病気になった際には、「最適な治療を受けたい」と多くの人は熱心に病院選びをする。そんな患者の思いをどのように医師側が受け止め、考えているのか…。
本連載では、現役のベテラン医師が医師や病院にまつわる不満や疑問などについて、本心を明かし、病院との付き合い方から最期の看取りまでをガイダンスする。
第1回では、「いい病院の条件とは」をテーマに、医師だからこその視点で、選ぶべき病院のポイントを解説する。
希望の病院で治療を受けるべく、最寄りの開業医の紹介状を医師に記載してもらった。患者としては、大きな安心を得るプロセスだろう。ところが、実際にはそうとはいえず…。
いかに患者側の情報が偏重しているかが明確になるが、そんな実状を知ることで地に足をつけた病院選びが可能になる…。(全4回)
※ この記事は松永正訓氏の書籍『患者の前で医師が考えていること』(三笠書房)より一部抜粋・再構成しています。
手術の件数とアクセスのよさは欠かせない
クリニックは自分で選ぶことができますが、病院は開業医の紹介状がないと受診できません。厳密に言うと、民間の病院は受診可能ですが、大学病院などの大型病院は紹介状が必要で、紹介状がないと、それだけで最低7000円を徴収されます。あるいは、受付で受診を断られます。
これは国の医療政策に基づいています。軽症の患者さんは地域の開業医のところへ行ってもらい、本当に難しい患者さんだけを大病院は診るべき、という考え方です。ですから、あなたが「胃の調子が悪いな。もしかして胃がんかも」と思っても、大病院をいきなり受診することはできません。
いい開業医とは、患者離れを上手にやる医者とも言えます。この病気を自分で治せるのか、そうでないのか。自分で治せない場合、どこの病院へ紹介するのが最善なのか。その判断が開業医には求められます。
患者さんの側から見ても、できるだけいい病院に紹介してほしいと思うでしょう。特に手術や、それに準じる難しい処置が必要な場合、一流の病院で治療を受けたいと思うのは当然のことだと思います。では、一流の病院とか、いい病院というのは一体何を指すのでしょうか。
「いい病院」は経験が豊富!?
この問いに答えを出すのは非常に難しいのですが、その一つは経験でしょう。もっと具体的に言えば、処置の数や手術の数です。がんの治療でも心臓のカテーテル治療でも、脳血管疾患の治療でも、その数の多さはいい病院の指標にはなるでしょう。
毎年、朝日新聞出版や読売新聞社が、『いい病院』『病院の実力』というムックを発刊していますが、その基準は手術件数です。確かに、胃がんの手術を月に1回くらいしかやらない病院で、自分の胃の手術をしてもらおうとは思わないでしょう。
しかしあえて言うと、数ある病院の中から最善の病院(手術数の多い病院)を選んで、そこへ紹介状を書いてもらえるというのは、大都会に住んでいる患者さんだけではないでしょうか。地方であれば、当然選択肢は少なくなります。
遠くの〝名医〟より近くの〝並医〟
それに、開業医と同じように、いい病院だからといって、遠くまで行きたいと思うでしょうか。私は千葉県千葉市に住んでいます。たとえば私が胃がんになったとしましょう。手術件数のランキングをチェックすると、千葉県でナンバーワンは、国立がん研究センター東病院です。しかしこの病院は柏市というところにあり、自宅から車で1時間半くらいかかります。
もしこの病院に入院したら、家族や友人が面会に来るのも大変だし、ちょっと足りない下着を家人に取ってきてもらうにも一苦労だし、それに手術後の外来フォローなどとても通いきれるものではありません。
私の自宅から車で20分のところに千葉大病院があります。同病院のランキングは圏外ですが、私なら迷わず千葉大病院へ紹介状を書いてもらいます。アクセスのよさは、それだけでいい病院の条件の一つです。
ランキング本は何のために?
手術のうまさとは、確かに経験なのですが、経験が豊富な病院というのは医師の数も多く、一人の医師が行なう手術の数は、実はそれほど多いわけではない可能性もあります。そしてはっきり言って、胃がんの手術など、ある一定レベル以上の経験を積んだ外科医であれば、誰でもできます。
では、こうしたランキングのムックは何のためにあるのでしょうか?それはセカンドオピニオンを受けるときの参考でしょう。胃がんの手術は難しくないと言いましたが、肝臓がんや膵臓がんなどの一部疾患は、手術を含めたトータルの治療が現在でも大変難しいと言えます。
あなたが紹介された病院で、担当医が治療に関して迷いを見せたときは、こうしたランキング本を利用して、セカンドオピニオンを受けるのは「あり」だと思います。
手術はやればいいというものではない
手術件数が多いことがいい病院の条件と書いてきましたが、話を一歩進めると、いい外科医とは手術をしないという判断をできる医者のことでもあります。
あえて古い例を出しますが、アナウンサーの逸見政孝さんがスキルス胃がんの再発に侵されたとき、東京女子医科大学病院で名医として名高い外科教授が手術を行ないました。転移していた内臓を全部摘出してしまう大手術です。
世間の人たちは逸見さんの復帰を信じたと思いますが、私たちは仲間内で、「逸見さんは退院すらできないだろう」と囁きあっていました。そして実際その通りになりました。手術による体への負担があまりにも大きかったからです。
なぜ手術に突き進んでしまったのでしょうか。執刀した教授にストップをかける部下はいなかったのでしょうか。
こういうことを含めて、いい病院の真のランキングは決まるのだと思います。手術はやらないことも大事な判断であり、選択肢の一つなのです。
私自身も最近、ある知人女性が胃がんになり、転移があるのに近所の民間病院で胃の摘出手術を受けると聞き、慌てて転院を勧めたことがあります。その女性は転院先の公立病院で抗がん剤治療を受け、一時的に退院して、食事も自由に取れて家族と楽しい時間を過ごすことができました。手術はやればいいというものではありません。
誤解しがちな紹介状の真実
最後に、病院への紹介状に関して、みなさんの誤解を一つ解いておきます。紹介状の宛先が、A病院のX先生になっているとします。あなたがA病院へ行くと、X先生の外来を受診することになるでしょう。X先生は腕もよく人格者だという評判を聞くと、あなたは治療にとても期待を持つでしょう。
でも、手術をX先生が行なうかはまったく別です。大学病院などの大病院には何人もの外科医がいて、誰がどの手術を執刀するかは医師たちが話し合って決めます。または、トップの外科医の一存で割り振られたりします。少なくとも、紹介状に書いている名前の医師が、そのまま手術も担当することは通常ありません。
つまり、腕のいい外科医との人脈を持っている開業医こそがいいかかりつけ医だという医療評論家もいますが、そういう事実はありません。そこは誤解しないでください。
・「いい病院」の条件とは、“するべき”手術件数の多さと、アクセスのよさ
・ムック本のランキングは、セカンドオピニオンの参考書として利用しよう
・紹介状に宛名が書いてあっても、必ずその医者が執刀するとは限らない