岩井勇気。1986年生まれ。幼稚園からの幼馴染の澤部佑さんと「ハライチ」を結成し、2006年にデビュー。「ノリボケ漫才」で注目を集め、2009、2010年とM-1グランプリでは2年連続で決勝進出

●最新エッセイ集『この平坦な道を僕はまっすぐ歩けない』発売! 岩井さんのこだわりのモノや食についてのアレコレを聞いてみました。

 お笑い芸人ハライチのボケ担当の岩井勇気さん。先に世に出たのは澤部さんでしたが、ラジオのセンスを感じる発言やネタ、バラエティ番組のゴッドタンでは「腐り芸」を確立、コアなファンを獲得しているのは周知の通り。

 その人気を裏付けるように、『小説新潮』、『BookBang』の連載エッセイが2019年に発売。『僕の人生には事件が起きない』(2019年新潮社)、『どうやら僕の日常生活はまちがっている』(2021年、新潮社)に続き、今回『この平坦な道を僕はまっすぐ歩けない』(2024年7月31日、新潮社)を発売。累計20万部を突破するベストセラーとなっています。

 そんな岩井さんに、世の中の気になること&食べることへの向き合い方について伺いました。

僕を知らない人が初めて読んでも楽しめるように注意してます

――岩井さんのエッセイ第3弾、発売おめでとうございます。前作、前々作とベストセラーになっていますが、ご感想をお願いします。

 ある程度テレビに出てたら、これくらいは売れるんだろうなって軽く考えてたんですが、どうやら周りの芸能人はみんなそこまで売れてないみたいですね。なので、もしかしたら面白いのかもしれないって思ってます。

――エッセイでは、旅行、食、買い物など日々の生活の中の、人が見過ごしそうな細かいことを取り上げて、岩井さんらしい鋭い視点で追求されています。これはもともとの岩井さんの性格なんでしょうか? あるいは常にネタを探しているからでしょうか?

 探してるわけじゃないんですけど、なんか細かいことが気になっちゃう性格なんですよね。「これはおかしいだろう」と思いながら生きてるというか。他の人といる時に、意外と誰も気づいてなくて、俺だけが思ってるなってことが多々あって。例えばレストランで食事中に、さっきからこの皿、ずっとテーブルに置きっぱなしなのに、なんで店員さんはいつまでも持っていかないのかな、と俺だけが気になっていたり。

 そういう場面に出くわすたびに思うのは、「細かくないヤツから搾取してるヤツがいる」ということです。それに腹が立つんですよね。俺みたいに割と気づくタイプには負担をかけてるし、気づかない人間からは搾取してるわけじゃないですか。そういうのがラジオやエッセイのネタになるんですよね。「俺はそうはいかないぞ」って(笑)


今回で3冊目となるエッセイ本『この平坦な道を僕はまっすぐ歩けない』

――エッセイ本にはラジオで話した内容もいくつか収録されていますが、文章だとラジオで聞く話の印象とはまた違いますね。

 ラジオで話したことも、実は文章にできないことがいっぱいあるんですよね。お笑い的にこのニュアンスは面白いな、って思って喋ったとしても、それだけでは文章にはできない。やっぱり「共感」や「あるある」とか、なんか発見があるもの。なんとなくみんな言及しないけど、うっすら思ってることを言語化してハッとなる。そういう要素が入っていないと、文章としては書けないかなと思ってます。

――岩井さんの文章を読むと、描写の丁寧さに驚かされます。読み手はその場にいないのに、どういう状況か理解しやすく、感情移入しやすい。

 そこはいちばん意識しているかもしれないですね。「ご存知……」みたいな雰囲気が恥ずかしくて。「知らないよ、お前のことなんか!」という声が聞こえてくる。知っている支持者だけに向けて書いてると、「悦に入っているなお前は!」という声が聞こえてくるんです。それがすごく好きじゃなくて。

 漫才も同じです。例えば俺たちハライチのことを誰も知らない人だけが住んでる島に行って、二人で居酒屋に入って、地元の人たちで盛り上がっているところでパッと漫才やってウケるというのが、いちばん良い漫才だと思ってるんで。だから、前提を知っていないとわからないものは書かないようにしてるんです。

 まぁ、もともと漫才は落語を見に来ている客や落語家さんたちを盛り上げるために生まれたもの。そして文学界的にも、俺のこと知っている人なんかいないと思ってるんで、同じように謙虚に考えてます。

エッセイは追い込まれないとしない「走り込み」のようなもの


質問に答える岩井さん

――エッセイ本が売れたことで、周囲やご自身の中で変わったことはありますか?

 山形に旅行に行った時に、何回か連続で「エッセイ本読んでいます」と地元の人に声かけられました。なぜか普通のスーパーにもエッセイ本が置いてあって。そうか、地方だと俺エッセイストなんだなって(笑)。その程度ですね。

――岩井さんの日常でエッセイの執筆は、どのくらいの部分を占めていますか?

 パーセンテージで言うと、0.2%くらいじゃないですか?

――思ったより少ないですね(笑)。以前、「マジ歌選手権」(テレ東の人気番組「ゴッドタン」のオリジナルソング発表企画)では、締め切りを逃れるために風呂に入り、冷たくなるのを待ってそのまま死んでいく、なんて歌詞も披露されてましたが、今も追い込まれる感じはありますか?

 基本、追い込まれないと書けないです。文章を書くのは、筋トレか、走り込みみたいな感じだと思っていただければ。走り込みって、「走り込んだほうが体にいいだろうな」と思ってやっているだけで、走り込み自体がしたいわけじゃない。なので、文章もなかなか進まないんですよね。

超ポジティブ思考でフットワークが軽い


意外にも(失礼!)表情豊かでにこやか

――今回のエッセイでは、固有名詞が伏せられていますよね。例えば、サンシャイン池崎さん、伊集院光さん、日村勇紀さんと思しき人名が伏せられ、芸人の先輩、同期などと書かれています。これは意図的なものですか?

 さっきお話しした、「ご存知……」みたいな雰囲気が恥ずかしいって話と同じです。固有名詞って、それを知っていないと入り込めないところがあるから。有名人だとか関係なく、芸能に興味ない人でも読んでもらえるようにしたくて。

 そもそもサンシャイン池崎とか伊集院さんが話に出てくると、じゃあ、そんな芸能人と繋がりがある書き手は何やってるヤツなんだ? ということになるわけじゃないですか。そうすると、芸能をやっていて、お笑い芸人をやっているということも書く必要が出てくる。芋づる式に余計に書かなければいけないことが多くなってくるのを避けたいというのもありますね。

――でも岩井さんを好きで読んでいる人も多いわけですよね。

 書くならきちんと書きたいし、書かないなら書かないで統一したい。性格的に辻褄が合っていないとイヤなんですよ。ここ説明しているのにここではしないんだ、おかしいじゃん、みたいな。基本的には、その説明をしなくていいように書いています。

――世間的なイメージでは、相方の澤部佑さんは明るく、岩井さんはどちらかというとネガティブな印象が強いですが、エッセイを読んでいると、スーパーポジティブな性格に思えます。割と行動的ですよね。

 漫才のボケ方がネガティブなんで、そういうイメージになっているんだと思います。フットワーク軽いですし、基本、楽観的ですし。怒られても誰かのせいにすれば良いと思ってるので(笑)。澤部より俺のほうが友達多いし、どこか出かけることが多いのも俺ですしね。


新潮社の屋上にて

――岩井さんはしっかりしているイメージがありますが、常に計画的に行動するタイプですか?

 いや、全然ですね。整理整頓はできるし、計画立てるのも得意なほうです。でも、できることと好きなことは違うというか、明日以降のことを考えたくないんですよ。約束したくないんですよね、人と。

 例えば、旅行も下調べとかもせず、何も決めずに行きます。行ってから、さてどうしようかと、気分で決める。事前に決めてしまうと、当日までに行きたくなくなっちゃうので。あんなに楽しみにしていたのに、これやんないといけないのか……と思って嫌になるというか。現地に着いてから、ノリでここ行っちゃうか! とやった方が楽しいので。

――行き当たりばったりだと、当たり外れがありませんか?

 計画して行くほうが、期待してる分、それを下回ったら嫌じゃないですか? 計画しないでハズレを引いても、もともと期待値が低いので別にガッカリしない。

 人とメシ行く約束もほぼ当日です。事前に約束しないで、電話かけて捕まった人と行くみたいな。いちばん仲が良い害虫駆除の会社をやっている友達はそんな感じなんですよね。時間があっても相手も事前に約束しないし、土壇場でキャンセルすることも普通にあるし、逆に俺もキャンセルされて全然いいし。

――ドタキャンされて怒ったりしないですか?

 怒ったりは全然しませんね。キャンセルされたら、それはそれで、じゃあそこからどうしようかってなるだけですから。これまで、相当すっぽかされてきましたけど。でも、こっちもたまに同じことやるんでね(笑)

――エッセイを読んでいると、何事にもきちんと理屈を組み立てて、どう対応するか、または放置するか、強い気持ちがいつでもありますね。

 そういうスタンスでいれば落ち込まないんですよね。原因をうやむやにしているから、ストレスが溜まって落ち込むんです。原因を探ると「これがあるから嫌な気持ちになっている」とわかる。「じゃあ、こう対処しよう」と考えればいい。もし原因を探って解決不能なことだったら、「これは解決しないんだから落ち込む必要はない」と思えます。うやむやにしてるのがいちばん鬱屈が溜まっていきますよね。

 対人関係の場合だと、なにか嫌な気持ちの原因を探りたくて相手を追及することはありますが、別に怒ってるわけじゃない。相手からは怒っていると捉えられることもあるんですけど、原因が知りたいだけなんですよね。感情的にはなってないんですよ。感情的になって解決するなら感情的になるんだと思いますけど。でも解決できないなら感情的になる必要がないですよね。

――趣味は、車、バイク、アニメ、漫画、ピアノ、ギター、麻雀、インラインスケート、それから最近はドローンの講習、映画や美術館めぐりと、ものすごくアクティブです。休みの日にボーっと寝たりすることはないんですか?

 うーん、ないですね。寝なくていいんだったら寝たくないです。寝なくて良い体になりたいですね。寝る時間がもったいないし、寝るのがそもそも怖い。なんか寝ている間って、何なんだろうって思いますね。赤ちゃんみたいで無防備でしょ。寝るの怖いなって思うことありますよ。

こだわりなし!? 食に関する岩井さんの考え方


食べログ信者の岩井さん [食楽web]

――岩井さんは食べログ信者だと公言していますが、お店選びのポイントなどあれば教えてください。

 食べログの点数はかなり重視してますね。「点数が低くてもウマい店はある」と周りから言われたりもしますが、美味しいのに点数が低いということは、味以外の部分でどこかで嫌な思いをするということですから。総合的に良いお店に行きたいですね。

 「食楽web」の取材でこんなこと言うのはアレなんですけど、正直、メシの旨さは70点以上あれば、全部100点だと思ってます。もっと言えば、10段階で3あれば10でOKです。味がマズいと思ったことはあまりないですね。店がそこそこキレイで、接客もそこそこよくて、嫌な思いをしなければいい。

 自分の生き方的に、「これが良いんだ!」と思ってやらないことが、唯一「食」なのかもしれません。ソツなくこなせて、炎上しない総合的に優秀なヤツが重視される今のテレビ業界みたいな。全然好きじゃないですけど、食だけはそれをやってますね。

インタビューは後編に続く!

 前編ではエッセイ本の内容を中心にお話を伺いました。後編では、岩井さんの食にまつわること中心にお話を伺いました。【後編はこちらから】

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●著者プロフィール

矢巻美穂(やまき・みほ)
国内外の旅行雑誌を中心に活動するカメラマンで、撮影から執筆・編集作業まで行う。単著としてネパール、台湾、ウズベキスタン、韓国、ウラジオストクなどのフォトガイドブックを執筆。近著は『東京で台湾さんぽ』(イカロス出版)。また、YouTubeで「旅ちゃんねる MinMin Tour」をオープン。これまで取材に行って、本当に美味しかった店や行ってよかった人気スポットを紹介。