族の肖像」(本書より)
世界中を虜(とりこ)にしたミューズの物語です。
2024年8月29日